第5話

 わたしは次の日、すぐに西川を探す。

 赤色。赤色だったんだ。赤の魔法石がいたんだ。この学校に!

 西川はきっと気づいていたんだろうけど、わたしは何色かなんて考えてもいなかったから、聞かなかった。後回しにしていた。

 大切じゃん、何色か。

 あの男の子の言うことを信じていいのかはわからない。そもそも、あの男の子が何者なのかもわからない。

 でも、わたしたちは『必死になってるだけ』の赤の魔法石を、止めなくちゃいけない。

「やるよ」

 西川は一人、廊下で窓の外を眺めていた。

 わたしはカバンも下ろさず、すぐに西川にそう言い放つ。

「は?どうした、夏野」

「赤の魔法石なんだよね、この学校にいるの。見つけてなんとかしたい。向き合いたい」

 わたしの剣幕に、西川は驚いたそぶりを見せる。

 急に手のひらを返したわたしに呆れるんじゃないか、と思ったけれど、そんなことはなくて。すぐにニッと笑って、「その言葉を待ってた」と一言。

「力になれるのなら、なんでもするよ。どうしたらいい?」

 息巻くわたしに、あくまでも冷静な西川が淡々と告げた。

「魔法石を探すか、動きがあるまで待って封印するか。どっち?」

「探す!」

「じゃあ、それは俺に任せろ」

 自信家な笑顔を見せる。

「今日から探し始めようぜ。俺の目があればきっとすぐだ」

 わたしだってがんばるからね。

 西川は、わたしが心変わりした理由を聞かなかった。きっとわたしを、天使のペンを、とっくに信じてくれていたからだ。


 がんばると言っても、短い休み時間でできることは限られている。

 せいぜい教室の中をうろうろするくらいしかできなくて、わたしたちは比較的長い昼休みまで待たなきゃだ。

「おーい。悪いが、誰か頼まれてくれないか」

 ところがその昼休み。わたしたちのクラスで理科を教えている宮田先生が声をかけた。

 でもそんな聞き方すると、誰も出てこない。ちょうどクラスもギクシャクしているし、なんとなくクラスの雰囲気がつかめていないんだよね。

 あーもう!

 わたしはとっさに立ち上がりかけ、となりの西川をそっと見る。

「行ってきていい?」

「それなら俺が一人で探してくるし、大丈夫」

 西川には申し訳ないけど、宮田先生を困らせるのもなんだし・・・・・・。

「わたし、やります」

「あたしも行きましょうか?」

 わたしが名乗り出た後すぐ十姫さんも声を上げた。赤の魔法石の力が(たぶん)及ぶより前から学級委員を希望していたし、責任感が強い子なんだと思う。

 十姫さんはさっと二つあるうちの筆箱の片方をしまい、席を立つ。

 しっかりスケッチブックを抱えて、わたしもそれに続いた。


「第一理科室と第三理科室に保護メガネをとりにいくんだよね?」

「ん、二人で手分けして取りに行った方がいいかなー。夏野さんもそれでいい?」

「了解!じゃあ、わたし第三理科室に行くから、十姫さんは第一の方に行ってくれる?取ってきたらまたここに戻って来るってことで」

「はーい」

 二人で話すのは初めてだから、ちょっとぎこちない会話になる。

 でも、人当たりのいい笑顔。明るいしいつも笑顔だし、詩乃と並ぶかわいさも相まって、まるでアイドルみたいだ。

 席も近いし・・・・・・仲良くなれたらいいなぁ。

 ニコニコしながら階段を上った。第三理科室は三階、第一理科室と第二理科室は一階にある。わたしたち一年生が授業を受けるのは第三だから、第一と第二には行ったことがない。

 早いとこ終わらせて、西川と合流しないと。

 第三理科室の扉を開けて、わたしはふと思い出す。

 わたしが天使のペンの存在を知ったのは、ほんの三日前のことなんだよね。

 わたしがこの第三理科室に忘れ物をしなかったら、あの少人数教室にあの時間に行くことはなかったわけで。

 西川がうっかり天使のペンを置いて行くなんて、あの時だけだったらしいし・・・・・・。天使のペンと出会えていなくても不思議じゃない。

 そう考えたら、忘れ物様様じゃんっ。

 まあ、西川が言うように、何が何でも天使のペンと出会っていた、そんな気もするけど。

 えーっと、保護メガネ、保護メガネ。

 透明な「1の4」って書かれている箱・・・・・・は、どこだ?

 実験器具と一緒に黒板の近くに置いてある保護メガネの箱を持ち上げようとすると。

「夏野未来、ってお前?」

 唐突な声に、髪が揺れた。

 振り向いても誰もいない。

 わたしはいったん、箱にかけた手をどけた。そしてゆっくりと辺りを見渡す。

 三百六十度、ぐるりと視線を送っても、人の影すら見えない。

 開けっ放しの窓。カーテンがはためいて、ぱさり、ぱさり、音を立てる。

 カーテンでできた影がまるで人の影のように見えてしまった。

 絶対に今、誰かがわたしの名前を呼んだんだ。

「誰かいるの・・・・・・?」

「後ろ」

 はじかれるように振り向く。

 そこには、燃える火のごとく赤い髪と瞳の、同い年くらいの男の子が立っていた。

 オールバックにした髪は少しツンツンしている。わたしよりちょっと高いくらいの背丈に見えた。今時めずらしい半ズボン。

 さ、さっきまで、絶対いなかった!

 あぜんとして立ちすくむ。

「よっ、はじめまして!赤の魔法石だから、赤って呼べよ」

 ・・・・・・この子が赤の魔法石?

 西川が言っていた、魔法石の人格ってこと?

 くったくなく笑っているこの男の子が魔法石なんていう存在だとは、とうてい思えない。

 赤・・・・・・赤さん、でいいか。赤くん、となれなれしくは呼べないから。

「本当に?」

「ウソついてどうするんだよ。ずっと見てたよ、夏野未来。キミが天使のペンを使おうか悩んでるのも、見てた。今日、決意したんだな。やめときゃいいのに」

 りゅうちょうに話しながら、赤さんは実験器具が並ぶ棚の前まで歩いて行く。

「悪いけど、天使のペンを使ってほしくないわけ」

 ・・・・・・大丈夫。スケッチブックを持ってきている。天使のペンもここにある。

「封印札を貼ったら、もう何もできないんだから!」

 わたしはスケッチブックと天使のペンを構えた。

「・・・・・・そっか。西川塁から聞いてないんだな」

「何を・・・・・・?」

 理科室の机には、それぞれに一つずつアルコールランプが置きっぱなしにされている。

 それを赤さんは指さした。

「オレたち魔法石は、自分の『色』に関わるものを操ることができるんだ」

 赤色のものを?

「魔法石のリーダー、オレが操るものは・・・・・・」

 パチン、と指を鳴らす。

「炎」

 アルコールランプに、いっせいに火がついた。

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