第15話

「い、いないっ」

 翔、どこに行ったの!?

 六時間目が終わるまで辛抱強く待ち、ようやく帰りの会が終わったのに。ちょっと目を離したすきに、翔はこつぜんと消えちゃった。

 もう大体の人が帰ってしまった。翔の靴は下駄箱にある。

「あっ、天堂くん!翔・・・・・・早方見なかった!?」

 あだ名じゃわからないかもしれないから苗字呼びで、ちょうど下駄箱で靴を履き替えようとしていた天堂くんにそう尋ねる。

 あからさまに焦っているわたしに引くことなく、軽く考えるしぐさをした後、天堂くんは「ああ」と笑顔で答えてくれた。

「漆山先生に呼ばれて、さっきまで体育館との渡り廊下でしゃべってたよ」

「ありがと!」

 お礼を言って早々走り出したわたしを、天堂くんがぽかんとした顔で見ているのを横目でとらえた。

 変なやつだと思われただろうなぁ。だけど、そんなことを気にしてもいられない。

 まさか呼び出されているとは・・・・・・西川に教えないと。

 翔を探すために、とりあえず二手に分かれたのだ。西川はどっち方面に行くのか、聞いておけばよかったや。

 いや、でも、ちょっと待って。西川を探している間に翔が帰っちゃうかも・・・・・・。下駄箱で待った方がいいかな?

 翔の外靴の上に、『帰らずにここで待っててください 未来』と書き記したメモを一枚置いておく。レントたちが頭身を縮めて描かれた、ブラックナイトのグッズでもあるメモ帳だ。もったいなくて使えていなかったから、このタイミングで使えてさりげに嬉しい。

 階段は三つある。翔がどこを使うかわからないから、一旦中央階段を通って、いなかったら戻ってこよう。

 一段飛ばし・・・・・・したいけれど転びそうで怖いので、普通に上る。

 二階まで来て、廊下を見渡した。

「翔!」

 いた、いたっ、翔の姿!

 わたしは大慌てで翔を追いかけた。

 翔はすぐに振り向く。その手元には楽譜。

 そしてポケット・・・・・・今ならわかる。あの光は藍色。藍色の魔法石だ。

 突然の来訪者、わたしに驚いているみたい。それでも、わたしが急に来ることには慣れている翔らしく、また眠そうな顔に戻った。

「夏野ちゃん。どしたの」

「あっ、あのさ!どっかで宝石とか拾わなかった!?宝石っていうか、きれいな石!青っぽいような紫っぽいような・・・・・・」

 色の感じ方は人それぞれだよね、西川。藍色と断言はできない。そもそも翔、藍色を知らない可能性もあるし。

 けげんな顔をする翔は、ポケットに手を入れる。見えないからわからないけれど握りこんだかもしれない。これのことだと気づいていて、でも知らないフリをしているの?

 誰かが後ろから歩いてくる音が聞こえた。

「知らね。もしかして失くしもの?」

「いや、そういうわけじゃないけど・・・・・・」

「じゃあなんで探してるんだよ」

 ごもっとも。

 なぜか翔の雰囲気が暗い。少しそっけないし、ぶっきらぼうだし。冷めた感じの目つき。警戒しているネコのような。

 これじゃあまるで前の西川じゃないかっ。

 それだけ藍の魔法石を引き渡したくないのかも。無理やり奪うわけにもいかないし、えっと、うーんと、えっと。

「その石さ、宮小の六年生のものらしいんだよな」

 って、西川!?

 何かいい言葉はないか、と頭をひねっていたわたしの肩に手を置いているのは、まぎれもなく西川だ。

 さっきの足音は西川?どうして?

 わたし、伝えてないのにっ。

 しかも、宮小の六年生って誰?聞いてない!

「は?」

「それ、宮小に肝試しに行ったときに拾ったんだろ。安形の妹から聞いたんだけど、藍色のパワーストーンを失くした子がいるんだってさ」

 安形は達哉の苗字。

 安形の妹・・・・・・由仁ゆにちゃん。

 達哉の二人の弟妹の一人で、六年生の女の子。西川、いつの間に面識を。

「だから、おれは石なんて知らないって」

「池野先生が見たらしい」

 西川は思い返すように視線を上げた。

「早方が何かを拾うようなしぐさをしているところ。誤解だったら悪い」

 それは間違いなく決定打だった。

 翔は急にきびすを返し、廊下を全力疾走っ!

 あ、あぜん。わたしが驚いていると、西川も走り出し、わたしを手招いた。

「夏野、走るぞ!藍が出てこない限り、早方を追いかけるしかない!」

「えっ?うっ、うん!」

 勢いでわたしはうなずく。

「天使のペンを準備しとけ!」

 投げつけるような言葉のあと、西川が姿勢を低くしたっ!

 本当に風のような速さで、廊下を駆け抜けていく・・・・・・。

「ほんと、速すぎっ・・・・・・!」

 もちろんわたしも、鈍足ながらに全力で追いかけた。

 みるみるうちに、西川と翔の差が縮まっていく。

 翔はもともと文化系なんだから、バリバリに野球をやっていたらしいスポーツマン西川とじゃ分が悪いんだ。

 インドア派なわたしが言うことではないけどっ!

 すると。

「何あれ?」

 翔のポケットから、青に似た光が、ふわっと姿を見せた。藍色、だ。

 まさか藍さん?と思ったのに、それは確実にあの藍さんではなかった。

 光はしゅうっと黒ずんでいき形にはならず、夕暮れに照らされた大きな影のように、ぬっと西川の前に立ちはだかる・・・・・・!

 これじゃあまるでっ。

 おばけ。幽霊!

 巨大だ。迫り来る。なにこれ怖!

 その幽霊を西川は払って消してしまおうとする。でも幽霊は消えてはすっと集まり、ちっともいなくなる気配はない。西川の腕が宙をかすめるだけだ。

 こんなの、どうすれば・・・・・・!?

 スケッチブックをしかと構えて、天使のペンのキャップを開け、描く体勢はばっちりなのにっ。何を描けばいいのか思いつかないよ。

 そうしている間に翔はどんどん遠くへ。

「夏野!こいつら、影だ!」

 そう西川が叫んだ瞬間、わたしはようやく、目の前の敵を見ることができた気がする。

 そうか、影、影なんだ。影のような幽霊じゃない。影そのもの。影では西川も手が出せない。だって実体がないんだもん。

 それなら、影が生まれないようにすればいい!

 影を消すには!

 窓を見る。夕陽が差し込んでいる。影が伸びる方向は・・・・・・。夕陽をさまたげないと。

 廊下の窓にはカーテンがないんだ。

 これでちゃんと成り立つのかは不安だけど、布をいい感じにはためかせ、カーテンの絵を描く!

 ジャッと窓にカーテンがかかる。そのカーテンが、明るい夕陽を完全に見えなくしたんだ!

 影は行き場もなく消えてなくなる。シュッといなくなってしまった。

 西川がそのすきにとまたスタートダッシュを決めて、振り向いていた翔の腕をがしっと掴んだ。

「話を聞いてほしい」

 翔はようやく、立ち止まった。

「・・・・・・あのさ、池野先生が見てたって、マジ?」

「ウソ。安形の妹のことも、池野先生のことも、話で聞いていただけ。早方が夏野から逃げようとしたから、ウソつかせてもらった」

 なんだ、そういうこと。

 尋ねた翔はそれを予感していたらしく、はあっと息を吐いた。

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