#メロハー女子と付き合ってみた。
モブ俺製作委員会
第1話 メロディアスハードな出会い!?
スマホゾンビの群れがスクランブル交差点を悠然と闊歩する中、俺はふと汗をぬぐったことがきっかけで、見知った顔が横切る姿を視界の端に捉えることができた。
(彼女は――)
素行も悪くなければ、出る杭でもない。
どちらかと言えば物静かで、アンダーグラウンドな魅力を持ったクラスメイト。
クラスと言う集団の中でも、決して目立つ存在ではない彼女に目を惹かれたのはきっと偶然でも酔狂でも、心が浮つく春の陽気のせいでもない。
俺自身、密かに気になっていたのだ。普通とは違うオーラをまとった、
外ハネショートのボーイッシュ……と言えば聞こえはいいが、単に外見に無頓着であるようにも見て取れる、オーバーサイズのTシャツにグレーのパーカー、スキニーデニム、スニーカー。
背中には見た目よりも機能性を重視したようなスクエアリュックと言う完全ラフスタイル。
さらにはつばの深いキャップを被り、その上にトレードマークのゴツいヘッドフォンを着用しているのは、自らの存在を世俗から完全に遮断するためなのだろうか?
友人とつるんでいるところをあまり見ない彼女は、学内でも学外でも例外なく一匹オオカミで我が道を進んでいるようだ。
(いったいどこへ行くんだろう?)
気になる女の子の、気になる休日午後のルーティン。
知りたい。謎多きミステリアスな彼女が普段何をして過ごしているのかを。男なら誰しもがそう思うはずだ。
でも、ろくに話したこともないし、そもそも友人と呼べる間柄でもない。
見ようによってはストーキング行為……いや、クラスメイトであることは違いないんだし、街中でたまたま出会って声をかけるなんて普通だよな普通。
(よし、そうと決まれば……!)
暗黙のルールが敷かれた横断歩道でUターンをすると言う邪道に、感情のなくなったスマホゾンビの群れも一変。
はた迷惑そうな顔で舌打ちをする姿を尻目に、俺は一目散に駆け出した。
(あれ、どこ行った?)
アスファルトから立ち上る陽炎の中に消えてしまいそうな、不確かな彼女の存在を必死に追いかけ、探す。
そしてようやく肉眼で確認できたのは、なんの変哲もないただの雑居ビルの前でだった。
ここが目的地なのだろうか?
息が上がり、汗もダラダラな俺にとって、最早テナントを確認する余裕もない。
ただ、ビルの暗闇に吸い込まれていく彼女の姿をまたしても見失ってしまわないように……と言う一心で、疲れ切った足を再び突き動かす。
(クソッ。散々ダッシュした後にこの仕打ちかよ!)
あまりにも急すぎる階段を上り、やがてたどり着いた場所は……中古CDショップ?
(ディスクビリオン。こんなところにあったのか。あ、そう言えば高円寺さんは――)
常にヘッドフォンを着けて音楽を聴いている。
登校時はもちろん休み時間も、時には授業中にも着けていることがあり、しょっちゅう先生に注意されては渋々片づけていたっけ。
(どんな音楽を聴いてるんだ?)
ミステリアスな彼女の休日午後のルーティンの一部が明るみになれば、次の欲求を満たしたくなる。男なら誰しもがそう思うだろう。
(高円寺さんのイメージだと、流行りのJ-POPとか定番クラシック系だろうな)
そう。ヘッドフォンを着けている本人しか、そこから流れる世界は分からないわけだし、外野からは想像する以上のことはできない。
しかし、中古CDショップに来ていると言うことは、判明するのだ。今日をもって知ることができるのだ。彼女が夢中になって聴いている音楽ジャンルを。
ガガー……。
自動ドアをくぐると、店内からはさっそく歓迎の意を表するような陽気なジャズが流れてくる。
そして次に目に飛び込んできたのは、所狭しと棚に収められた邦楽洋楽問わずの無数のCD。
さらに、ライブのDVDや音楽雑誌やバンドTシャツ、果てにはレコード盤やカセットテープのコーナーまである。
言わば、音楽好きの、音楽好きによる、音楽好きのための空間――。
(って、感心してる場合じゃない)
迷路のような店内で、俺はCDを探すのではなくクラスメイトの女の子を探すと言う異色の行動に出る。
でも、これがなかなかどうして見つからない。彼女が小柄なこともあるが、見つからない理由は少なからず、先入観にとらわれていたせいかもしれない。
なぜなら――。
(……あ、いた!)
メロが熱心に見ていた棚は、流行りのJ-POPでも定番クラシック系でもなく、洋楽の、それもヘヴィメタルとハードロックの棚だったからだ。
(意外だ。まさか高円寺さんが洋楽の……しかもハードなやつが好みだったなんて)
もし、俺の好みのジャンルであったなら話しかける口実ができていたはずが、ここでまた大きな壁が立ちはだかってしまった。
俺自身、洋楽系は詳しくない。
何となく敷居が高いと言うか、まずどれを選べばいいのか、入門的なものが今一つ分かりにくいのだ。
ライナーノーツを開いて見ても、英語の解説や歌詞がズラッと並び、ピンと来ないと言うのも理由のひとつ。とにもかくにもまずは苦手意識が先を行く。
もちろん、ネットの口コミに頼ると言う方法もある。でも口コミって結局、その手のジャンルが好きな人が書いているわけだから、基本評価が高かったりするんだよな。
だからまったく知識のない人間が、自分の求める理想の音楽にたどりつく……と言うのはそれこそ、星を掴むようなもの。
「オススメってある?」
そんな会話の糸口もいいだろう。
もし、俺がメロにそう尋ねた場合、彼女は嬉々として紹介してくれるはずだ。
でも、いざ紹介されたCDが自分に合わないジャンルだったら……その時点で、俺とメロのフラグは完全に折れたと言ってもおかしくない。
(それはそれで悲し過ぎる。せめて、普通に挨拶できるくらいの関係には――って!)
その場で悶々と悩んだ末、ふと目線を横に逸らすと、極めて近い位置にメロがいて俺は必要以上にビックリしてしまった。
(ああ……! これだこれ。この横顔)
熱心かつ無表情、されど難しい顔とも取れる、どこか吸い込まれてしまいそうな魅力を持った横顔。
教室で音楽を聴いているときのメロの顔がすぐそこにあって、思わず息をするのも忘れ見入ってしまう。
(一枚一枚、ヘッドフォンを外してまでじっくりと見てるな。ジャケットの次は裏面まで隅々見てる)
CDで重要なのは人間と同じであくまで中身……とは言え、世間にはジャケ買いと言う言葉も未だ定着している。
おおよそ書籍などに使われることがもっぱらではあるが、CDに対しても言えることだろう。
なんせ、アルバムのジャケットは言わば顔。一番初めに魅せる部分。そのインパクトが乏しかったら、まず手にも取ってもらえないし、聴いてももらえない。
かといって、奇抜過ぎてもかえって逆効果。だから難しいんだ。そこら辺のバランスが。
あとは、バンド名とアルバム名。
シンプルな固有名詞やスラング、イディオムと様々なものがあるが、短すぎてもありきたりだし、長すぎたら覚えられないし、調整が難しい。
そう考えると、いざCDを出したとしても、消費者の耳に届くまでの過程が恐ろしく長く険しい。
(いくら内容が良くても、世間に知られず評価されずに消えていくバンドも決して少なくないはずだよなぁ……)
そんな中でも、例外は存在する。
いわゆる一目惚れってヤツ。
個人の直感で、あっこれイイなって思ったら、だいたい間違いない。
仮に失敗だとしても、個人の直感であればあきらめもつくしな。
(例えば……おっ? このバンド、ちょっと名前が気になるな)
ってな具合に、棚に指を伸ばすのだ――。
「ぁっ」
「あ」
すると、あろうことかまったく同じタイミングで、横から手を出してきたメロとひとつのCDの前でバッティングしてしまった!
まさかこの令和の時代に、あの古き良きベタなシーンを実演することになろうとは。
「もしかして、そのCD買うんですか?」
「あ、いや。その……」
驚き、言葉を詰まらせる俺に対して、捨てられた子犬のような瞳を向けるメロ。
その間も、彼女は決して手をどかそうとせず、購入への強い意志と執念を示し続けていた。
「たまたま気になっただけで、俺は別に……」
「じゃあ、私が買っても?」
「うん」
「よ……」
「え?」
「よっしゃーーー!!!」
「うわっ!」
突然、店内に響き渡るほどの大きな声とともに、その場でガッツポーズをかますメロ。
学校で見る物静かな感じとはまるで正反対の行動に、俺は面を食らってしまった。
「お客様。店内ではお静かに……」
すかさず、そばで作業をしていた店員にチクリと釘を刺され、俺たちは共に委縮する。
「ははは。少し、トーンダウンした方がいいね。ところで……」
大事そうにCDを手に取ったメロは、バツが悪そうにはにかみながら続ける。
「あなた、どうしてこのCDを手に取ろうと思ったの?」
「あ、いや。直感って言うかさ。 バンド名とかアルバムタイトルとか」
「そっか。なかなか見る目、あるじゃない。このハーレム・スキャットマンのロスト・イン・フラストレーション、ジャケも幻想的でスゴくイイし、収録曲も粒ぞろいで最高なのよね!」
「最高って、もしかしてすでに持ってるのか?」
「察しの通り。でも私が持ってるのは輸入盤でさ。国内盤は持ってなかったのよ」
「違いがあるの?」
「あるわよ。国内盤は歌詞カードもついてるし、メンバー渾身のライナーノーツも。それにこれには、ちゃんと帯までついてる!」
「帯?」
帯とは、CDのアーティスト名やタイトルやキャッチコピーなどが書かれた付属印刷物のことで、国内盤限定のアイテムである。
「ま、国内盤の最大の特徴はやっぱ、ボーナストラックだけどね! ほら、最後の曲タイトルのところに※があるでしょ」
「本当だ。そうか、国内盤だとメリットが多いのか」
「その分、値段がちょい張るんだけどねー。でも、せっかくの機会を逃して、次来たときに売り切れでした、なんてことになったら目も当てられないし。ことメロハーに関しては」
「メロハー?」
「え? まさかあなた、メロハーを知らないで手を出そうとしてたの?」
「う、うん。実は洋楽ってあまり詳しくなくて」
「メロハーはメロディアスハードロックの略で音楽ジャンルのひとつ。とにかくメロディやコーラスがキレイで思わず泣けちゃうようなフレーズが特徴ね。テクニカルでキャッチーなギターやキラキラしたキーボードが曲を後押ししているのもポイント」
「へぇ……」
他にも哀愁が漂うとか、旋律が美しいとか、思わず口ずさんじゃうとか色々言っていたが、どうにもピンと来ない。
「う~~~ん。どうもピンと来ないって顔、してるわね」
「あ、ああ。まさしく」
「ま、その気持ちは分からないでもないわ。音楽は口で説明しようとしても複雑すぎるもの。習うより慣れよを言い換えるとしたら、口で聞くより耳で聴けって感じかな」
人から説明を受けるのも大事。
でも、自分自ら聴いてみて、分かったり気付いたりすることが多いのも事実。
「それに、音楽には国境がないのよ。良い音楽は人間誰しもが同じように感動し、感激し、涙する。洋楽を日本人が良いなと思うように、逆もまたしかり……ってよくある話でしょ?」
「なるほど……」
「とりわけ、あなたが興味を持ったハーレム・スキャットマンはメロハー初心者にもお勧めの洋楽バンドだと思うけどね」
「初心者にお勧めかぁ。じゃあ俺も聴いてみたいな」
「おっ、音楽好きにはその一言が一番嬉しいかも。自分の好きなものを人に興味を持ってもらえて、しかもそれをお勧めできるなんて最高だわ」
屈託のない笑みを向けるメロ。
学園でも見たことがないその可愛らしい顔に、俺の心臓が高鳴った。
「高円寺さんも、メロハー歴が長そうだね」
「ま、ねー。でも、何も聴くのはメロハーだけじゃないのよ? いわゆる雑食系って言うのかな。とりあえず気になったものはメタルだってクラシックだって、もちろん邦楽だって聴く」
「そうなんだ」
「でも、結局元の鞘に収まるって言うか。やっぱりメロハーに戻ってきちゃうんだよねー」
「ははっ。よほど好きなんだね」
「そう! 三度の飯よりもメロハー好き、が私の座右の銘! ま、これもメロハーの特徴で、聴きおわった後にまたすぐ聴きたい気分になるのよねー……って」
「え?」
それまで興奮した様子で語っていたメロがふとした瞬間、冷静になる。
「どうして私の名前知ってるの?」
「へ……?」
「と言うか、誰?」
「今さらかよ!?」
「お客様!」
そして再び店員に注意され、俺たちはそそくさとディスクビリオンを後にする。
こうして、俺と高円寺メロとのメロディアスハード(?)な出会いは無事完了したのである――。
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