嘘つき男、お断り。②







「チャーリー・ウィリアム・スチュアート殿下、お初にお目にかかります。旅商人、ロナルド・オルティスと申します」



 胸に手を当て、恭しく挨拶をする彼——ロナルド・オルティスは、短く切り揃えたブラウンの髪にエメラルドグリーンの瞳で、左耳の赤いフェザーと彼の瞳と同じ色のエメラルドのストーンが連なった個性的なピアスが印象的な男だった。

 陛下を観てにこりと快活に笑うようすは、何処から見ても好青年という印象である。



 礼儀正しい彼の挨拶に、陛下も玉座から立ち上がり、歓迎の姿勢を見せる。


「ロナルド・オルティス殿、よくぞ我がクレイン王国にお越しくださった。何も無いところで申し訳ないが、どうぞゆるりとお過ごしくだされ」


 そして、そんな陛下の言葉を聞いたロナルド・オルティスは、嬉々として話し始めた。


「とんでもない。クレイン王国は緑豊かで農作物や水がとても美味しいと聞き及んでいました。その話しを聞いて、僕はこの国を訪れる事をとても楽しみにしていたのですよ。⋯⋯それに、せっかくなら景色を楽しみたいと、途中で馬車を降りて徒歩で来たのですが、道中に咲く見たこともないような美しい花や青々とした木々がとても美しく見惚れてしまいました。更には余所者の僕に親切にしてくれる方まで居て、到着してからさほど時間は経っておりませんが、僕はクレイン王国が大好きになってしまいました」


 彼は、話に聞き入る陛下を前にして、弾丸のようなスピードで、殆ど息継ぎも無しに捲し立てた。



 今時の若者は嫌厭するであろう娯楽の少ない片田舎であるクレイン王国を称賛する言葉が、今時の若者代表のような風貌のロナルド・オルティスの口からスラスラと出てきて驚愕する。

 そして、そんな彼の言葉を聞いて、ついに耐えきれなくなった陛下は豪快に笑い出した。


「はっはっは! こんな何もない我が国をそこまで褒めていただけるとは! 是非とも心ゆくまで楽しんで行ってください」


「ありがとうございます。陛下にそう言っていただけるとは光栄です」



 俺は、ロナルド・オルティスの話を聞いて、自然豊かな事が唯一の取り柄である我が国を褒める言葉がよくもそこまで出てくるものだと素直に感心した。

 彼の言う通り、確かに住めば都のとても良い国なのだが、いかんせん他国よりも色々と遅れているせいで時代遅れの田舎の小国というレッテルから抜け出せないでいた。

 その事を誰よりも気にかけていた陛下にとって、ロナルド・オルティスの言葉は殊更嬉しいものだったことは想像に難くない。



 陛下はすっかり彼を気に入ったようで、先程までの疲れ切った姿が嘘のように生き生きとしている。

 謁見中という事も忘れ、ロナルド・オルティスとの話に花を咲かせており、彼らの話しを聞くにどうやら、我がクレイン王国に来たら絶対に食べるべきおすすめの料理や行くべき観光地について話しをしているようだった。


 すると、話しも一区切りというところで、不意に彼が陛下に訊ねた。



「そう言えば、風の噂で聞いたのですがシャーロット殿下が結婚活動をされているとか?」



「ああ、よく知っているね。私としてはシャーロットには結婚はまだ早いと思っているんだが、人生経験になるかと思って許可したんだ」



 陛下の言葉を聞いたロナルド・オルティスは、何やら考え込んだ後、口を開いた。


「⋯⋯なるほど。それでしたら、僕も立候補してよろしいでしょうか?」



「君だったら大歓迎だよ。きっと、シャーロットもオルティス殿の事を気にいるだろう」


「へ、陛下⋯⋯。よろしいのですか?」


 このままとんとん拍子で話が進めば、彼が姫様の婚約者候補になってしまう。さらには、陛下は彼をいたく気に入っており、姫様の了承さえ得られれば正式に婚約を結ぶ事になるやもしれない。

 そんな焦りから俺は、思わず口を挟んでしまった。


「まあまあ。落ち着きなさい、レオナルド。一度会うくらい良いではないか」



「僕でしたら、各地を旅をしながら商いをしているので、様々な国を見てきています。なので、シャーロット殿下のご興味を引くお話しが出来るかもしれません。⋯⋯それに、僕個人としてもシャーロット殿下とは一度お会いしてみたいと思っておりまして」


 ロナルド・オルティスはそう言って、にこりと爽やかな笑顔で微笑んだ。


「おお、それはシャーロットも気に入るだろう。あの子はあまり外の国を知らないからね。是非とも君にお願いしたい。オルティス殿の事は私からシャーロットに伝えておこう」


 ロナルド・オルティスの申し出を聞いた陛下は歓迎の意を表した。

 一方、彼のその言葉を聞いた俺は、一気に心が冷え切っていくのを感じていた。


 ——もしやこいつ、大袈裟なまでに陛下に媚を売っていたのは姫様が目当てだったのか?



 疑心から、先程までの彼への好感度は見る見るうちに下がり、俺の頭の中の警報がロナルド・オルティスは要注意人物だと告げていた。


 ——どうせ彼も姫様の見目に釣られたか、噂を聞きつけ興味本位で立候補したに違いない。今回も俺が姫様をお守りしなければ。



 俺は、嫌味なまでに爽やかな笑顔の彼を見据え、固く決心したのだった。









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