第2話 メロからの誘い

「おー、まさか本当に同じクラスだったとは」

「マジで知らなかったのかよ……」

「はは、あははは」


 翌朝、教室に入ってきたメロに挨拶をすると、彼女はヘッドフォンを外し首に引っ掛けながらはにかむ。

 表情は幾分柔らかくなったと思う。やはり昨日の出会いが効いているようだ。


「いやいや。確かにどこかで見たことあるなーって思ってたんだよね」

「ほんとかよ」

「お詫びの印にイイ曲を紹介してあげる。お昼を済ませたら、化学準備室に来てくれる?」

「え? どうして化学準備室」

「誰もいないし、音楽に集中できるから」

「わ、分かったよ」

「ま、今後ともよろしく。下北沢しもきたざわカズキくん♪」

「……」


 メロに本名を呼ばれ、少しドキッとしてしてしまった。


 そして、胸が高鳴りついでにようやく判明する俺の名前。

 曲がりなりにもこの小説、主人公に対する扱いが雑過ぎではないだろうか?


「どうしたの。おかしな顔しちゃってさ」

「あ、いや、その」

「……?」


 もちろん俺もおかしな顔をしていたと思うが、周りの生徒もこぞって何やらおかしな様子で囁いてやがる。

 ま、当然っちゃ当然か。

 普段から誰とも関係を持とうとしないクラスの女の子が、ある日突然異性と積極的に話し込んでいるなんて構図、未曽有の事態だもんな。

 で、当の本人は毛ほども気にしていないときたもんだ。


「ほら、チャイム鳴ったよ。ホームルーム始まっちゃう」

「ああ。じゃ、後でね」

「ん」


 制服シャツの上にブレザーではなくパーカーを着ると言うメロ独自のスタイル。

 そんなアウトロー一直線の彼女は、窓際一番後ろの席で小さく手を振るや否や机に突っ伏し……なんとヘッドフォンを装着!?


(ホームルーム始まるんじゃないのかよ……!)


 俺渾身のツッコミも、やがて教室に入ってきた担任の気合いの入った挨拶も、最早メロの耳には届いていないのだろう。


(ああ。身体がピクピク動いて、足でリズムを刻んでる。きっとメロハーを聴いてるんだろうなぁ)


 一昨日までの俺であれば、単にホームルームをサボっているだけのように見えたカッコウ。

 しかし、メロのことを少しだけ知った今は、彼女がメロハーと言う名のホームルームの真っ最中なのだと結論付けることができる。


「下北沢ー。下北沢ー」


 あー、昼休みが楽しみだぜ!

 いったいどんな曲を聴かせてくれるんだろう。昨日言ってたハーレムなんちゃらってやつかな?


「下北沢! 聞いているのか!」

「はい。早く聴きたいです!」

「よし。じゃあもう一度聞かせてやる。お前は今日、日直だからな。さっそく移動教室で使う資料もろもろ運んでもらうから頼むぞ!」

「ふぁっ!? せ、先生。いつの間に側に……」

「まったく。まだ寝ぼけているようだな。資料運びついでに顔でも洗ってきたらどうだ」

「す、すみませんすみません!!」


 完全に上の空であった俺は、担任からいきなり声をかけられ即座に立ち上がり、ペコペコと情けない会釈をする。

 その動きがあまりに滑稽だったのか、朝も早よからクラス中に笑いの種を提供してしまう俺ってどうよ?


(クッ。ちゃっかりメロも笑ってやがる……)


 口を押さえて、噴き出しそうになるのを必死に堪える彼女。


(なんだ、あんな表情もできるんじゃないか)


 クラスの皆が俺に注目する中で、俺はメロに注目する。

 その混じりっ気のない笑顔は、俺にとって何事にも代えがたい貴重な宝物となったのであった――。

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