嘘つき男、お断り。③







「⋯⋯わかりました。しかし、あいにく本日シャーロット殿下は終日予定が詰まっておりますので、明日改めて場を設けましょう」


 そう言って、ちらりと陛下を伺う。


「そうだね。オルティス殿もそれで良いかな?」


「はい。問題ございません」



 取り敢えずの時間稼ぎは出来たようだ。この前の二の舞にならないよう、時間は無いが今回こそは彼——ロナルド・オルティスの事を徹底的に調べ上げなくてはならない。

 早速、国外の情報に精通しているジョージに協力を仰がなければ。





✳︎





「ジョージ! ジョージは居るか!」


 謁見の後、陛下の提案により、宿へと戻るロナルド・オルティスを軽く城の案内も兼ねて見送ることになった。そして、彼の姿が見えなくなるなり俺は、全速力で廊下を駆け抜け、ジョージの執務室の前まで来ていた。


 息を切らし、ノックと共に彼の名を呼ぶも一向に返事は返って来なかった。そのことに痺れを切らした俺は、部屋の主人に悪いとは思いつつも一刻の猶予もない為、返事を待たずにドアノブを回した。



 返事が無いと思えばそれもそのはずで、意外にも整理整頓された執務机の上には、勤務時間にも関わらず気持ちよさそうに突っ伏して居眠りするジョージの姿があった。



「ジョージ⋯⋯。お前ってやつは⋯⋯⋯⋯」


 呑気に眠る彼の寝顔を見て、その奔放さに頭を悩ませる。そして、熟睡する彼を容赦なく叩き起こした。


「ジョージ! まだ勤務時間だと言うのに、寝る奴があるかっ!」



「うわあ!?」


 自身の執務室に響く、居るはずのない俺の声に驚きジョージは飛び起きた。



「あ、あれ? レオがなんでここに⋯⋯?」



 寝ぼけ眼を擦る彼は、まだ完全には意識が覚醒していないようであった。


 しかし、そんな事はお構い無く本題へと入る。



「ジョージ、よく聞け。⋯⋯姫様の婚約者候補になるかもしれない奴が来た」


「へ? よ、よかったじゃないか。姫様も結婚活動の再開を望んでいたじゃない」


 深刻な顔で告げるも、俺の言葉にジョージは特別驚くようすも無かった。すっかり姫様の結婚活動に協力的な彼の態度に度肝を抜かれる。


「っ、お前は姫様が何処の馬の骨とも分からない奴と結婚しても良いのか!?」


「そりゃあ、僕だって本当は嫌だけど⋯⋯。姫様の意思を尊重したいから⋯⋯⋯⋯」



 珍しく冷静なジョージを前にして、ごねている自分がまるで子どものようで恥ずかしくなる。


 ——しかし、幼い頃から家族のように育ってきて妹のように思っている姫様が、好いてもいない男と結婚する事は到底納得出来ない。


「⋯⋯ジョージの意見は分かった。今回、婚約者候補になるかも知れない男——ロナルド・オルティス。奴の事についてだけ教えてくれないか。それさえ分かれば、後は俺1人で何とかする」



「っ! ロナルド・オルティスだって!?」



 彼の名前を出した途端、ジョージは驚きの声を上げた。そして、猛スピードで壁際の本棚へと走って行き、何やら分厚い本を持って執務机に戻ってきた。



 近くで見るとジョージの手にする本は、過去の新聞を纏めた書物であることが分かった。興奮に息を荒くするジョージはその本をお目当てのページまでパラパラと捲っていく。


「見つけた! この記事だ!」


「⋯⋯?」



 そう言って、ジョージが指差すページには、デカデカと “話題沸騰のイケメン実業家、ロナルド・オルティス様に迫る!”という見出しが書いてあった。



「話題沸騰のイケメン実業家⋯⋯?」


 俺の言葉に、ジョージが食い気味で答えた。


「そう! やり手のイケメン実業家だって今、若い女性の間で大人気みたいだよ! 顔も財力も申し分なしで、目立った女性との噂も無い。そんな彼の婚約者に立候補する女性が後を立たないらしいんだ。今話題の有名人まで来るなんて、流石姫様だなあ⋯⋯」


「イケメンか⋯⋯。確かに一見地味な顔つきだったが、よくよく見ると整った顔をしていたかもしれない。しかし、それならヘンリー・ウォーカーやジョージの方が⋯⋯⋯⋯」


「えっ!」


 俺の言葉に驚くジョージのその声に、失言だったと気付いた時には既に遅く、彼は恥じらう乙女のようにぽっと頬を染めていた。



「そ、そうかなあ? 僕はレオもイケメンだと思うよ⋯⋯!」


「あ、ああ。⋯⋯ありがとう?」


 まさかそう返してくるとは思わず、予想外のジョージの言葉に思わず彼の顔をまじまじと見た。

 すると、丁度彼も俺の事を見ており、ぱちりと目が合ってしまう。直ぐに逸らせば良いのだがこの時の俺は、目を逸らせば負けだとよくわからない意地から、顔を逸らせないでいた。

 言葉に詰まり、見つめ合う俺たちの間に微妙な空気が流れる。



「⋯⋯⋯⋯」



「⋯⋯⋯⋯」



 そんな気まずい空気の中、救世主とも呼べる終業の鐘が鳴る。そうして俺は、なんとも言えない雰囲気のまま、ジョージの執務室を後にしたのだった。









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