第2話

「ヤダ!」

 わたしは即答。

 西川はその返事を聞いて、眉を下げた。ってゆーか、さりげに西川って呼び捨てにしてしまった。

「なんでだよ?うさんくさしし、信じられないのも無理はねぇけど。今から説明するから」

「あ、えっと……ごめん、わたし、帰るねっ」

 反対側のドアから出て行こうとする。

「待てよ!」

 いきなりなんなの!?意味わかんないし・・・・・・。もうオーバーヒートしそうだ。混乱しすぎて思わず断ってしまった。

「夏野がこのペンを使わないと、皇子台中が危ないかもしれない!」

 ・・・・・・えっ?

「どういうこと・・・・・・?」

「それは『天使のペン』。色彩鑑識の大切な宝だ。夏野はこのペンに選ばれたんだよ」

 天使のペン?シキサイカンシキ?

 聞いたことのない単語ばかりで、頭の中は真っ白。

「夏野にしかできないことなんだ」

 ……わたしにしか。

「くわしく聞かせて」


 まず、俺のことを話さないといけないな。

 俺は色彩鑑識。色が『視える』能力者。

 色彩鑑識には二つのタイプがある。見た人の潜在的な精神の色が視える人、見た人のその時の心の動きに関する色が視える人。俺は前者。

 カラーセラピー、って知ってるか?例えば橙には、「寂しがり屋」や「ムードメーカー」という意味がある。そんなふうに、本来のその人の性格によって、視える色が変わるんだ。

 オーラみたいにその色をまとって視える。それも、人それぞれだが。

 夏野?夏野は若草色だよ。新しいことに挑戦しようとする、希望の色。きっと夏野、前向きでまっすぐな性格なんじゃないか?

 色彩鑑識は家系で受け継がれるものじゃなく、普通に天性の才能として授けられる。・・・・・・普通に天性って、なんか変だな。

 物心ついた時から俺は、自分の力を自覚してた。だからか、色彩鑑識の集まりの中で、重要な役割を任されていたんだ。

 それは、色彩鑑識たちが保管する立場にある天使のペンを、選ばれた人に託すことだーーーーー


キーンコーンカーンコーン

 やばっ、もう最終下校のチャイムが鳴っちゃった。

 語られた話は、本当にファンタジーで、急にどっしりとした重荷になる。

『最終下校時刻です。まだ校舎に残っている生徒は、速やかに下校してください』

「・・・・・・ああ」

 西川が放送を聞き、外の方へ視線を移す。

「わたし、帰らないといけないから!」

 それをチャンスとばかりに、わたしはついに、少人数教室を飛び出した!

 西川の返事もろくに聞かず、下駄箱に向かい、そこからの記憶がないまま、気が付いたら家だったのである。


 次の日、学校に行くといつもの関係に戻ってしまっている。あれは夢だったのかもしれない、と思うほどに何もない。

 やっぱりファンタジー脳になっちゃってたのかわたし!?と自分に言い聞かせてみることにした。

 第一!あの無口・無愛想・無表情の『三大無』、西川塁が天使とか宝とか、ファンタジーなことを言うはずがないもん。

 ・・・・・・無口にしてはペラペラしゃべってたし、無愛想にしては感じがよかったし、無表情にしては笑ったり険しい顔したりしてたけど。

 夢ならいいな。夢であるべき。

 頭がこんがらがってめっちゃダッシュで逃げちゃったから!夢じゃないと困る!

「ルイくん、誠我、委員会の立候補ってどうするー?」

 右ななめ前の席の十姫とひめはゆりさんが、西川と、わたしの前の席の天堂てんどう誠我せいがくんに話しかけた。

 そろそろ机につぶれるのも潮時か・・・・・・となりの席なのが居心地が悪い。

「委員会ってそもそも何があるんだ?」

 西川はいつもと同じトーンで十姫さんにたずねる。

「えーっと、学級委員さんと、議員さんと、あと専門委員?っていうのがいくつかあるみたい」

「専門委員って図書委員とかかな?」

「たぶん」

 十姫さんたちとはしゃべるのか、西川。昨日はよくしゃべってたし、きっと、そこまで無口な人じゃないんだろうなぁ。人見知り、だったりして……。

「あたしね、学級委員やってみたいなーって思ってて」

「はゆり、小学校の時もリーダーやってたよね」

「十姫が学級委員か。じゃ、ペアは誠我?小学校の時もリーダーなのは誠我もだろ」

「まあ、僕も興味はあるけど。他に立候補いるだろうし」

 そこまでこっそり聞き耳を立てて、わたしはようやくハッとした。

 今日の六時間め、仮の係を決めるんだった!

 委員会や教科係といった係を、とりあえず仮で決めておく。どうしよう、わたしも何に立候補するか決めないと!

 西川のことで頭いっぱいで、完っ全に忘れてた。

「誠我が学級委員だったら、三年連続、誠我とペアじゃんー」

「まだ立候補するかわかんないって」

 そっか、十姫さんも天堂くんも宮小では見たことのなかった顔だし、やっぱり坂小。

「あー、俺、何にしよっかな」

「ルイくんは・・・・・・保体委員は?体育好きでしょ」

「俺が好きなのは体育じゃなくて野球」

 詩乃と達哉の席に避難するか、翔と話すか、あるいは会話にまざってしまうか。最後は却下だな。翔も達哉の席にいるのを発見して、わたしは立ち上が・・・・・・ろうとしたけど、着席の呼びかけがかかってしまったので浮かせていた腰を再び下ろした。

「あ、十姫さん。これ、十姫さんの?」

 こっちに戻ってきていた翔が、落ちていたらしいシャーペンを十姫さんに差し出す。

「あたしのだ!ありがと~」

「・・・・・・うん」

 十姫さんは、二つある筆箱の片方を開けて、ぽいっとシャーペンを放り込む。

 ニコニコする十姫さんを、横目でちらっと見て、翔はそそくさと自分の席に着き、真っ先に国語の教科書を広げたのだった。


「えー、昨日伝えておいた通り、仮の係決めをします。学級委員、議員を決めたら、専門委員会を確認して、最後に教科係。できたら最初の二つの委員は、男女一人ずつ以上は出てくれると助かるかな」

 大きな模造紙に、それぞれの係名が印刷されている。

 一人一人がふせんをもらって名前を書いて、希望の係のところにぺたぺた貼っていくスタイルだ。

 わたしはというと・・・・・・もう係が決まるわけじゃないし、美術係にしてみることにした。ちなみに詩乃はなんとなく美化委員、達哉は詩乃と一緒、翔はピアノ弾ける系男子で音楽好きなので音楽係。ただ、翔に関しては、ちょっと理科係と悩んでるらしい。

 そんな感じのことを休み時間に聞いた。

 そして、その時は訪れる。

「学級委員の立候補を考えている人、男女ともに挙手してください」

 クラスの三分の二以上が、手を上げた・・・・・・。

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