目指せ、レッサーパンダ外交!④
✳︎
『なるほどな⋯⋯。事情はよく分かった』
「⋯⋯ツーちゃんにとっても悪くないお話しだと思うのですが、いかがでしょうか?」
『確かに、嬢ちゃんの言う通り林檎食べ放題は魅力的だが⋯⋯』
アインツェルゲンガーは愛らしい肉球のついた真っ黒な腕を組み、悩む仕草をする。
『出来ることなら嬢ちゃんの助けになりたいが、その提案には乗れないな』
「そう、ですか⋯⋯。理由を聞いても⋯⋯?」
快く引き受けてもらえると思っていた矢先の予想外の返答に、姫様は余程ショックを受けたようで、震える声で彼に問う。
『⋯⋯俺たちレッサーパンダは、外国では希少種と呼ばれ、高値で売り捌こうと乱獲する奴らが後を立たなかった。それで、赤ん坊の頃に比較的平和なこの国に逃れてきたんだ。だから、レッサーパンダがクレイン王国にいると大々的に公表すれば、また俺たちを狙う奴らが現れるかもしれない。俺は、この森の頭として仲間を守らなくちゃいけねえ。⋯⋯そういうことだから、嬢ちゃん達には悪いが諦めてくれねえか』
姫様は、彼の生い立ちや境遇についての話しを瞳いっぱいに涙を溜めながら真剣な表情で聞いていた。
「ツーちゃんにはそんな事情があったのですね⋯⋯。そうとも知らず、不躾なお願いをしてしまい申し訳ございませんでした⋯⋯⋯⋯」
『おう、分かってくれてありがとよ』
「いいえ! ツーちゃんの為ですもの、レッサーパンダ外交はキッパリと諦めますわ! ⋯⋯だから、これからもわたくしとお友達でいてくれますか?」
『当たり前だ。嬢ちゃんと俺は十年以上の長い付き合いじゃねえか。これからもよろしく頼むぜ』
「! はいっ!」
姫様はアインツェルゲンガーの言葉に満面の笑みを浮かべ、勢いよく抱きついた。
『おいおい、くすぐってえよ!』
戯れ合う1人と1匹を見て微笑ましい気持ちになり、思わず笑みが溢れた。
しかし、暗くなり始めた空を見て、いつまでもこの森にいるわけにはいかないと思い起こす。もたもたしているとあっという間に太陽が隠れてしまう。
楽しそうな姫様たちに水を差すのは気が引けるが、そうも言っていられなかった。
俺は、意を決して口を開く。
「⋯⋯姫様、そろそろ帰りましょう」
俺の言葉にハッとした姫様は、残念そうにこちらを見た。
「そうですね⋯⋯。名残惜しいですが、そろそろ帰らなければなりませんね⋯⋯」
「姫様! はやく帰りましょう!」
俺の言葉に待ってましたとばかりにジョージが賛同する。ジョージにしてみれば何時、彼の苦手な蛇や昆虫、さらには目の前のレッサーパンダに攻撃されるかと気の休まらない時間を過ごしたため、一刻も早く帰りたかったのだろう。
「ツーちゃん、また近いうちに会いに来ますね」
『おう。俺も気が向いたら遊びに行くぜ』
こうして、姫様とアインツェルゲンガーは意外にもあっさりと別れを済ませ、帰路に就いたのだった。
アインツェルゲンガーと別れた後、姫様とジョージは夕飯の献立予想の話に花を咲かせ、帰り道を楽しげに歩いて行く。
俺も2人の後に続こうとした時、不意にアインツェルゲンガーに引き止められた。
『兄ちゃん、これも持っていってくれ』
彼が丸々とした指で指す先には、空になったバスケットがあった。
「! あの量を1匹で平らげたのか!?」
『まさか。仲間と食わせてもらうよ』
「⋯⋯そうか」
いつの間にあの量の林檎が消えたのだろうかと不思議に思ったが、俺は聞かない事にした。触らぬ神に祟りなし、だ。
『それにしても、相変わらずアンタと嬢ちゃんは仲が良いな』
「? 以前に会ったことは無い筈だが」
まるで昔から俺のことを知っているような彼の物言いに違和感を覚える。
『⋯⋯大分昔にな。アンタとは直接の面識は無いよ。嬢ちゃんがアンタの誕生日プレゼントを探してこんなところまで入ってきた事があっただろ? それで、森の入り口まで嬢ちゃんを送った時に泣き喚くアンタを見たのさ』
「っ! もしかしてあんたが、あの時姫様が言っていたタヌキか!?」
『タヌキと間違えられたのは納得いかねえが⋯⋯そうだよ』
俺は、予想だにしなかった恩人との出会いに驚愕した。そして、逸る気持ちを必死に抑え、口を開く。
「! あの時の事は感謝する。今度改めてお礼させてくれ」
『いいってことよ。レッサーパンダとして当然の事をしたまでさ。⋯⋯ああ、そうだ。アンタ、あの時の石はまだ持ってるかい? あれはとても貴重な物だから大切にした方が良いぜ』
「当然だ。姫様からいただいた物だからな。大切に保管してある」
幾度となく眺めている石だったが、クレイン王国では大して珍しくもない物で、アインツェルゲンガーの言う通りの貴重な物とはとても思えなかった。
——まあ、俺にとっては姫様からいただいた石というだけでとてつも無い価値があるのだが。
そして気付けば、アインツェルゲンガーと話し込むうちに姫様とジョージはどんどん先へと進み、大分引き離されてしまったようだ。俺が後ろにいない事に気が付いた姫様が振り返り、大きな声で呼んだ。
「レオー! 早くしないと置いて行っちゃいますよー!」
『ほら、早く行かないと置いてかれちまう』
楽しげな声で俺を呼ぶ姫様の姿に、アインツェルゲンガーはそのワイルドな見た目に似つかわしく無い優しい瞳を彼女に向けた。
そうして一拍置いた後、彼は真剣な顔で口を開いた。
『兄ちゃん、嬢ちゃんのことは頼んだぜ』
「言われるまでも無い。⋯⋯では、そろそろ俺も失礼する」
『ああ、またな』
空のバスケットを持ち、2人の後ろ姿を小走りで追いかける。
もう少しで追いつく、というところで姫様の声がはっきりと聞こえてきた。
「うーん⋯⋯やはり、今のところの最善策は結婚活動のようですね! さあ、明日からまた頑張りますわよー!」
あわよくば、今回のレッサーパンダ外交で姫様の結婚活動を諦めさせようと思っていた俺は、彼女の発言に頭を抱えたのだった。
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