第11話

 荒い息。階段を上って二階。上履きのまま落ちたせいで靴の裏が少し汚れていたけれど、それを気にしている暇もない。

 廊下で、西川が戦ってる!

 大丈夫、二人いたらきっと通り抜けられるはず。

「西川っ」

 さっき落ちてきた椅子を思い返し、急いで壁に描く。線がぐにゃっとゆがんじゃったけど仕方ないっ。

 その椅子で頭を守りつつ、西川のそばまで近づいた。

「入って!」

 そのすきをみて西川がドアを開け放つ。重たいドアが開かれた!

 音楽室につんのめるように入ると。

 ・・・・・・本当に、きれいな音色。

「ピアノ?」

 わたしがそうつぶやくと曲が止まった。

「もう来たの?意外と早かったな」

 グランドピアノの前に座っていたのは、藍色の髪の女の子。

 深い青のカーディガンを羽織っている。下に着た黒いワンピースが、蛍光灯に照らされて輝いた。肌は白く、小柄だけれど足は長い。ほっそりとした指先が鍵盤に添えられていた。

「あなたは誰?」

 口を開くと、女の子はにこりともせずにピアノのふたを閉めた。

「誰なのかわかっているから、ここに来たんだろう?私は藍」

 藍色の魔法石だ、と彼女は続ける。

「はじめまして。天使のペンとそのパートナー」

「天使のペンの使い手!です!」

 まるでわたしが見えていないかのように言うから、思わず口をはさんだ。

 でもね、パートナー、という響きはちょっと嬉しい。

「赤を捕まえたと聞いた。あいつも気の毒だ。リーダーが一番に捕まってしまうとはな」

 捕まえた、なんて響きがちょっと嫌だった。もちろん黙っているしかない。

 藍さんが西川に向かってゆっくり歩いて行った。

「お前が天使のペンの継承者か?」

「そうだけど」

 その返事を聞いた藍さんは、パッと距離を詰める。

「どうしてこんなやつに?」

 ・・・・・・はあっ?

 こんなやつ、ってわたしのこと!?

「あのねぇ!」

「私はお前には興味がない。パートナーに聞いているんだ」

 西川はいらだった表情を隠さずに、藍さんと視線を合わせた。

 五秒、六秒、空白の時間が流れる。張り詰めた空気が。

「天使のペンが、夏野を選んだ」

「お前はそれでいいのか?ずっとずっと大切に守ってきた天使のペンを、マンガとかいう媒体のような絵ばかりの、ろくな絵も描けない女に渡して、本当にいいと思っているのかな」

「思っているから渡したんだ。俺は夏野を信じてるから」

 それに、夏野の絵はいい絵だよ。

 西川はこぶしを握りしめて一歩退いた。

 藍さんは舌打ちをする。がらりと雰囲気が変わった。

「はっ。友情ごっこでもしているつもりか?くだらない。赤みたいなことを言うんだな」

 さっきから赤さんの話がよく出るような・・・・・・?魔法石どうし、きっと仲がいいんだ。

 藍さんも封印しなきゃいけないんだよね・・・・・・。

 説得できたらいいのに。どうして魔法石は暴走してしまうんだろう。

「おい、そこの天使のペン。何か言いたいことでも?」

 かなり上からの態度に、わたしも西川みたいな顔をしそうになった。

 でも、『藍を助けてあげてくれよ』と言っていた男の子・・・・・・あのセリフを思い出すと、何も言えない。

「私は赤ほどまぬけではないからな。またいつか」

 藍さんがひらっと浮いた!

 まさか飛べるのっ!?

 すると、一旦収まっていた物の攻撃が、もう一度始まった!

 再びのポルターガイスト・・・・・・藍さんが逃げちゃう!

「藍さん!待って!」

「夏野。藍を追いかけるのはあきらめた方がいい!藍は空が飛べるみたいだ」

 窓からふわりと逃げていく藍さんを、西川はにらみつける。

「俺たちじゃ、追いつくことはできない」

「でも西川!それならどうしたら・・・・・・!」

「魔法石は学校の中にあるんだから後回しだ。きっとここにある!まずは、今俺たちを囲んでる、この幽霊たちをなんとかするしかないだろっ」

 だけど、敵は見えない・・・・・・!

 目の前に机が迫ってきた。立ちすくみそうになり・・・・・・とっさに、傘を開く。

 男の子からもらった、あの傘を。

 傘に大した強度はないはずなのに、机を跳ね返した!

「すごっ!西川、この傘に隠れながら倒そう!」

 傘を駆使して西川と自分をかばう。

「なぜ?」

 窓の外から、藍さんの声。

 まだそんなに離れていなかった藍さんの、その瞳が、わたしの手元・・・・・・傘を凝視している。とらえて離さなかった。

「どうして、虹さまの傘を、こいつが」

 とぎれとぎれに話す声を聞いてはいられないっ。

 藍さんはあっという間に消えていく。あれは幻聴だったんじゃないかとすら思った。

 あの様子も気になるけど・・・・・・とりあえず、戦わなきゃ!

 傘で身を守りながら、幽霊たちを倒す解決策を考えていた。

 でも全然思いつかない。

 天使のペンを使おうにも、幽霊たちがおそってくるからどうしようもできないんだ。

「どうするの、西川っ!」

 わたしは必死で叫ぶ・・・・・・!

 西川だって大変なのはわかってる。だけど、今は西川に頼るしか!

「・・・・・・任せろ。目の『焦点』が、合ってきた」

 え?焦点?

「なんでもいい!幽霊に当たるもの、攻撃できるもの、何か描いてくれ!」

 そんな急に言われてもっ。

 わたしは頭をフル回転させた。

 ・・・・・・あっ。

 素早くペンを床に走らせる。細かいところは覚えていないけど、だからといって性能がなくなるわけじゃない。封印札とはわけが違う。

 わたしはこれの色をよく知っている・・・・・・そのおかげで、天使のペンが鮮やかにその剣を彩った。

 アニメ版では色が原作寄りでいいって、詩乃が言ってたもんね!

 わたしが描いたのは、ブラックナイトの剣!姿の見えない相手も斬れる、レントの無敵の剣だ!

「なんだそれ!?」

「ブラックナイトを知らないの!?今度アニメ観てよね!」

 天使のペンなら、描いたものとまるきり同じ力を持つものが作り出せる。

 それならこの剣で、幽霊だって斬れるはず!

「考えておく」

 西川はわたしが手渡した剣を受け取り、ぐっと構えた。

 目が、きらりと光る。

 わたしはまた傘の下に隠れ、西川の様子を見ていた。

 光った目がすーっと藍色に染まっていく・・・・・・!

 まさか、目の焦点って、幽霊の色が視えるようになったってこと?幽霊にも色があるってこと?

 投げつけられる物の数が明らかに減っていく。西川が剣を振りかざすたびに。きっと幽霊を倒しているんだ。

 わたしはただ、呆然と。

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