嘘つき男、お断り。④






 ジョージの執務室を訪ねたは良いが結局、最後のおかしな雰囲気のせいでロナルド・オルティスが有名な実業家ということしか分からなかった。これでは情報不足により負け戦が確定してしまう。

 仕方がないので多少の気まずさは残るものの、俺は再びジョージの元を訪ねる事に。そして、奮闘の末、彼から聞き出した情報によると——



 ロナルド・オルティス。歳は20歳で家族構成、出身地ともに不明。2年前、若いながらも仲間と共に商会を立ち上げ、成功。自らも行商人として各国を巡業しながら珍しい骨董品などを集め、それらを販売している。主なターゲット層は富裕層であり貴族や王族が主だが、今回の春告祭ように一般市民相手に商売する事もあるようだ。


 また、新聞記事にも載っていたようにこれといって目立った女性関係やトラブルも無く、紳士的で誰にでも分け隔てない性格の品行方正を絵に描いたような男、というのが世間一般の認識らしい。


 しかし、ジョージからの情報によると、実際のロナルド・オルティスは少し大雑把なところがあるが気前が良く人情に厚い、仲間内では大層慕われている男だということだ。

 謁見の際には、皺ひとつないスーツによく使い込まれているが綺麗に磨かれた靴、センスの良い上品なネクタイに、清潔感の感じられる整った髪型で、とてもジョージの言うような精悍な性格の男には見えなかった。

 まあ、一国の王の前で粗暴な振る舞いが出来るはずもないが——。


 陛下への態度を見る限り、むしろ計算高く人の懐に入るのが上手い、食えない奴というような印象を受けた。



 そして、彼の最も注目するべき点は、なんといっても一代で莫大な財産を築き上げたことである。その総資産はおよそ、一国家の国家予算相当との噂である。

 しかも彼は、貴族や王族からの売り上げを貧しい子どもたちの為に寄付したり、慈善事業に精を出しているようだ。


 この話を聞くに、些かロナルド・オルティスという人間は出来過ぎているように思えた。だが、取り敢えず彼の持つ財産については合格ラインであることを認めよう。


 しかし、ヘンリー・ウォーカーの時のように外面は良くても性格に相当な難ありということもあるかもしれない。人間、胎の中では何を考えているのか分からないのだから。



 早速、明日はロナルド・オルティスと姫様の顔合わせである。その際に姫様が彼を気に入らなければ今回の話は白紙戻るが、おそらくそれは無いだろう。よって、最低でも春告祭が行われる1週間、彼はこの城へと滞在することになる。

 姫様との接触機会が多くなる分、俺も常に目を光らせなければならない。また一時も気が抜けない忙しい日々が始まりそうだ。


 ——さて、そろそろ明日からの戦に備えて眠らなければ。


 俺は、ベット傍の蝋燭を吹き消し、いそいそとベットへ潜り込んだ。





✳︎




 良く晴れた昼過ぎ、ロナルド・オルティスとの約束の為、俺と姫様は応接室に向かって歩いていた。窓から差し込む日差しが姫様の金の髪を照らし、煌々と輝く姿が眩しくて目を細める。



「少し日が空いてしまったけれど、今日からまた、結婚活動を再開出来ますのね!」



「はあ⋯⋯。姫様、余りはしゃぎ過ぎませんよう」


「レオは相変わらず厳しいですわね⋯⋯。仕方がないではありませんか。今度の方は何と言っても、お父様お墨付きの方なんですもの! きっと、とっても素敵な方なのでしょうね」


 ——陛下のお墨付きだからこそ、厄介なんだ。順調に事が運んで、正式に姫様との婚約を結んでしまうかもしれないのだから。


 俺は、この後のロナルド・オルティスとの顔合わせの事を思うとずしりと気が重くなった。



 そして、興奮する姫様を宥めているうちに、いつの間にか応接室の扉の前まで来ていたようだ。

 どうやら、約束の時間には余裕があるが既にロナルド・オルティスは到着しているようで、俺はノックの後、扉を開いた。



 彼は姫様の姿を確認するなり、俺たちの方へゆっくりと歩いてきた。そして、姫様の前でぴたりと止まった後、にっこりと微笑み口を開く。


「シャーロット・ルイーズ・スチュアート殿下、お会い出来て光栄です。僕はロナルド・オルティス。以後お見知り置きを」



 ロナルド・オルティスは、謁見の時のように胸に手を当て恭しく挨拶した——

 かと思えば、勢いよく顔を上げ悪戯っぽくぺろりと舌を出して見せる。



「⋯⋯なーんてな。あんたが噂の姫さんか」

 


 先程までの紳士的な雰囲気から一転、にかりと歯を見せて笑う彼の姿は、別人と見紛う程であった。


 そんな彼の豹変ぶりに、俺も姫様も驚きを隠せなかった。








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