嘘つき男、お断り。①







 俺と姫様の恩人であるレッサーパンダのアインツェルゲンガーとの邂逅から数日後——。



 俺の反対をよそに、姫様は結婚活動を再開するため届いた夥しい数の釣書を吟味していた。

 しかし、最初は山の様に届いていた釣書も、ヘンリー・ウォーカー侯爵を気に入らなかったシャーロット王女が彼を追い返した、という当たらずといえども遠からずな噂が広まり、それに伴って釣書の量も最近では右肩下がりとなっていた。

 しかし、姫様には悪いが此方にとっては好都合である。噂に臆した男たちはその程度の覚悟だったのだろう。

 先の件は、男たちを篩い落とす良いきっかけとなったと人知れずほくそ笑む。




「ううーん⋯⋯。中々この方! ⋯⋯っていう殿方がいらっしゃらないですわね」


「⋯⋯でしたら無理に結婚活動をなさることはございません。いっその事、諦めてはいかがでしょう?」


 隙あらば結婚活動を辞めさせようとする俺に、姫様はうんざりとした顔で口を開いた。


「レオってば口を開けばその事ばかり! もう聞き飽きましたわ!」


「ですが、私は姫様の事を想って⋯⋯」


「ツーちゃんに会いに行った帰り道で、やはり結婚活動しかないと結論が出たではないですか!」


「それは姫様がお一人で勝手に⋯⋯。それに、その時お話しされていたのは私では無く、ジョージかと」


 どうやら姫様の中ではあの時、俺も今後の結婚活動に賛同した事になっているようだ。自分に都合の良い様に記憶を改竄するのは勘弁願いたい。



「⋯⋯あら? そうだったかしら? ⋯⋯しかし、レッサーパンダ外交に期待出来ない以上、現状で一番最良なものが結婚活動ではありませんか!」


「はぁ⋯⋯。姫様にもお教えしましたが、男というものは姫様が思っているよりもずっと危険な生き物なのです! ヘンリー・ウォーカーの一件で、姫様も嫌という程分かったと思いますが、姫様の外見だけを見て寄ってくる男に碌な奴は居ません!!」


「前回は偶々、個性的な方だっただけですわ! きっと、レオやジョージみたいに優しい男性はたくさんいらっしゃいます!」


「⋯⋯⋯⋯」


 あの様な危険な目に遭ってもなお、意地でも結婚活動を続けようとし、異常なまでに楽観的な姫様に頭を抱える。

 俺は、そんな姫様をどうすれば説得出来るのかと考えを巡らせるが一向に思い浮かばなかった。



 万策尽きて、ふと壁に掛かった時計に目を遣ると思いのほか時間が経っていたようだ。そろそろ謁見の補佐を務めなければならない時間である。

 それに、堂々巡りで平行線のこの話題にいい加減、嫌気がさしていた。



 ——仕方ない。ここは表面上だけでも賛同しておくか。⋯⋯それに、碌でも無い男が来たらこの間と同じように追い返せばいいだけだ。



「⋯⋯わかりました。取り敢えずは、結婚活動を再開しましょう。しかし、最初にも言った通り、姫様のお相手は私が見定めさせていただきます」



「! レオなら分かってくださると思ってましたわ!」


 俺の言葉を聞いて、ぱぁっと花が咲いたような笑顔を見せる姫様にすんでのところで絆されそうになるが、懸命に耐え抜く。



「っ! ⋯⋯では姫様。もうすぐ謁見の時間になりますので、私はこれで失礼します」






✳︎





「陛下、次の者で最後です」


「ああ。⋯⋯しかし、久しぶりの公務がこれとは中々に重労働だなあ」


 玉座に座った陛下は、疲労が滲む声で言った。普段元気の有り余る陛下でも、病み上がりに長時間の公務は堪えただろう。しかし——


「仕方ありません。我が国の一大行事である “春告祭 ”の為に各国から行商人を呼び寄せるのですから」



 春告祭とは、文字通り春を告げる祭りである。この祭りは、城下町の至るところに国内外の食べ物や土産の出店が立ち並ぶ。さらに、広場では人々が踊り、そこかしこで飲め騒げの毎年大賑わいのイベントだ。


「春告祭は私たちだけで無く、国民みんなが楽しみにしているからねえ」


「ええ、厳しい冬を乗り越えた民にとっての褒美となるでしょう。⋯⋯では、お呼びいたします」





 呼び声の後、最後に謁見の間に通された青年は、皺ひとつないスーツに身を包み、緊張を微塵も感じさせない堂々とした面持ちでやって来た。そうして、彼はよく通る声で真っ直ぐに陛下を見据えて言った。


「チャーリー・ウィリアム・スチュアート殿下、お初にお目にかかります。旅商人、ロナルド・オルティスと申します」


 



 話題の青年実業家——ロナルド・オルティス。彼の来訪がまさか、あんな事件を引き起こすなんてこの時の俺は知る由もなかった。









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