第3話
ちょっ、待って待って、そんなことある!?
三十人もクラスにいて、その中から定員二人の学級委員だよ!どう見ても二十人以上挙げてる!倍率たっか!
わたしと同じように手を挙げていない人は、みんなびっくり仰天のようだ。
でも逆に、手を挙げている人は、いたって真剣で、何かとまどっている様子なんてみじんもない。
ってか、達哉も挙手してるよ!さっき言ってたことと違うっ!となりの詩乃も、びっくりした顔だ。
十姫さんと天堂くんもまっすぐに挙手。悩んでいるそぶりも、周りを気にするそぶりも、もちろんないようだ。
な、なんか・・・・・・あれぇ?
中学生になって、みんなクラスを治めようと責任感が・・・・・・?レベルが違うぞ。
一人ずつ以上だといい、と言っていた先生を見ると、普通に嬉しそう。
「みんな意欲があっていいねぇ」
いいんだ!?
そもそも、三十人学級でぴったし役職があるのに、こんなにたくさんの人が学級委員に立候補しちゃったら、他の係が品薄なんじゃ?
「それでは、今手を挙げた人たち、前に名前を貼りに来て」
あの、たぶん、ムリだと思います。スペース。
ぞろぞろとみんな前に出て、名前を貼って・・・・・・大渋滞が起こっている。
結局貼りきれなかったらしく、先生が名前をメモして、ふせんを持ったまま全員自分の席に帰ってきた。
議員に立候補する人も多め(四人)だったし、それ以外の役職を希望した人が希少種みたいな感じになる。
空いてしまった役職は、アピールチャンス的な位置づけで、他の係に名前を貼った人が兼任するんだとか。すごい、大体が兼任・・・・・・。
混乱するわたしを残して、六時間目はとんとん拍子で進む。『こんなクラスにしたい』の紙を書いている間に、先生が教室を出たから、なんとなく自由時間みたいになった。
翔にとんとんと背中をたたかれ、振り向く。
「夏野ちゃん、なにこれ?この状況なに?」
本当に。
「十姫さんが立候補なのは知ってたけど・・・・・・こんなにいるのかよ、学級委員やりたい人。なんかすごい特典でもあんの?」
「さあ・・・・・・確かに、ここまで人気だととんでもない特典がありそうだね」
なんだろう、校外学習の行く場所決められる権利とか?
席替えをすべて自由にできるとか?うーん、それは確かに魅力的だ。
「みんな目ーキラキラさせてさ。なんかおれ、めっちゃやる気ないやつみたい」
だ、大丈夫。たぶん。わたしたちはおかしくはない。たぶん。
翔の目が死んでいる。ごめん、今の姿だけ見たらやる気ない子で間違いない。
「じゃ、おれ、ちょっと寝るから。先生来たら起こしてー」
本当にやる気ないな。
「扉のそばだし、すぐバレるよ?」
「平気だって」
あーもう、翔ってば、そういうとこ、小学校の時から全然変わらない。まあ、起こしてやるか。同小のよしみで。
翔はすぐに机に頭をのせた。
「夏野」
びくっと体を震わせる。
わたしに声をかけたのは、他でもない、西川だ。
「・・・・・・」
「異常、だって思わないか」
何を。
この状況を?
「少しは」
「言っただろ。皇子台中が危ないって」
「えっ・・・・・・どういうこと・・・・・・?」
わたしはひそひそと西川に聞き返す。
「昨日、猛スピードで帰ったよな。あの時、本当は伝えようと思ってたんだ」
「その節は・・・・・・ちょっと驚きすぎちゃって。ごめんっ」
顔の前で両手を合わせ、西川の様子をうかがった。
「別にいい。俺だって、初めて自分が色彩鑑識だって知った日は、他のことが何も考えられなくなった。天使のペンを任された日も」
そう話す西川は、すごくまっすぐで、真剣で、一点の曇りもない瞳をしていた。
こんな人は疑えない。そんなことはわたしにはできない。
そう思わせてしまうような、まっすぐさ。
「あと、夏野、昨日天使のペンを持って帰っただろ」
・・・・・・そうだっけ?
慌てて机の中やサブバッグをあさる。本当だ・・・・・・。
「ほんとにごめん。返すね」
「返さなくていい。それはもう夏野のものだ」
机の下で返そうとしたそれを、天使のペンを、西川はわたしに突き返す。
「そういう企業秘密みたいな話、こんなトコでしちゃっていいの?」
「どうせ誰も聞いてねーよ」
周りを見渡し、なるほど納得。
ついさっきのわたしと翔だってそうだった。十姫さんと天堂くんも、どうやら盛り上がっているみたい。内容はちゃんとプリントのことだけど。
他にも、一生懸命書いている子や話している子で、誰かの会話を聞いていそうな子は一人もいない。
それに、もし聞こえていても、信じやしないってことかもしれない。
わたしは天使のペンをスカートのポケットに入れた。ポケットの中にペンがすっぽり入る。外から触るとペンの細長い感触がした。
「なんで、わたし以外、誰もそのペンを使えないんだろ・・・・・・」
思わずそうつぶやいてしまう。
「何度でも言うぞ。夏野は選ばれたんだ。天使のペンに。天使のペンが、夏野をペンを手にするべき存在だと認識したんだ」
わたしでいいのかな。
「それは天使のペンに聞いてくれ。俺は天使のペンを信じてるから。きっと何があっても、夏野と天使のペンは出会ってた」
・・・・・・あ、わたしは信じてないのか。
そりゃそうだ、会ったばかりなんだし。
「でも、危ないってこれだけ?」
大変なこと・・・・・・ではあるけど、ちょっと大げさなような気も。
その考えが伝わったらしく、西川は少し顔をしかめる。
「夏野はわかってない」
ムッとしてしまう。その言い方に。
「じゃあ説明してよ」
「それが・・・・・・」
西川はすっと視線を下げた。
説明してもムダだと思われていたら・・・・・・ヤだな。
「詳しくはまだ・・・・・・。他の色彩鑑識や魔文具職人たちが調べてる、けど」
まぶんぐしょくにん、とは。
色彩鑑識に続いてファンタジー感のある名前だ。
「天使のペンを作った
魔文具、そう呼ばれる変な文房具を作ってる」
ちょっと覚えられそうになかったので、わたしはとりあえずここはスルー。めっちゃ興味あるけどね。魔文具職人という存在だけ、頭に留めて置くことにした。
西川は少し顔を近づけて、よりひそひそと話す。
「俺たちに伝わってるのは、魔法石が俺たちの前に姿を現す時が周期的に訪れるってだけ」
「いやいや、ちょっと待って西川!さすがに情報多すぎ!」
魔法石って新ワードじゃん。
西川とは反対のとなりの席の子が、いぶかしげにこっちを見た。すかさず西川に口をふさがれる。やめてくれ。
「魔法石。この学校の近くに今、二つの魔法石がある。魔法石はまあ、普段は人格があるだけのただの石なんだけど」
人格があるならそれはただの石じゃないよ。
「何年かを周期に、周りの人間に影響を与え始める。魔法石には色の名前が付いてるんだ。たぶん、この謎現象も魔法石のせい。
人間は誰しも、生まれながらに色を持ってる。一色じゃなくて何色も。色の感じ方は人それぞれだから、色彩鑑識の目で見てその人の性格をずばり当てるなんてのは無理だが。魔法石の影響を受けるのは、その魔法石が持つ色の要素がある人間。あまりにもその色の要素が薄い人間や、俺みたいな色彩鑑識、それから夏野みたいな存在は変わらないんだ」
詩乃はその、要素が薄い人間ってこと?
西川はふと気が付いたように時計を見る。チャイムまであと五分もない。
「続きは明日な。朝、あの少人数教室で。それから、スケッチブックは持ち歩いてくれ」
わたしはこくっとうなずいた。
うーん、詩乃たちへの言い訳、どーしよ。
とりあえずひそひそと少人数教室に向かう。
我が校には二階と三階に少人数教室と呼ばれる教室があって、英語や数学で時折何人かの生徒が授業を受けるらしい。使ったことはまだないから、よくわからないけど。
わたしたちの教室があるのは二階で、二階に特別棟への道がある感じだ。無論、わたしたちが会った少人数教室も二階。
人通りは少ない。そろそろっと少人数教室に入って、そろそろっと扉を閉めた。
「西川、続きの話ってどんな?」
西川を急かす。すぐに西川は話し始めた。
「人に宿る色の存在は、色彩鑑識だけが知っている。それが脈々と受け継がれてきたことなんだ。最近になって、継造さんが色の存在を見つけ出したけど、色彩鑑識が先回りして秘密にとどめた」
「え、どうして?」
「さあ。それは俺は教えてもらってない。色があることなんて信じてもらえないからかもしれない。
そしてもう一つ伝わっている話は、魔法石の存在だ。魔法石をどうすればいいのか、しばらく色彩鑑識は頭を悩ませていた。だって、魔法石のことを知っているのは色彩鑑識だけだろ。そこで魔文具職人と提携したんだよ。本当ならそれ、プロポーズの指輪代わりだったらしい」
指輪代わり!?聞き捨てならない。
わたしが目をキラキラさせたのを見逃さず、西川は続ける。
「元々は継造さんが後の妻へのプロポーズのために創ったんだってさ、その天使のペン。結局、二人の希望もあって色彩鑑識に譲り渡された。ただ、奥さん以外の誰が使っても効果をなさなくて、継造さん自ら理由を分析したところ、天使のペンと波長の合う人間じゃないとこれを使えないんだって」
それがわたし、か。
「天使のペンで描いた『封印札』だけが魔法石を封印できると伝わってる」
西川は「昨日のスケッチブック、今日も持ってきてるよな」と尋ねた。わたしはもちろんとうなずく。
スケッチブックを渡すと、西川が描き始めたのは謎の模様だ。星やいろいろな線がまじりあう、不思議な。あっちこっちに線が行く。
「これを天使のペンで描いて四角で囲う。そうしたら『封印札』の完成。魔法石にこれを直接貼れば封印完了だ。封印しない限り、魔法石はしばらく暴れ続けるから」
その模様を見ながら、わたしはおずおずと口にする。
あたかも大前提だったけど、これをまだ聞けていない・・・・・・。
「確認させて。この天使のペンって、描いたものを本物にできるの?」
西川が仰々しくうなずいたその時、わたしはそれを全部認めようって、ようやく決心がついたのだ。
「夏野にしかできない。頼む。天使のペンを使ってくれ」
もちろん!と答えようとして。
声が出なくなった。
だって、失敗したらどうなるのかって・・・・・・わからない。
失敗することがあるのか、それを聞くのも怖い。魔法石があそこまで影響を与えるのなら、もしわたしが失敗して暴走が激しくなったら、どうなるの?
「明日まで待ってほしい」
弱気なわたしの発言を、西川がとがめることはなかった。
待たせすぎたら余計影響が及ぶのもわかってる。
それでもわたしは怖いから・・・・・・。
教室に入ると、何やら雰囲気がとげとげしい。
何かあった?なーんて軽く聞けるような雰囲気ではまったくなく、断念せざるをえなかった。
わたしの視線に気づいてか、達哉が駆け寄ってくる。
「未来。どこ行ってたの?」
「あー、ちょっと先生に呼ばれて。それはともかく、なんなの、この空気」
聞きづらいけど、達哉になら。
達哉は少し視線を泳がせた。
その視線の先にいたのは、岩崎くん。
岩崎くんと森くんが、それぞれ一人で席に着いている。この感じだと、あの二人に何かあったのかなぁ・・・・・・。
これ以上聞いていいのかわからず悩んでいたら、バンっと筆箱が地面にたたきつけられる音がした!
「マジでウザいんだけど!いい加減にしてよ!」
「はあ?いきなり何?」
ロッカーのそばで一緒にいた四人組の女子のうち二人、加藤さんと木下さんだ。
加藤さんが、木下さんの筆箱を払い落とした・・・・・・?
かたずをのんで見守る。
「何?って・・・・・・。もういい!二度とあたしに話しかけてこないで」
そう吐き捨て、加藤さんがそっぽを向いた。
「意味わかんないしっ」
木下さんは大股で教室を出て行く。
わたしが入って来たドアから出たから、目の前を通られてわたしは思わずしりぞいた。
加藤さんも椅子の音を力いっぱいに立てながら座り、サブバッグから文庫本を取り出して平然と本を読み始める。
残された二人の女子は、顔を見合わせて固まった。
「岩崎たちみたいだ・・・・・・」
達哉が呆然としてつぶやく。
岩崎たち『みたい』?
「あの二人もケンカしたの?」
ささやき声で聞いてみると、達哉は顔を引きつらせた。
「まあ。急にもめて、ついさっきまで暴力沙汰になりそうだったんだよ」
止めようとしたんだけど、と浮かない顔だ。妹と弟がいて長男気質の達哉は、なんだかんだで仲裁役になることも多かった。
それにしても、中学生活、始まったばかりなのに・・・・・・。
昨日まではみんな和気あいあいとしてたよね。ようやくみんなの名前も覚えてきて、クラスらしくなってきたと思っていたけど。
岩崎くんと森くんは同じ宮小出身で、小学校の時から仲良しだったのに。
なんとなく席に戻りづらい雰囲気。
ハッとした。
まさかこれも・・・・・・魔法石のせい?
やばい。急がないと。わたしが急いで決めないと、大変なことになる。
どうしよう。どうしたらいいの。うなずく以外ないの?
ポケットの天使のペンを握りしめた。これを使える資格がわたしにあるなんて。わたしじゃないと使えないなんて。背筋を冷や汗が伝った。
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