嘘つき男、お断り。⑫
「くそっ! 間に合ってくれよ!」
無駄に広い城の長い階段を必死に、ぜえぜえと息を切らせながら駆け上がる。
やっとのことで階段を登り切り、お目当ての部屋まで赤い絨毯の敷かれた廊下をひたすらに走った。普段は気にならないふかふかの絨毯も、今は足を取られるだけの邪魔な物に感じる。
姫様の護衛用にと、腰に下げた剣が腰元でガチャガチャと揺れた。
「はぁっ、はぁっ⋯⋯! ここに、あいつが⋯⋯」
心当たりはこの宝物庫しか無い。もし、ロナルド・オルティスがこの部屋にいたとしたら、俺は——
ごくりと生唾を飲み、重厚な扉のドアノブを握る手に力が籠る。
意を決してドアを開けると、真っ暗な筈の部屋にぼんやりとランプの光が揺らめいていた。
その光の正体を確認するために、自身の持つランプをその光の元へと近付ける。
そうして、ランプの光が暴いたのは、ブラウンの髪にエメラルドグリーンの瞳の、俺のよく見知った男——ロナルド・オルティスであった。
しかし、先程までの姫様の隣に並ぶに相応しい上品な格好から装いは大きく変わり、きっちりと着ていたスーツは肌蹴、白いシャツには辛うじてボタンが幾つか引っ掛かっているのみで、さらには、丁寧に整えられていた髪はぞんざいに乱されていた。
その姿はまるで、話に聞いていた盗賊そのものであった。
とうに俺の存在に気付いている筈の彼は、特段慌てた様子も無く、ニヒルな笑みを浮かべる。
「⋯⋯宰相さんじゃねーか。ジャックの話はつまらなかったのかい?」
いつもは絶えず笑みを浮かべ、優しそうな三日月型を描くその目は、今はギラリと獲物を仕留める獣のように鋭い眼光となり、俺が普段目にしていた穏やかな表情の彼とは雰囲気が全く異なっていた。
「此処で何をしている! ⋯⋯⋯⋯やはりお前が盗賊だったのか」
「ははっ、よく分かったな」
俺の言葉に上機嫌な笑い声を上げたが、陽気な声とは裏腹に、彼の瞳は微塵も笑ってはいなかった。
「⋯⋯ああ。お前が話していたこの大陸でこれまでに訪れた国と、盗賊被害に遭った国が怖いほど一致していたからな。さらには、滞在時期まで同じときた。⋯⋯今の今まで確信は持てなかったが、ここまで来たら言い逃れはできないぞ」
「そんな見っとも無いことはしないさ。しかし、宰相さんにバレるとは⋯⋯まだまだ俺も爪が甘かったってことだな」
薄ら笑いで此方を小馬鹿にしたように首を振る彼に、激しい怒りが込み上げる。
「さ、お目当ての物も手に入ったしそろそろお暇するかな」
ロナルド・オルティスは俺の怒りなどお構い無しにやけに明るい声でそう言って、側にある窓枠に足を掛ける。そんな彼の行動を見て、俺は力の限り声を張り上げた。
「動くな!!」
これはハッタリか? この高さから飛び降りて無事で済む筈が無い。しかし——
今、彼から目を離せば逃げられる——。そう思い、目線はロナルド・オルティスを捉えたまま、瞬きすらせずに腰元の剣に手をかけ、すらりと抜いた。
「そんな物騒なモン出さないでくれよ。⋯⋯俺と、宰相さんの仲だろ?」
しかし、言葉とは裏腹に、ロナルド・オルティスに怯えた様子は無かった。
「ふざけるな! 最初からこれが目的だったのか!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
スッと彼の顔から表情が消える。彼は無言だった。
「答えろ! ロナルド・オルティス!」
しかし、俺が彼の名前を口にした途端、片手で顔を覆いさも可笑しそうにくつくつと笑い出した。
「ふっ、はははっ⋯⋯あはははは!」
「っ⋯⋯何が可笑しい!」
「あー⋯⋯悪い悪い。俺はロナルド・オルティスなんかじゃない。親に捨てられてスラムで育った盗賊の俺に名前なんて、無いんだよ。⋯⋯でもその名前は中々気に入ってたんだけどな。それも、あんたのお陰で今日で終わりか」
一頻り喋った後、今まで合わなかった目線がやっとこちらを向き、真っ直ぐな翠の瞳が俺を捉えた。
そして、一呼吸置いた後、再び口を開いた。
「なあ⋯⋯⋯⋯俺たち、もっと違う形で出会ってたらどうなってただろうな」
幾度か目にした悲しげな笑みを浮かべる彼を見て、俺は一瞬言葉に詰まる。しかし——
「⋯⋯有りもしない、もしものことを言っても如何にもならない事は分かっている筈だ。俺はクレイン王国の宰相で、お前は我が国に盗みに入ったお尋ね者の盗賊だ。俺はお前を捕らえ、この国を⋯⋯姫様を守る! 手加減は一切しない。覚悟しろ!」
そう言って、抜いた刀身を彼に向け、一気に振りかぶる。
「! おっと」
しかし、身軽な彼にひらりと難無く交わされてしまう。そこに、先程目にした感傷的な彼の姿はもう無かった。
物が入り乱れるそう広く無い部屋に対し、自らの身長の半分程もある長い剣を振り回すのは非常に分が悪い。さらには、足元が悪く重心が安定しないせいで、切先がブレてしまう。
おまけに部屋の中はランプが2つだけで視界が悪く、長い間この暗闇にいた夜目の効く彼の方が優勢であることは明らかだった。
苦戦する俺とは正反対に、余裕な態度の彼に苛立ち、思わず声を荒げる。
「っ! 本気でかかって来い!」
しかし、激昂する俺に対して、彼は至って冷静であった。
「残念だが、俺はお前と戦う気は無い。お目当てのものは手に入ったしな」
そう言ってほくそ笑む彼の手には青色の宝石がキラリと光っていた。
「絶対に逃してなるものか! 俺はたとえ、刺し違えてでもお前を止める覚悟だ!」
「⋯⋯⋯⋯ふっ⋯⋯あんたにそこまで言われちゃ戦う他無いな。断れば男が廃るってもんだ。⋯⋯いいぜ、かかって来いよ」
俺の言葉にニヤリと笑った後、彼は左右の腰に刺してある短剣を抜いた。
「⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
しかし、彼と俺が剣を構えて戦闘態勢に入り、今にも本気の殺し合いが始まるというところで、入り口から俺たちを静止する声が響いた。
「っ! 2人とも、お待ちください!!」
「!! なぜ、貴女が——」
その声の主は、此処に居るはずの無い——姫様のものであった。
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