第14話

 次の日、また翔は休みだ。

 西川に赤さんから聞いたことを伝えたものの、藍の魔法石探しは進展ナシ。怪談好きな子なんてザラにいるし、ピアノが弾けるかどうかは、合唱祭の伴奏オーディションなんかもまだないから、いまいちわからない。

 刻一刻と時は過ぎていく。今日ももう終わってしまいそうだ。あと、五時間目と六時間目だけ。

 焦っているのはわたしだけじゃない。西川も。今日は頻繁にシャーペンの芯が折れるみたいだ。力がこもってしまうのかもしれない。

「翔平が休んでるの、『音楽室のピアニスト』のせいだったらどうしよう・・・・・・」

 すると浮かない顔で達哉がふらふらと来た。セットで詩乃。

「いや、そんなわけないじゃん。ただの風邪でしょ」

「だって、見に行ってからそんなに時間経ってないからさ。次は僕かも」

「達哉くんってば、気にしすぎ!」

「ほら、ここでも怪談話を聞くようになったしさ……」

 肩を落として頭を抱える達哉……、え?

 ここって、この皇子台中学校だよね?怪談話……?

 わたしが奇妙な顔をしていたからか、達哉は話してくれた。

「あれ?知らない?」

「うん、初耳。小学校のウワサですら知らなかったけど……」

「まあ、僕も中学校の方のウワサを聞いたのは昨日だよ。というか、ウワサ自体、立ち始めたのが一昨日みたい」

 一昨日。怪談話。第六感……藍さんと関わりがある。まさかこれも藍さんの力によるもの?

 達哉たちは記憶消しゴムのおかげで綺麗さっぱり忘れているみたいだけど、藍さんが起こしたポルターガイストで教室がてんやわんやの大騒ぎになったのも、反対に、学校中が眠りについて静まり返ったのも、一昨日のことだよね。

 藍さんが与えた影響はあれだけじゃなかった……ってこと?

 西川は先が隣だから聞き耳を立てているみたいだ。会話に入ってはこなさそうだから、わたしが聞くしかない。

「ねえ、それどんな話?」

 いつも怖い話はできるだけ聞かないようにしているわたしが急に乗り気になったからか、嫌がると思っていたらしい達哉は拍子抜けしたような顔だ。

「あ、詩乃、聞いてても大丈夫?」

「私は昨日聞いちゃったんだよね……。達哉くんと一緒に」

 一応詩乃に断りを入れてみると、あはは、と詩乃は力なく笑う。ご愁傷様です……。

「でも別に、そんなに怖い話とかじゃなかったよ。小学校と同じなの」

「小学校の怪談……って、あれだよね、『音楽室のピアニスト』」

「そう、それ。ただ、その演奏を聴いたのは本当にちょっとの人だし、一昨日の一回きりだから、宮小の方で立ってたウワサが中学にも来て、怪談好きがテンション上がってるだけっぽいかも」

 怪談話をすぐに聞きつける達哉も、怖い怖いと言いながらも怪談好きだったりして……。

 これを言ったら達哉に全力否定されちゃいそうだから黙っておこう。

「つまりだよ、僕たちの来訪に気づいた『音楽室のピアニスト』が、ここまでついてきたって可能性も……。追われてるとかー……」

「大丈夫大丈夫。もしかしたら今、ひょっこり登校してくるかもよー?」

 ふふっと詩乃が微笑みながら達哉の肩を叩く。その時、ドアがガラガラと開いた。

「はよー」

 ん?もう昼過ぎなのに、おはようって・・・・・・。

「あれっ、翔平くん!ほんとに来た!」

 詩乃は目を丸くする。

「なんか久しぶり、三人とも。大幅遅刻ー」

 カバンをどすっと机に置き、翔は大きく伸びをした。普段通り飄々としている。

 もう昼休みだっていうのに、確かに大幅遅刻だ。


「翔平、なんで休んでたの?」

「あー、法事。遠かったから泊まりで行ってきた。なんか間に合いそうだったし、めんどいけど遅刻で来てみた」

 達哉は見るからにホッとする。

 ほら、風邪ではなかったけど、呪いみたいなのでもないじゃん。まさか呪いだとは思ってなかったけど、わたしも少し安心する。

「休んでた時の分のノート見せてよ、誰か」

「はい、達哉のノート」

「なんで僕!?」

「達哉が一番きれいにノートまとめてるからだよ」

 わたしのノートはラクガキだらけだからおすすめできませーん。

 いつも通りわちゃわちゃしていて、わたしは・・・・・・見てしまった。

 翔のポケット。

 わたしは一度見たことがある。

 不思議な光。これは、きっと、藍色の光。最初に見たときは気にも留めていなかったけれど……今は、確信が持てる。

 ポケットに目が釘づけになる。一瞬、そのことが飲み込めなかった。

 見間違いかと思って目をこすった。でも、まちがいない。

 あれは魔法石。藍色の魔法石を持っているのは、翔だ・・・・・・!

「夏野ちゃん?何つっ立ってるの」

 翔がいぶかしげな目を向ける。わたしは笑顔でごまかした。

「ううんっ、なんでもない・・・・・・」

 わたしたちの会話をぼんやりと聞いていた西川が、わたしの様子に気がついて翔を見て・・・・・・西川も、わかったみたい。

 五時間目の国語のために準備をしていると見せかけて、西川にそっとささやきかけた。

「ねえ、西川。翔が・・・・・・」

「ああ。あれは魔法石だ」

 完全につじつまが合う。

 翔は学校に来ていなかったんだから、クラスの全員を探したって見つかるはずがない。

 藍さんが好きらしい、音楽。翔はピアノを習っている。それに怪談だって、翔は大好きだから。

 多い共通点に少しとまどった。むしろどうして気づかなかったのか。

「クラスの中では一番、早方が藍色に近いかもしれない。それにあの光。何かの理由で拾って持ち歩いているんだ。説得して渡してもらおう」

「わかった。いつにする?」

「まとまった時間もほしいし・・・・・・放課後、かな」

 わたしは翔を盗み見る。

 国語の授業には手がつかなかった。

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