第10話 マリアと騒動

レオハルトは三日後もイェーガーとゴードン少佐に会いにいった。男三人はヴァネッサ周辺の人間関係を洗いながら、父の死を調べることにした。その際、レオハルトは士官学校に通うことになった。

入学試験は当然合格。レオハルトの底なしの教養と父が彼に施した教育の成果であった。身体能力の試験について、レオハルトは不安に思っていたが、その心配はなかった。

なぜなら、彼はとんでもない身体能力を獲得していたからだった。

飲食店を狙った強盗を撃退した時にその片鱗は見えていたが、実際に本気で『能力』を発揮したのはこの件が初であった。

特に目を見張るのは走力。レオハルトの身体能力を調べるために空軍基地の滑走路を借りる必要すらあった。

時速約五六〇キロ。リニアモーターカーのスピードすら凌駕する走力を叩き出していた。

彼は即座にメタアクター能力者軍事養成科に入れられることになった。そこで慌ただしい手続きを終え、ようやっと落ち着いた時間をとることになった。

学校からの帰りにもレオとゴードンは定期的に話をしていた。

「…………とんでもねえ能力だな」

「いや、それより凄い能力をみたことがある」

「なんだと?誰だ?」

「墓場で出会った男だ」

「ああ、タカオのことか」

「……親友の知り合いがこんな怪しい男だったなんて知らなかった」

「俺を犯罪者みたいに言うんじゃねえ。お前の学費だって面倒見てんのにさ」

「そのことは感謝しているが……あなたの素性はあまり知らない。それは事実だ。親父の親友だったこと以外は未だ分からないからな」

「……それを言われるとな。言ってはいけない事とかあるからな」

「……その事にシュタウフェンベルグ関連の事はいくつあります?」

「カールの件とタカオが言った事でいろいろバレてるよ」

「……そうか」

レオハルトの表情は暗い。シュタウフェンベルグには闇が多すぎた。どんな敵に立ち向かっているのか。その過程で何人殺しているのか。その過程で何人もの人を悲しませてしまったか。その過程でどんな歴史的な事件が起きてしまったか。大まかな事はカールが残した資料や極秘作戦の内容をタカオやイェーガーが打ち明けたことでレオは理解していた。カールの抱えていた闇は大きすぎた。国家を救うためとは言え、大勢の人間を救うためとは言えあまりにも多くの悲しみを作りすぎていた。



ヴィクトリア市内の大きな公園の事だ。

親友のタカオとレオハルトが話をしながら散策していた。

ヴァネッサの一件は氷山の一角であった。綴られていた日記の内容で何をしていたかを、レオは概ね理解していたが、その時の苦しみまではタカオやイェーガーが話すまでは理解してはいなかった。

「……何となく分かっていた。父がどんなものを背負っていたかをな……でも非情でいることにこだわり過ぎだ……どうして……」

「……大人になるってそう言う事かもな。狡く卑怯でいることを求め、人が目立つ所では清廉な言葉を平然と吐く。それが正義の味方の資質かもしれんな」

タカオ・アラカワが達観したような表情を浮かべていた。

「…………そんな父が嫌だったよ」

「だから教師を目指していたのか?レオ」

「……ああ。……子供を教えている方が子供を殺すよりマシな生き方だと思っていた。……国や大勢の人を殺すとは言え……僕は不幸な子供を見捨てたくなかったよ」

「……アイツだって同じだった……俺もそうだった……けど変わっちまった。あの事件から……」

「あの……?」

レオハルトはその事を聞こうとするが不意に後ろから声が響く。

「レオーッ!弁当持ってきたよぉッ!」

二人はその場で振り返ると声の主をすぐに理解した。明るい茶髪。長い髪が風に大きく揺さぶられている。その様が持ち主の生き生きとした人柄をレオに感じさせた。

「おっと。この話はまた今度だ」

「……ああ」

マリア・キャロルは息を切らしながら、布に包まれた箱状のものをレオハルトの眼前に差し出した。

「もー、レオってさ。最近しかめっ面多くなってる。ご飯食べないと心が沈むっていってるのに……」

「すまないな。マリア。いつもいつも」

「いいの!タカオに連れてきてもらってよかったわ!」

「……タカオ?」

「熱々カップルだねぇ。レオ。べた惚れのベッピンさんを心配させると罰が当たるぜ?」

「美人なのは否定はしないが、あまり人をからかうな」

「おおっと冗談の対処が下手になったな?レオぉ?」

「……おまえなぁ」

レオハルトは苦笑しながらタカオの頭を軽く小突いた。

「いででで。最近余裕ねえな。いっでで」

「おまえのせいだよ。この歴史的あほんだら」

「まあまあ……」

レオとタカオのじゃれ合いにマリアが制止に入った。

「ほ、ほら、普段ボケ役のマリアが止めてるくらいだし」

「レオー、ヘッドロックやっておしまい」

「おう」

「いででで。冗談いでで」

「さて用件を言わないと延々とやるぞ。タカ」

「わーった。わーった。お前の幼馴染みのアーノルドが意外な情報を持ってくれたんだよ」

それを聞くとレオハルトの表情は真剣なものに変わった。

「……アーノルド?」

「……気になる事があるらしい。生徒同士のコミュニティになにか起きているようだ」

「……タカオ。調べられるか?」

「お前は士官学校のことも出来ちまってるしな……大丈夫か?」

「軍隊式の風習は既に慣れている。問題は無い」

「筆記も完璧だったしな。それが分かれば大丈夫だ」

「ああ、すまないが昔みたいに……」

「いいさ。俺らアラカワの血族も不安要素だったしな。『抜き取るもの』の件は」

「……ああ」

抜き取るもの。かの種族についてわかっていることは少ない。半分は伝聞で、もう半分は疑惑に過ぎなかった。なにせ、生物のサンプルや記録映像など直接的な証拠は何一つ見つかっていない。だが、軍の歴史書や大学の古書を見せてもらうと必ずと言っていいほど、その生物の記述が記されていた。

言葉を話す白い獣。

それは少女か、特殊な装置をつけた人間にしか見えない。あるいは特殊な視覚をもつメタアクターか。いずれにせよ、その存在の立証にアズガルド共和国は200年以上の年月を要していた。

視認・撮影方法は確立しても、偽装された合成写真として一蹴されることが関の山であった。そんな彼らの存在を疑う段階に持っていくだけでも多くの血と涙が流されている事をレオハルトは痛感しなくてはならなかった。

「……父とヴァネッサ……の人生を狂わせた……」

「……ワンチョウ人どもの件でも手一杯だってのに」

「タカ。あまり外でそんな事言ったら……」

「庇うなレオ。ヤツらは野蛮人だ。いいか、やつらは強い大国に媚びるくせに、俺たちアズマ人に大してはデカい顔で罵ってくる。ヤツらにあるのは嫉妬だけだ。妬むだけの盗人国家の分際で」

「タカ!もうその辺で」

「……何か言ったか?この侵略者の手下が」

「……あ」

「……え、えっと」

レオハルトとマリアは一斉に目を合わせた。冷や汗だくだくの表情で気まずそうにする。

柄の悪い男であった。明らかにマフィアっぽい人物が十五人くらいでレオハルトたちを取り囲む。顔立ちからワンチョウ系のアングラな集団だとレオには分かった。タカオも分かってはいたが、自他ともに認めるタカオの短気な性分が穏便な選択肢を拒否していた。

「なんだ?もう一度言ってほしいか『頭の腐った劣等民族』め」

「へえ、いい度胸してんじゃねえか?」

「おい、こいつアズマ人だぜぇぇ!?」

「謝れよおお!俺たちに謝れよぉぉ!?」

男の一人がタカオの髪を掴む。無抵抗ではあるが、反抗の意思をタカオは目で示していた。

「断る。野蛮なクズめ」

「はぁ!?調子に――」

次の瞬間、タカオはマフィアの男を二人投げ飛ばした。

「ぐえ!?」

「おが!?」

残りの男たちから殺気が溢れる。

「おい!タカオ!こんな町中で」

「害獣退治だ。問題はあるまい」

もはや、レオハルトでも制御不能であった。タカオと荒くれ者たちとの間に緊張感が走る。

戦闘不可避。それを悟ったマリアとレオハルトは覚悟を決めた。

「……勘弁してよぉ、ワンチョウ系の話題になるとすぐこうなんだから……」

「マリア、愚痴ってもしょうがない。応戦するぞ」

「むぅぎー!仕方ないねッ!」

ボクサースタイル。マリアは健闘の構えをとる。普通なら逃がすのが最上だが、囲まれている事やマリアやレオハルト自身に『能力』が備わっていることを考え、レオハルトは戦う事を選択した。

レオハルトは持っていた訓練用の軍刀を構える。切断による殺傷力は無いが、骨を折る事は出来る。中段の構えで相手の出方を伺った。レオハルトの体からエネルギーの奔流がわずかにほとばしる。

「○×△○△!」

ワンチョウの言葉で何か命令が下される。男たちは棒切れやナイフを取り出しタカオに一斉に襲いかかった。

タカオは男の一人から棒を奪い、男たちを次々となぎ倒した。

あるものは殴られた衝撃で無関係な車両のフロントガラスに激突し、あるものは店先のガラスとマネキンにぶつかりながら、地面と仲良くする羽目になった。またある者は回転を加えた鉄の棒の連撃によって二十数回もの打撃を顔に加えられる。その拍子に歯と血が地面に散らばる事になった。

タカオは武狭映画さながらの流麗で無慈悲な独壇場を作り出した。荒くれ者は一人、また一人と倒されてゆく、その過程でその場にいた無関係な市民が逃げ惑ってゆく。

三人もの男がレオハルトとマリアに刃物で襲いかかるが、返り討ちにあっただけだった。

「あちょおお!」

マリアの陽気な奇声と共に繰り出されたのは本格的な右ストレートだった。

マリアの拳が直撃したところから、火花が飛び散った。

バチン。

白目を向きながら襲ってきた男が崩れ落ちる。スタンガンの衝撃を受けてしまったように痙攣していた。

「△○×!メタアクト!?」

「はいごめんねー」

「ごえッ」

当て身。地面に稲妻が走るようにして蒼い残像が残りの敵を無力化してゆく。

戦いの決着はあまりにもあっけなかった。

タカオは何かを取り出そうとする。

「!?もうよせ!」

タカオは拳銃を取り出そうとしていた。

「止めるな。バカな野蛮人の駆除だ。マフィアの手先なら殺しても」

「やめろそれ以上は!感情的になるな!」

「俺は冷静だ」

「どこがだ!」

見かねたマリアも止めに入る。

「はいはい。そこまで、これ以上は正当防衛じゃなくなるわよ」

「む、……それもそうか。命拾いしたな。野蛮人」

横たわったワンチョウ人に唾を吐きかけ、タカオは踵を返そうとした。

だが、今度は警察官と警備用ドローンが、タカオたちに銃口を向ける。

「ヴィクトリア市警だ!そこのアズマ人と若い男女二人!手を頭の上に乗せてその場で止まれ!さもなければ武力で制圧する!」

スピーカーが街に響く、数年前の事となったカールの死んだ事件の影響で警察の出動は迅速になっていた。レオハルトはその事を失念した自分に臍を噬む。

「……悪い事はしていない」

「どこがだ」

「あぁーあ、どうしてこうなんのぉぉぉ……」

警官たちそばに駆け寄ってくる。三人は大人しく投降する事を選んだ。

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