第16話

「じゃ、六年生の子の落としものってのもウソなんだ?」

「まあな」

「それなら返したくない。これはもう、おれが拾ったおれのものだから」

 翔の瞳は真剣で、本当に譲る気がないのがわかった。

 自分のものだ、自分のものにしたい。はっきりと言い切ったその言葉からひしひしと伝わってくる。

「この楽譜。今から音楽室でピアノでも弾いてこようと思ってさ。この石に聴かせたくて」

 ポケットから手を出さず、翔は続ける。

「なんでかわかんねーけど、宮小で見た瞬間、この石にすごく惹かれたんだ。今はもう、手放したくない」

 惹かれた。きっとそれは、色の波長が合ったから。

「この石を持ち歩くようになってからいいことづくめなんだよ。仲良くなりたいって思ってた十姫さんとも話せるし、昨日はおじさんの法事だったけど、泣かなくて済んだし。中学生なのに、泣いたらカッコつかないじゃん」

 魔法石に勇気づけられている気がしたんだ、翔・・・・・・。

 十姫さんとよく話すようになったな、とは感じていたけど。

 本当に藍の魔法石を大切にしているのが伝わってきた。軽い調子で話しているけど、翔がどんな思いだったのかも。

 魔法石をよこせ、なんて言いたくなくなってしまう。

 たぶん、本当は魔法石のおかげでいいことが起こっているんじゃないんだ。魔法石にそんな力はないんでしょ。

 翔の気持ち次第なんだよ。

「本当に落とし主がいて、必死に探してるのなら、もちろん返す。でも、おれ、やっぱ・・・・・・」

 そこで翔は言葉を止めた。

 わたしは西川と視線を交わす。西川も、言葉を発さなかった。

「翔。お願い。わたしにちょうだい」

「やだよ。なんで渡さなきゃダメなの?」

「お願い!」

「嫌だって!」

 わたしの強引な物言いに、翔は強く反発する。

 だけど理由は言えないんだ。言っても信じてもらえないかも。

 説明しなきゃ、翔を傷つけないように、翔に疑われないように、何か、何か……。

「ピアノ、弾くんだよな」

 唐突に西川が口をはさむ。

「俺たちも聞いていいか?」

「・・・・・・それくらいなら」

 翔は一瞬不思議そうな顔をして、こくっと首を縦に振った。西川はホッとした様子で「ありがとう」と返す。

 西川が何を考えているのか、ちっともわからない。

 けれど西川がこっちを見て少し笑ったから、いい考えがあるに違いないよね。

「うちにはグランドピアノがなくて電子ピアノだけだから、音楽の先生にその都度許可を取ったら音楽室で弾けるように、ちょっと前に交渉したんだ。いいよって言ってもらえた。すげー嬉しい」

 グランドピアノ欲しいな、と翔はつぶやく。

 翔は小学校のとき、合唱の伴奏も弾いていたくらいピアノが上手いし、それと比例するようにピアノが好きなのを、わたしは知っていた。

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