ラクガキ天使

紬こと菜

第1話

 ひとけのない校舎。

 さっきまで降っていた雨は止んだけれど、まだじめじめしている。

 空は青く、虹が架かっていた。


「おはよう、未来みらいちゃん」

 朝、玄関のドアを開けたら詩乃しのが先に待っていた。

「詩乃。おはよー!」

 めちゃくちゃかわいいと評判の詩乃は、近所に住んでいるわたしの幼なじみ。左耳のそばでゆるく留めたお団子ヘアー。わたしと詩乃が大好きなマンガ『ブラックナイト』のヒロイン、ミサの髪型を意識しているらしい。ミサの髪飾りと似た、レースで飾られたリボンは今日も変わらない。

「そういえば達哉たつやは?」

「さっき起こしに行ったから、もうすぐ来ると思うよ」

「じゃあ、待ってよっか」

 太陽の光が川に反射して、眩しい。

 雲がまばらに散らばっているように見えるよ。

 ここで達哉を待ちながら空を見上げるのは、もはや朝のルーティーンになっている。同じく幼なじみの達哉は、詩乃と違って朝はルーズなので待たされることが多い。まったく……と思いながらも、なんだかんだ待ってしまう。

「ところで!昨日のブラックナイト見た?アニメ2期の第一話!」

 食いつきぎみに目を輝かせる詩乃。当然、わたしも心が飛び起きる。

「見たよっ、もちろん!制作会社変わったから作画心配だったけど、ミサあいかわらずかわいいし、最初の下からの構図、神だった!」

「だよね、最高だったよね!むしろレントくんの剣の装飾の色、原作寄りになっててよかったよ~」

 ブラックナイトのアニメ話で盛り上がりながら、待ちわびて、達哉の家の方へゆっくり歩く。

 ちなみに、レントの剣は姿のない者も切ることができる魔界の剣なのだ。

 カバンにぶら下がったレントのデフォルメキーホルダーが、詩乃が歩くのと同時に揺れている。レントのガチ恋勢になりかけている詩乃のお守り同然のキーホルダーだ。

「二人とも、おはよ・・・・・・」

 眠たそうに、達哉がふらふらと来た。

「おはよう。達哉くん、遅いよぉ」

 詩乃は少し笑ってあいさつをするけど、わたしはそうはいかない。

「もう、中学生になったんだから朝くらい一人で起きなよー」

「はいはい、すみませんでした」

 寝ぼけまなこの達哉に適当に言われて、言い返そうとしたら詩乃になだめられた。

「まぁまぁ。明るく行こ?ね?」

 む、詩乃がそう言うなら・・・・・・。

 それはともかく。寝ぐせがついてぴょんぴょん跳ねた髪を気にもしていない達哉は昔からずっとこうだ。目さえ覚めたらよく喋るのになー、ほんとにもう。

 わたしたち三人は小さいころからずっと一緒にいる。

 登校の時も、しょうという同じ小学校出身の友だちもたまに含めて、三人か四人でしゃべりながら学校へ向かう。

 だから、わたしと達哉の言い合いは日常茶飯事。


「入学七日目だと、まだせわしないよね」

「説明ばっかり!それに先生たちも、どんな人かよくわかんないじゃん?担任の漆山うるしやま先生、実はす~っごく怖いかも!」

「あの人、年齢は四十代前半とみた!確かに厳しそうだよなぁ」

 すっかり目が覚めたらしい達哉も、サブバッグを振り回しながら会話に参戦してくる。詩乃がさりげなく達哉の腕を掴んでサブバッグの動きを止めた。危ない危ない。

 そんなこんなで我らが皇子台おうじだい中学校に着き、一年四組に入って、それぞれ自分の席に座った。

 教室は小学校の時より広い感じがする。クラスメイトの数も増えて、学校は始まったばかりなのに明るくてにぎやか。

 カバンをロッカーにしまいに行こうとすると、となりの席の西川塁にしかわるいくんも、ちょうど自分の席に向かうところだった。

「おはよ、西川くん」

 ちゃんと『くん』をつけて、西川にあいさつをする。

「・・・・・・」

 でも、無視されたっぽい。

 まあ、軽くこっちを見てはいるから、しゃべるのが苦手なだけなのかな?軽い会釈くらいならしてくれているし。

 西川とは入学式からこんな感じだ。

 無口でクール、と皇子坂おうじざか小学校出身の子は言っていたけど。ちなみにわたしは皇子宮おうじみや小出身。

 わたしがたくさん話しかけてもほぼほぼスルー。反応したとしても、ちょっとうなずく程度。黒髪はサラサラで目鼻立ちが整っていて、どこはかとなくレントに似ている、かもしれない。

「未来。ここ分かる?昨日出た数学の宿題、やるの忘れててさ」

 後ろの席の翔が話しかけてきてくれて、少しホッとした。

 だけどね翔、数学をわたしに聞くなんて、根本的に間違ってるんだよ。


 今日も、西川とまともに会話できなかった・・・・・・。

 結局、西川は休み時間は教室を飛び出すか、熱心に何かの本を読んでいるかで、話しかける機会すらもなかったし。

 なんとか話しかけてみても、やっぱりダメだ。

 今までは無視されても、聞こえなかったのかな?とか考えて再チャレンジしていた。ただやっぱり、あまりしゃべるのが好きじゃなさそうなんだよね・・・・・・。

 無理に話しかけるのも違うかなぁとは思うけど、せっかく隣の席になったんだからちょっとくらいは仲良くなりたい!というのがわたしの希望だ。とりあえず会話をしたい、うん。

 午後からは雨も降りだして、なんとなくわたしの気分とリンクしている気がする。雨は、今はもうずいぶん弱くなった。

「はぁー・・・・・・」

「どうしたの?未来ちゃん。テンション低いね」

 わたしがため息をつくと、詩乃が声をかけてくれた。

 まあ、別に言いふらすような話でもないしね。『浅村あさむら』詩乃と『安形あがた』達哉だから二人は隣の席で、詩乃の方は楽しそうだし。わざわざ悩みごとを言って心配させたくないし。

「ううん、なんでもないっ。さっ、帰ろ」

 プライドにかけて、詩乃に笑顔を向けた。

「そう?ならいいけどぉ」

 周りには、詩乃以外には窓を閉めている日直くらいしかいない。急がなきゃ。

 カバンを片付け始めた。すると、詩乃がポンと手をたたいて、わたしの顔をのぞきこむ。

「未来ちゃん、そういえばスケッチブックは?今日の帰り『絵を描く』って言ってなかったっけ?」

 それを聞いて、全身がひやっとした。

「あーーーーっ!」

 六時間目の理科で、授業が始まるまでの休み時間に描こうと思って、置きっぱなしにしちゃったかも!

「ごめん、詩乃!理科室まで取りに行ってくるから、達哉と二人で先帰ってて!」

 そう声をかけて廊下をダッシュ!

「えぇっ?気をつけてね、転ばないでね~っ」

 詩乃の声を背中で聞きながら階段を駆け下りて、職員室に行く。

 あのスケッチブック、もし中を見られていたらサイアクだ!どうしよう、早く取りに行かないと!

 理科室の鍵をもらって、全力で走った。


「よかった~。あったぁ」

 特別棟の第三理科室に入ると、スケッチブックはちゃんとわたしの座っていた席にあった。

 そのスケッチブックは中世的な街並みが表紙に描かれていて、色鉛筆タッチのそれはとんでもなくオシャレだ。値段はそこまで高くないけれど、けっこう描きやすくていい紙なんだよ。

 ラクガキやらがたくさん描かれたスケッチブック。中を見られたら普通に恥ずかしい。無事そうでホッとした。

 雨もさらに小降りになったし、すぐに晴れそう。折り畳み傘は一応あるけど、濡れるのも嫌だし、帰るときには晴れてる方が嬉しいな。

 安心して、スキップしながら本校舎に戻ったら、二階のはしにある少人数教室に、電気がついているのに気がついた。

 先生とかが電気を消し忘れたのかも?

 ちょっと気になる。

 空き教室をのぞく。電気はついていなかった。

 電気じゃなく、教室の真ん中の机に、明らかに光っている何かがある……?

 鍵が開いているのを確認して、教室に入ってみる。

 するとなぜか光が弱まって、その何かがはっきりしてきた。

 これは・・・・・・。

「ペン・・・・・・?」

 キャップに小さな羽がついたペンだった。

 持ち手の部分は桜色。キャップはそれよりも色が濃く、真っ白な翼の飾りがとても映えるきれいなペン。

 誰かの落とし物だろうし、職員室に届ける以外で触るのはいけないとわかっているのに、あまりにきれいだから、思わず手に取ってしまった。

 キャップを外す。

「インクがない?」

 そう、ペン先も翼と同じように白い。

 これじゃ、絵も文字もかけないんじゃ?

 なぜだかドキドキして、スケッチブックに、バラの花を描いた。インクの色、赤いんだ。真っ赤な線がバラを形作っていく。想像していたバラ、その通りの色。

 あ・・・・・・れ?

 目の前が一瞬華やかな光におおわれて、ポンっと軽やかな音が響く。

 そして、手の中には。

「・・・・・・バラ」

 さっき描いた、あざやかな赤いバラ。

 何が起きたの?どうして?

 しばらく呆然とした。

「え、えぇーーーーーー!?」

 驚きが隠せない。ウソでしょ!?

 マンガばっかり読んでるせいで、幻覚を見てる?それとも、リアルな夢!?夢だとしたらどこからっ?

 だって、だって、どう考えてもおかしい。きれいなペンを拾って絵を描いたら、それが本物になった?信じられない。

「なんだ、夏野なつのだったのか。俺が探していたのは」

 ドアの方から低い声が聞こえた。

「こんな近くにいたんだ」

 声が聞こえる方に体を向けると、あの西川が立っていた。西川に、初めて、名前を……苗字を呼ばれた。

「に・・・・・・西川!?」

「夏野。俺に協力してくれないか?」

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