姫様と宰相の優雅なお茶会②
あれは12年前——。
誕生日当日だと言うのに俺は、姫様を探し広大な庭園を必死に駆け回っていた。
「シャーロット! シャーロット、どこにいるのですか!」
俺とシャーロットは、授業終わりの自由時間に庭で追いかけっこをして遊んでいた。しかし、俺が目を離した一瞬の隙にシャーロットの姿が見えなくなってしまったのだった。
——シャーロットとはぐれてからそれ程時間は経ってない。まだ近くにいる筈だ。
「隠れているなら出て来て下さいー!」
力の限りの大きな声でシャーロットを呼ぶが、彼女からの返事は無い。
シャーロットとは彼女が生まれた時からの付き合いだが、彼女の予測不能な行動は何年経っても慣れる事は無かった。
俺は、不安に押し潰されそうになりながらも彼女の名前を呼び続けた。
「シャーロット、今出てきたら今日のおやつは俺の分もあげますよー!」
もしも俺を揶揄って遊んでいるなら、これで食い意地の張ったシャーロットは出てくるだろう。しかし、幾ら呼び掛けても声はおろか、気配すらも感じなかった。
もしかすると、庭園から出てしまったのかもしれない。もしも、⋯⋯もしも庭園から繋がるあの森に入ってしまっていたら——。
考えただけで背筋が凍り付いた。あんなに幼い少女が見知らぬ土地で迷子になるなど、心細いに違いない。きっと俺を探して泣いているだろう。
シャーロットが近くにいないとすれば、俺一人で闇雲に探しても見つかる筈がない。他の使用人にも協力を仰がなければ。それから俺は森へ向かおう——。
たとえ一瞬でも、目を離した俺が怒られるのは覚悟の上だが、最近の彼女の奔放さにはほんの少し嫌気が差していた。身寄りの無い俺をチャーリー様とソフィア様は実の息子のように可愛がってくださる。きっと、その事が面白くないシャーロットは俺を困らせる事ばかりするのだ。
気持ちが落ち込んでいるときは、とことん悪い方へばかり考えてしまう。感情が抑えきれずじわりと目尻に涙が滲むが、泣いている暇は無いと乱暴に拭った。
✳︎
シャーロットが行方不明となってから1時間——。他の使用人にも協力を仰ぎ、庭園や城内の至る所を隅々まで捜査していた。俺は、万が一を考え庭園を抜けて森の入り口まで来ていた。
薄暗い森は不気味だったが、背に腹はかえられない。覚悟を決め、踏み込もうとした時————
近くの茂みが揺れ、葉っぱや土埃で薄汚れたシャーロットが顔を出した。
「! シャーロット!!」
「レオ!」
俺を見つけたシャーロットは嬉しそうに駆け寄って来た。そして、俺の心配も他所に、彼女はけろりと平気そうな顔であった。
シャーロットを見つけた安心感から身体中の力が抜け、俺は地面にへたり込む。
「レオ! どうしたの? だいじょうぶ?」
大丈夫か、だって? 大丈夫なわけあるか! 俺がどれだけ——
言いたい事は数えきれない程あったが、自分より2つも幼い彼女に当たるわけにはいかないと、出かかった言葉を飲み込む。
「何処に行ってたんですか! 俺がどれだけ心配したと⋯⋯⋯⋯」
「あ⋯⋯レオ、ごめんなさい⋯⋯」
「⋯⋯お怪我が無いようなので良かったものの、勝手に俺の側を離れないでください」
「ほんとうにごめんなさい⋯⋯。あのね、シャルね、おいかけっこしてたら、みたことないおっきなもりがみえたから、あそこならレオのプレゼントみつかるかとおもってはいっちゃったの⋯⋯」
「! 俺の為に⋯⋯?」
俺は、シャーロットの予想外の言葉に驚きを隠せなかった。
「うん! それでね、まいごになってかなしくてないてたらタヌキさんがたすけてくれたの!」
「た、狸⋯⋯」
「タヌキさんにね、きょうはだいすきなおにいちゃんのたんじょうびだからプレゼントをさがしにきたのっていったら、まっくらなおおきなあなにつれていってくれたの! そこにね、キラキラのきれいないしがたーくさんあったの! あ、こんどレオにもタヌキさんしょうかいするね!」
シャーロットの言葉を聞いているうちに、先程我慢していた涙が再びじわりと滲んでくる。
「な、なんで⋯⋯シャーロットは俺のことなんて嫌いなんじゃ⋯⋯⋯⋯」
俺の問いかけにシャーロットは心底不思議そうな顔をして、それから笑顔で言った。
「なんで? シャルはね、レオのことだーいすき!」
屈託のない笑顔のシャーロットのその言葉を聞いた瞬間、ついに耐え切れなくなった涙が頬を伝って流れ出した。
「! レオ、どうしたの? どこかいたいの?」
涙する俺の姿にオロオロするシャーロットを見て、止めなければと思うが、一度溢れ出した涙は止まる事なく流れ続ける。涙を流し続ける俺を見て、ついにシャーロットまで釣られて大声で泣き出してしまった。
「っな、なんでぇ、レオ、なかないで⋯⋯うえぇん⋯⋯」
そうして、身体中の水分を出し切る程、しばらくの間2人で泣き続けた。落ち着きを取り戻した時には、あたりは春の夕焼けの暖かな光に包まれていた。
「⋯⋯帰ろうか」
そう言って立ち上がり、シャーロットへと手を差し出した。
「うん!」
温かいシャーロットの手が俺の手を握り返す。少しの間歩いたのち、彼女は何かを思い出したように声を上げた。
「あ! シャルがみつけたいし、レオにあげるね!」
そう言って、シャーロットは肩にかけたポーチの中をゴソゴソと漁る。そうして、出てきた石は灰色と青色、緑色が混ざり合った不思議な色合いの石だった。
「シャルのめとおなじ、あおいいろのいしだよ! ほんとは、レオのめとおなじきれいなあかいろのいしがよかったんだけど、みつけられなかったの⋯⋯」
「シャーロットの瞳と同じ色の方が俺は嬉しいですよ。素敵な誕生日プレゼントをありがとうございます」
にこりと笑い、目当てのものが見つからなかったと落ち込むシャーロットの頭を撫でる。
俺の言葉にシャーロットの顔がぱあっと明るくなった。
「それならよかった! シャルだとおもってたいせつにしてね!」
シャーロットは嬉しそうに再び俺の手を取った。
✳︎
城を目指して歩いているうちに、俺は重大な事実に気付いた。なんと、泣いているうちに日が暮れ、シャーロットを探し始めてからゆうに数時間は経過していたのだ。使用人たちは今も尚、シャーロットを探している筈だ。これは大目玉を食らうに違いない⋯⋯。
「⋯⋯きっと、帰ったらお説教ですね⋯⋯⋯⋯」
「レオといっしょならシャルはこわくないよ! ⋯⋯でもシャルがかってなこうどうしたせいでレオまで⋯⋯ごめんなさい⋯⋯⋯⋯」
「俺も、シャーロットとならお説教なんて怖くないですよ。一緒にたくさん怒られましょう」
これから憂鬱な筈のお説教が待っているというのに、先程よりも俺の心は不思議と軽かった。そして、あんなにもシャーロットの自分勝手な行動にうんざりしていたのが嘘のように、今ではそれも含めて愛しい気持ちでいっぱいだった。
2人で歩く帰り道、俺はこの先何があっても、シャーロットがいつも笑顔でいられるように彼女を守ろうと心に決めたのだった。
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