姫様のプレゼント大作戦!③
「やはり、最終日なだけあって凄い活気ですわね!」
周りのガヤガヤとした声にも負けず、姫様のソプラノの声は良く通り、俺の耳に届いた。
姫様は、此処に来るのは2度目だと言うのに、まるで初めて来たかのようなはしゃぎ様である。
先程まで降っていた雨の名残りが残る道を姫様と2人で歩いて行く。
すると、前方に大雨で出来たのだろう大きな水溜りを発見した。しかし、辺りに所狭しと並ぶ出店に夢中の姫様はその事に気付いておらず、このままではどろどろの水溜りに突っ込むという悲劇が起きてしまいそうだ。
その事に気付いた時には既に、姫様は水溜りを踏む直前であった。
「! 姫様、足元お気を付けください」
危ないと声を上げ、咄嗟に彼女の腕を掴む。
「きゃあっ!」
——何も考えるな、感じるな、レオナルド・ハワード。姫様の腕が細くて柔らかいなどと⋯⋯そんな事は今すぐ忘れるんだ。
心の中の動揺が悟られないように、努めていつも通りの態度で姫様を窘める。
「⋯⋯楽しいのは分かりますが、前ばかりで無く、足元も見ないとせっかくのお召し物が汚れてしまいますよ」
白地に、淡いピンクのバラの刺繍とレースが施されたドレスを着ている姫様に、泥なんて跳ねたらひとたまりも無いだろう。せっかくのドレスが台無しになって悲しむ姫様は見たくない。
「ごめんなさい、わたくしったら⋯⋯! ありがとうございます、レオ」
そう言ってふわりと微笑む姫様が眩しくて、直視出来ずにそっぽを向いて答える。
「い、いえ⋯⋯当然の事をしたまでです」
「レオはやっぱり優しいですね」
「そんな事は⋯⋯⋯⋯」
俺が照れ臭さから言葉に詰まっていると、姫様は透き通った碧の瞳でじっと此方を見つめてきた。
その真っ直ぐな視線の居心地の悪さに耐え切れず、思わず声を上げる。
「わ、私の顔に何か!?」
「ふふっ。レオの私服は久しぶりに見たなあ、と思いまして」
なんだ、そんな事かとホッとして内心ため息を吐き、強張っていた体から力が抜ける。
俺が今着ている黒地に金色の刺繍が施されたコートは、姫様と春告祭に行くことが決まってから急いでクローゼットから引っ張り出した少し値段の張る代物だ。
しかし、決してデート気分で浮かれて、気合いの入った勝負服を選んだわけではない。久しぶりの私用での外出だから、普段着る機会の無い服を着ようと思っただけである。
「いつもは忙しくて着る暇が無いですからね⋯⋯。何処かの姫様のおかげで」
「もうっ! せっかくいつもとは違ってかっこいいと褒めようとしていたのに、そんな事言わないでくださいっ」
「っ!⋯⋯はいはい。姫様もいつも通りお美しいですよ。⋯⋯それで、姫様は何処に行きたいんですか?」
素っ気ない返事をするが、顔には熱が集まり、今にも火が出そうなほど熱く火照っていた。
そんな俺の見っともない顔に、彼女が気付きませんようにと願いながら問いかけた。
「うーん⋯⋯。少しお腹が空きましたわね。そうですわ、あのお店に行きましょう!」
「うわ! ひ、姫様⋯⋯引っ張らないでください!」
姫様は思い付くなり、俺の袖をぐいぐいと引っ張り、小走りで目当ての店へと向かった。
「此処ですわ、このエッグタルトのお店です! この間食べた時とても美味しかったので、もう一度食べたかったんです」
嬉しそうに店の前で笑う姫様の姿を見て、不本意ながらも憎き盗賊、ロジャーの顔がちらつく。
「⋯⋯ここは、彼奴と来た店ではありませんか」
「ええ、レオと一緒に食べたいなと思っていたんです! ⋯⋯⋯⋯嫌でしたか?」
「! そうですか⋯⋯彼奴じゃなくて、私と⋯⋯」
こんな自分が心底面倒くさいと分かってはいても、姫様がロジャーとデートをしている最中でも、俺の事を考えていてくれた事に思わず口元が緩んでしまう。
「⋯⋯わかりました。では、私が買ってきますので、姫様は此処でお待ちください」
「ありがとう、レオ!」
✳︎
その後も2人で食べ歩きをし、なんだかんだで姫様とのデート⋯⋯もとい外出が楽しくなってきた頃、俺は僅かに弾んだ声で次の行き先を尋ねる。
しかし、姫様からは予想外の答えが返ってきた。
「姫様、次はどうしますか?」
「次はわたくしでは無く、レオの行きたいところに行きましょう! レオにもお祭りを楽しんで欲しいですもの」
——充分すぎるほど既に楽しんでいるのだが⋯⋯。姫様たっての希望ならば仕方がない。
俺は、腕を組み暫し思案した後、口を開いた。
「⋯⋯⋯⋯わかりました。では、私に着いてきてください」
そう言って、内心ドキドキしながらも、さり気なく姫様の手首を掴んで目当ての店に向かって歩き出した。
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