目指せ、レッサーパンダ外交!①







「レッサーパンダ外交をいたしましょう!!」


 何時ぞやのように、姫様は意気揚々と声高らかに宣言した。またもや唐突な彼女の発言に俺は思考が停止する。




✳︎




 事の発端は30分前——。

 暇を持て余した姫様は、ジョージと共に俺の執務室を訪れていた。


 2人はソファに座り、持ち込んだクッキーを食べたり紅茶を飲んだりと思い思いに寛いでいる。


 そんな自由気ままな彼らの姿を見て、真面目に執務をこなす俺はため息を吐く。


 ——ジョージ、お前は仮にも外務大臣だろう。多忙な筈なのになぜこんな時間に仕事もせず、俺の執務室にいるんだ。


 にこにこと楽しそうに姫様と話すジョージをじとりと見やる。


 ——まさかとは思うが、姫様に誘われたからといって仕事を投げ出して来ているんじゃないだろうな。


 視線から考えている事が伝わったのか、ジョージは俺と目が合うなり勢いよく顔を逸らした。


 ——図星か。そろそろクレイン王国の大臣である自覚を持ってくれ、ジョージよ⋯⋯。



「⋯⋯⋯⋯ジョージ、お前⋯⋯」


 自覚の足りないジョージに一言言ってやろうと口を開く。しかし、彼を咎めようとする俺の声を遮り、おもむろに姫様は声を上げた。



「そうですわ! とても良い案を思い付きました!」



 唐突な発言に驚き姫様の方を見ると、自信たっぷりなようすで碧の瞳を輝かせていた。そんな姫様に嫌な予感がするのは俺だけでは無いようだと、ちらりと盗み見たジョージの顔を見て察する。そして、俺が口を挟む間も無く、姫様は宣言した。



「2人とも、これから第1回、〈クレイン王国の名誉を回復するための策を議論する会議〉を始めます! さあ、お席についてくださいませ。」


 姫様は執務室の一角に机と椅子を並べ、そこを指差して言った。



 ——言いたい事は山程あるが、取り敢えず⋯⋯⋯⋯な、長い! しかもセンスが無い!



 一向に座る気配のない俺を見た姫様にぐいぐいと背中を押され、反論の余地なく並べられた椅子に座らされる。ジョージはというと、彼は空気を読み自ら着席したようだ。

 俺たちが大人しく座っている事を確認し、姫様もふわりとドレスを翻し、席へと着いた。そして、ごほんと1つ咳払いをした後、再び会議の始まりを宣言した。

 


「それでは、第1回〈クレイン王国の名誉を回復するための策を議論する会議〉を始めます」


「⋯⋯⋯⋯」


 無言を貫く俺に対して、先程までの不安そうな表情は何処へやら、姫様全肯定派のジョージは満面の笑みでパチパチと拍手をしていた。


「わー! 姫様、かっこいいですー!」


「一国の王女たる者、会議くらいスムーズにこなしてみせますわ」


「流石です! 姫様!!」



「⋯⋯⋯⋯姫様、今度は何を仕出かすつもりですか」 



 姫様至上主義のジョージとは対照的な俺の冷めた声に、姫様はぴくりと肩を揺らし反論の声を上げた。


「我がクレイン王国は常々、田舎の小国だと笑い者にされてきましたわ! わたくしはそんな心無い言葉に反論する術も無く、涙を飲んで耐えてきました。そこで、そんな方たちを見返し、我が国を豊かにする為にも、他国に誇れるような我が国ならではの物を作りたいのです!」



 驚く事に姫様の言う事は尤もで、それは我がクレイン王国の当面の課題であった。予想外のまともな提案に面食らったが、此処は素直に姫様の成長を喜ぶべきだろう。

 そして、俺が姫様の成長を噛み締めている間にも、彼女の話は止まらなかった。



「我が国自慢の豊かな土壌で作った農作物もとっても美味しいですが、一国の名物としては今ひとつパッとしません。⋯⋯そこで、わたくしは妙案を思いついたのです!」





✳︎





 そうして、冒頭の台詞へと繋がる訳である。


「我が国に今、必要なのはレッサーパンダ外交ですわ!」



 いつまでも無反応な俺を気遣って、ご丁寧にももう一度言ってくれた姫様に頭を抱える。

 先程までの説得力のある演説は、ストレスが限界値を超えた俺が見た幻だったのか、相変わらずの突拍子の無い発言に空いた口が塞がらなかった。



「何故レッサーパンダかというと、わたくしが調べたところ、遥か遠い国ではパンダで経済を回していると言うではありませんか! しかし、残念な事に我が国にパンダはいません。⋯⋯ですので、 “レッサー ”パンダでいきましょう!」



「レッサーパンダですか! 確かに、愛らしい動物は大きな経済効果が期待出来ますね! しかし、レッサーパンダとなると僕は書物でしか見た事が無いのですが⋯⋯」


「それについては安心してください、ジョージ。わたくしにレッサーパンダの知り合いがいますの。ですから、彼に協力を仰げば問題ありませんわ!」


「さっすが姫様です! 希少な動物のお知り合いがいらっしゃるとは! この作戦、大成功間違い無しですね!」



 ——レッサーパンダの知り合い? 俺の知る限りでは、姫様にレッサーパンダの知り合いはいない筈だ。そもそも、知り合いのレッサーパンダとは何なのだ。



 姫様のとんでも発言に思考が追いつかない。しかし、その間にも、2人によって話はどんどん進んで行く。


「こうしてはいられませんわ! 善は急げといいますし、早速向かいましょう! 林檎を持ってレッツゴー、ですわ!」


「レッツゴー!!」



 こうして、バスケットいっぱいにレッサーパンダへの貢ぎ物である新鮮な林檎を詰め、やる気満々の姫様とジョージに引き摺られた俺は、彼女の後に続きレッサーパンダの住む森へと向かったのだった。







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