目指せ、レッサーパンダ外交!③






「お久しぶりです、ツーちゃん!」


『相変わらず元気そうだな』



 茂みから現れたレッサーパンダはなんと、信じられない事に人語を話していた。未だかつてないその光景に俺は、己の目と耳を疑った。




「あわわわわ⋯⋯! ど、動物が喋った!?」


 どうやらこの光景に驚いているのは俺だけではないらしい。比較的、適応力の高いジョージもさすがに慌てふためいているようだ。


 そんな俺たちの戸惑いには気付くこと無く、動物が人の言葉を話している事に何の疑問も感じていないだろう姫様は摩訶不思議なレッサーパンダと楽しそうに言葉を交わしていた。


 ——何故、この生き物はさも当然のように人間の言葉を話しているんだ⋯⋯。


 最初にツッコミ損ねた俺は、この不可思議なレッサーパンダについて尋ねる機会を完全に逃してしまっていた。


 そうして、暫く1人と1匹で盛り上がった後、姫様はくるりと俺たちの方を振り返り、口を開いた。


「2人にも紹介しますね! こちら、わたくしのお友達で、レッサーパンダのツーちゃんです!」



『おいおい、嬢ちゃん。そんなナヨナヨした名前で呼ぶんじゃねえ。俺には、アインツェルゲンガーっていう立派な名前があるんだ』



 ツーちゃんこと、アインツェルゲンガーは、俺たちの持ってきたバスケットから林檎を取り出し、齧りながら言った。


「だってツーちゃんのお名前ったら長いんですもの⋯⋯。それに、ツーちゃんの方がかわいいではないですか!」


『俺の名前も覚えられねえとは⋯⋯そんな頭でこの国の姫が務まるのかい?』



 姫様を侮辱するアインツェルゲンガーの発言に、それまで未知の存在との遭遇にパニックになっていたジョージが我に返り、激高した。


「なっ! このずんぐりした生き物め! 姫様に向かってなんて口の利き方だ!」



 その言葉に、アインツェルゲンガーは先程見た、のそりとした緩慢な動きからは信じられない程の速さでジョージの足へと噛み付いた。


『ガッ! ガッ!』


「わあ!? いたい、痛いっ!」


「きゃあ! ツーちゃん、やめてあげてくださいっ!」



 姫様の叫び声に我に返った俺は、ジョージの足に噛み付いているアインツェルゲンガーを引き離す。そんな俺の姿をまじまじと見て、彼は言った。


『兄ちゃんが嬢ちゃんのいってた幼なじみってやつかい』


「あ、ああ⋯⋯。レオナルド・ハワードだ」


 間近で見る彼は、白い頬に十字の傷を作り、喋り方も相まって歴戦をくぐり抜けてきた猛者ような貫禄を醸し出していた。そのため、可愛らしいと云うよりは、勇猛な獣といった雰囲気である。


『嬢ちゃんからよく話は聞いてるぜ。俺はアインツェルゲンガー、一匹狼って意味だ。⋯⋯おっと。レッサーパンダなのに狼かよってツッコミは無しだぜ? 聞き飽きたからな』


「姫様が私の話を⋯⋯?」


 ——一体、姫様は彼にどんな話をしたと言うのだ。嫌な予感しかしないが⋯⋯。


『ああ。ついこの間も此処に来て、また説教されたって愚痴垂れてたぜ』


「⋯⋯この間? ⋯⋯⋯⋯説教?」


「つ、ツーちゃん! それは言わない約束では⋯⋯!?」



 ——最近の姫様へのお説教と言えば、ヘンリー・ウォーカーの一件でしたものだが⋯⋯。あの事件からそう日にちも経っておらず、しかもその間、姫様が外出する予定は無かった筈だ。⋯⋯つまり、彼の話が本当だとすると、姫様は無断で城を抜けこの森に来た事になる。


 アインツェルゲンガーの暴露に焦る姫様を疑いの眼差しでじとりと見やる。そんな俺の視線に、姫様の顔は青ざめ、目を泳がせていた。


 ——図星か。



「⋯⋯姫様? 無断で外出された事について何か弁明はございますか?」


「ええっと⋯⋯。あら!? そう言えばジョージは大丈夫かしら!」



 姫様のその言葉で、今まで忘れていたジョージの存在を思い出す。

 そんなジョージはというと、膝を抱えてうずくまり、静かに涙を流していた。


「うっ、うう⋯⋯ぼくは、僕はっ⋯⋯⋯⋯」


 念の為、泣いているジョージの足の傷を確認する。傷も浅く血もそれ程出ていない状況から見るに、アインツェルゲンガーは相当に手加減して噛み付いたのだろう。

 しかしジョージは、傷の深さよりもレッサーパンダという一見愛らしい動物に噛みつかれ、無様にも敗北した事実に涙しているようであった。


「ジョージの傷は大したことないようです。これで心置き無く大切なお話が出来そうですね。⋯⋯姫様、帰ったらわかっていますね?」


「うぅっ⋯⋯はい⋯⋯⋯⋯」



『それはそうと、こんな大人数で今日はどんな用件があって来たんだ?』


 説教の予感に項垂れる姫様をよそに、アインツェルゲンガーは本題へと入った。


 彼のその言葉に、待ってましたと言わんばかりの姫様は気を持ち直し、元気一杯に口を開いた。


「そうでしたわ! 本日はツーちゃんにお願いがあって参りましたの!」



「ひ、姫様! この生き物は危険です! あまり近付いてはいけません!」


 先程までめそめそと泣いていたジョージはようやく立ち上がり、腫らした目でアインツェルゲンガーの前に立ちはだかった。


『なんだい、坊や。また噛み付かれたいのかい?』


「ひっ!!」



「もう、ツーちゃんったらそんな乱暴な事言わないでください! ⋯⋯ジョージも、わたくしの為にありがとうございます。でも、この子はちっとも危険ではありませんわ」


「姫様っ! で、でも⋯⋯」


「ジョージ、落ち着け。ここは姫様に任せよう」


「そうですわ、わたくしにお任せください!」



 此処は発案者の姫様に任せるべきだろうと、彼女を案ずるジョージを制止し、些か懸念がありつつも俺たちは事の成り行きを見守ることにしたのだった。








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