執着男、お断り。⑦
「さて、早速ですが本題に入りましょう。ウォーカー様、何故貴方をこちらにお呼びしたかお分かりになりますか?」
俺の問いにヘンリー・ウォーカーは視線をウロウロと彷徨わせ、弱々しい声で答えた。
「⋯⋯ああ。昨夜のシャーロット王女への無礼についてだろう?」
「ええ、お分かりのようですね」
「あの時、私はどうかしていたんだ。焦りと怒りで気が動転していた⋯⋯。もうあの様な失態は晒さない! ⋯⋯だからもう一度だけ挽回するチャンスをくれないか」
俯きがちで、自らの保身と都合の良い言葉を並べるヘンリー・ウォーカーに怒りが込み上げてくる。その様子にジョージやジェイコブのみならず、いつもはにこやかなピーターでさえも相当頭にきているようで、彼の顔からは笑顔が消えていた。
俺は、彼の無神経な態度に我慢ならず話の途中にも関わらず口を挟んだ。
「言い訳を並べる前に、まずはシャーロット殿下に対しての謝罪が先ではないでしょうか?」
彼は俺の言葉にハッと顔を上げ、姫様へと向き直り、深々と頭を下げた。
「シャーロット王女! 昨夜の私の非礼を詫びたい。⋯⋯貴方には大変申し訳ない事をした⋯⋯」
ヘンリー・ウォーカーからの謝罪に姫様は、
「わたくしはもう大丈夫です。⋯⋯ヘンリー様、頭をお上げ下さい」
姫様からの優しい言葉に、彼は期待の眼差しで顔を上げる。しかし————
「残念ながら、あなたに挽回するチャンスなどありません」
「っ! 何故だ⋯⋯!」
俺の言葉にヘンリー・ウォーカーは怒りを滲ませる。
「何故? 貴方が今回の様なトラブルを起こしたのは、昨夜が初めてでは無いはずだ。そんな方にシャーロット殿下を任せる事は出来かねます」
「っ! ⋯⋯⋯⋯意味がわからないな」
「そうですか。⋯⋯これを見ても同じ事が言えるでしょうか?」
そう言って俺は、ジョージがとあるルートから入手した証拠品をテーブルに広げた。
「!!」
それを見て、驚きに目を丸くするヘンリー・ウォーカー。
「ど⋯⋯どこでこれを!?」
「どうやらこちらの手紙に心当たりがあるようですね」
複数枚の手紙の中には未開封で、印璽がはっきりと確認出来る物もある。その印璽には彼から差し出された物であることを表す紋章が刻まれており、言い逃れは出来ない筈だ。
予想だにしなかった手紙の登場に、たじろぐ彼の問いへと答えるべく手紙を入手したジョージが口を挟む。
「こちらの手紙はウォーカー様がとある令嬢に宛てた手紙の一部をお借りしたものです。中身を拝見したところ、執拗な逢瀬への誘いや自分の誘いに応じないと家に圧力をかけるなどの脅迫めいた言葉が並んでおります。そして、その令嬢の話によると、ウォーカー様がストーカー紛いの行為を繰り返し、耐えかねて公爵家に苦情を申し立てると逆上されたとか」
「こ、これはっ! 彼女が格下の家にも関わらず、この私を無下にするから⋯⋯!」
「あくまでも彼女の方に非がある⋯⋯ということですか」
先程までのしおらしい態度は何処へやら、彼は昨夜のような横暴な態度へと豹変した。
「そうだ! この私が誘ってやったというのに拒むなど⋯⋯!」
「話になりませんね⋯⋯。お相手より家格が高ければ何をしても許されるとでも? ウォーカー様は常々、シャーロット殿下の側に仕える私のみならず、殿下に近づく男性への敵意を隠す事無く露わにされていらっしゃいましたね。これでは執務もままなりません。そして、今の発言から分かる様に、女性を所有物としてしか見ていないようだ」
ヘンリー・ウォーカーは俺の言葉に怒りでぶるぶると肩を震わせていた。しかし、そんな事は構いもせず尚も言葉を続ける。
「貴方のようにご自分の立場を弁える事無く、自らの欲望を優先するような盲目的な方は時期国王に相応しくありません。よって、ヘンリー・ウォーカー侯爵⋯⋯貴方はシャーロット殿下のお相手にはお断りです!」
「だまれ、黙れ! 黙れ!!」
ヘンリー・ウォーカーの空気を震わせる程の怒号が議場に響き渡る。俺の言葉についに耐えきれなくなった彼は怒りを露わにし、ついに本性を現した。
「たかが小国の一宰相に、私に指図する資格は無い!」
「いいえ、私はチャーリー・ウィリアム・スチュアート陛下の代理としてここにおります。私の言葉は陛下や妃殿下、ひいてはこの国の総意とお受け取りください」
「うるさいうるさい!!」
もはや聞く耳を持たない彼には何を言っても無駄なようだと諦め、最後通告を告げるため口を開く。
「⋯⋯これ以上お話ししても無駄な様ですね。シャーロット殿下の温情により、此度の王族に対する暴行沙汰は不問とします。しかし、今後貴方が我が国の土地を踏む事は許しません。今すぐに荷物を纏めて国にお帰りください」
「っ! ふざけるな! シャーロット⋯⋯シャーロット! こんな奴よりも私を選ぶだろう? 金貨でも宝石でもドレスでも、何だって君の望む物をあげよう⋯⋯!」
その言葉に、姫様ははっきりと彼を見据えて答えた。
「⋯⋯ウォーカー様からは何も受け取ることは出来ません。どうぞお帰りくださいませ」
姫様の彼を拒絶する一言が決定打になったのか、その後の彼はまるで魂が抜け落ちたかのように脱力し、従者達に引き摺られながら議場を後にしたのだった。
——これで一先ずは一件落着か⋯⋯。
会議の終了と共に、ジェイコブとピーターが退室する。無事に終わった安堵により息を吐き、姫様の方へと体を向けた。
「姫様、お疲れ様でした。⋯⋯怖かったでしょう? よく頑張りましたね」
「⋯⋯いいえ。レオ、貴方に比べたらわたくしなんて⋯⋯」
「そんな事はないですよ。姫様のご対応は素晴らしいものでした。⋯⋯しかし、今回の事でお分かりかと思いますが、姫様には危機感を持っていただきたいですね。この後はお説教です」
「っ! 酷いわ! 今回の事はわたくしが悪かったときちんと反省していますのに! それに、⋯⋯⋯⋯」
姫様のお説教を回避するために並べる数々の言い訳に、先程までの張り詰めた空気が嘘のように緩み、俺とジョージは顔を見合わせ笑った。その様子に姫様も笑顔になり、俺たちに言った。
「改めて、レオナルド、ジョージ。今回は本当にありがとうございました。」
「姫様を守るのは私の役目ですから。当然の事をしたまでです」
「ぼ、僕もです!」
「ふふふ、本当に感謝しています。次は2人みたいな優しい男性が見つかるといいですわね」
「! 姫様、まだ結婚活動を続けるおつもりですか!?」
流石に今回の事に懲りて結婚活動を辞めると言い出すだろうと予想していたので、姫様の図太さに面を食らう。
「当然です! わたくしの結婚活動には、この国の未来がかかっているのですから!」
「まったく⋯⋯姫様は⋯⋯」
姫様の頑固さにやれやれと首を振る。俺の苦労を知ってか知らずか、姫様はにっこりと笑顔で口を開いた。
「なので、わたくしにまた何かあった時はお願いしますね、レオ、ジョージ」
「お任せください! 姫様の事はこのジョージ・ケリーが必ずお守りします!」
「はあ⋯⋯。何もない事を願います⋯⋯」
和やかな雰囲気が流れる中、ジョージが何かを思い付いたように姫様に請う。
「ひめさま、姫様! 次も頑張るので久しぶりにアレ、お願いします!」
ジョージは片膝を付いて、姫様へと頭を差し出す。
そして、姫様もジョージの思惑を察して彼の頭に手を伸ばし、わしゃわしゃと撫でた。その光景に、飼い主と戯れる犬の様だと思わず笑みが溢れる。
——泣き虫で頼りないことも多い奴だけど、なんだかんだ憎めないんだよな。
姫様に撫でられているジョージは、上機嫌でぶんぶんとあるはずの無い尻尾を振っていた。
「あいたっ!」
「ジョージ? どうなさいましたの?」
しばらく微笑ましい光景を堪能していたが、不意にジョージが声を上げた。
「なんだか頭が⋯⋯」
「?」
ジョージの声に驚き、姫様が彼の頭から手を離す。そして、次は姫様が声を上げる番だった。
「っ! きゃあ!」
すると真っ青な顔色の姫様の手にはそれなりの量のブラウンの髪が握られていた。そして、力の抜けた姫様の手からぱらぱらと床へ落ちていくジョージの髪。意外にも力の強い姫様は、勢い余ってジョージの髪を持っていってしまったようだ。
「わたくしってば、強くやり過ぎてしまったみたい⋯⋯! ごめんなさい、ジョージ! 貴方の髪が無くなってしまうわ!!」
「あははは⋯⋯。僕は平気です、姫様。それに姫様に撫でてもらうにはそれくらいのリスクが付き物だって分かってますから!」
自分が悪いとはわかっているものの、ジョージの言葉に引っかかりを覚える姫様は膨れっ面を見せる。そして少しの間の後、申し訳なさそうに口を開いた。
「⋯⋯⋯⋯そうなのね。でも貴方の大切な髪を抜いてしまったのは本当にごめんなさい」
「姫様に抜かれるなら本望です! ⋯⋯でも、僕はもう充分なので次はレオナルドにやってあげたらどうですか?」
「は!?」
自分には関係が無いと傍観していたところに、突然のジョージからの指名で素っ頓狂な声を上げる。
「! そうね、名案だわ! レオも頑張ってくれたのに、ジョージだけ褒めるのは不公平になってしまうものね!」
そう言いながらじりじりと距離を詰めてくる姫様に、我が毛根の危険を感じやんわりと断りの言葉を口にする。
「ひ、姫様っ! 私はそのお気持ちだけで⋯⋯!」
「遠慮なさらないで、レオ!」
「っ! 姫様をお止めしろ、ジョージ!」
姫様の暴挙に、ジョージに助けを求めるが楽しそうににやにやと笑うだけで、微動だにしなかった。
——くそっ、覚えていろよジョージ!!
「何故逃げるのですか!」
「姫様、勘弁してください!!」
こうして、しばらくの間、俺と姫様の追いかけっこは続いた。俺は、溢れんばかりの笑顔を向ける姫様を見て、こんな平穏な日常が少しでも長く続けば良いと願ったのだった。
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