第10話

 …………あっ、ここどこ!?

 地面に置いた右手にチクチクした感覚がある。これ・・・・・・芝生?

 体を起こすと、特別棟が目の前に見えた。座った状態から見る特別棟が、一瞬、そびえ立つお城みたいに映って驚く…

 そうだ、わたし、二階から投げ出されて・・・・・・。

 立ち上がろうとした。

「だーれだ」

 ・・・・・・うん?

 目をおおわれて、わたしはポカンとする。

 急に真っ暗になった視界にびっくりしたのもそうだし、聞き覚えがなくはないような、そんなぼんやりとした印象の声にとまどってしまった。でも、不思議と怯える気持ちはなくて、すごく、おかしな。

 授業中にこんなところにいる人なんて・・・・・・全っ然心当たりがない。今はみんな眠っているし、もはや授業中なんて言えないかもだけど。

「ごめんなさい、わかんない・・・・・・」

「え~?ほんとに?」

 わたしの目をおおい隠していた手がパッと離された。

 一気に視界が明るくなる。

 で、誰なの?

 振り向いて、後ろにいた人を見やった。

 そこには男の子がいた。藍色の傘を右手で拾う。パーカーを着ていて、フードは深々とかぶって・・・・・・。

「いや、誰!?」

「ひどいなぁ。ほら、雨の日に会っただろ」

 雨の日?

 ピンときた。

「ひょっとして、あの、レインコートの?赤が好きな」

「そうそう!」

「今は雨降ってないのに、なんで傘を?」

「えーと、にわか雨の予報だったから」

 そうだったっけ?

 天気予報を思い出してみても、そんなことは言っていなかったような気がする・・・・・・。まあいいか。

「急ぐだろうから、これだけ。藍色にある美しさを、守ってあげてほしい」

 ・・・・・・?

 男の子は伏せ目がちにそれだけつぶやいた。

 わたしが聞き返そうとすると、男の子はそれをさえぎる。

「あ、傘持ってる理由、もう一つある」

 人差し指を立て、もう片方の手で傘を振り回した。

「傘を持ち歩くのが趣味なんだ。こういう時、天使のペンの使い手を助けられるように」

 変わった趣味ですね、と言うほど余裕があるわけではなくて。

 男の子は開かないように傘を留めているボタンをパチっと外す。

「これあげる!塁を助けに行ってあげなよ」

 半分放り投げるような感じで傘をわたしにくれた。

 おっとっと、とそれを受け取って、わたしは静かに男の子の方を見る。

 この子は一体、何者なの?

 急に現れたかと思えば、意味深なことを言ってくる。何より、この特徴的なきれいな瞳。勘ぐってしまうのも仕方ない。

 しかも、わたしの名前も西川の名前も知っている。混乱した頭では、ろくな考えも出てこなかった。

 ただ、この子の声を聞くと、とても……安心する。

「一階にある出入り口、カギが開いてるよ」

「な、なんでそれを知っているの」

「ははっ」

 その時風が勢いよく吹いて。

 突き抜けるような風がわたしたちをなでた瞬間、男の子のフードがめくりあがる。

「その髪・・・・・・」

 ひとふさひとふさ、違う色。

 夕陽のような深みのあるオレンジ、さらには若々しい緑。眩しい黄色。光の反射で髪の色が次々変わって見える。鮮やかな赤、輝く瑠璃のような青、夜空を思わせる紫・・・・・・そして、藍。

「バレちゃった」

 くすっと笑う男の子。瞳の色もキラキラと変わっていく。

「藍を助けてあげてくれよ」

 わたしはすぐに、駆け出した。傘を持って。

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