執着男、お断り。⑥






「そうか⋯⋯。そんな事があったのか⋯⋯」


 俺は明朝、昨夜のヘンリー・ウォーカーの件の報告の為、陛下の部屋を訪れていた。

 昨夜の一件を聞いた陛下は神妙な面持ちでなにやら考え込んでいるようだった。



「レオナルド、ご苦労だったね。シャーロットを守ってくれてありがとう」


「いえ、当然の事をしたまでです。それに、私が姫様から目を離さなければあんなことには⋯⋯」


 己の失態を思い返し、奥歯を噛み締める。しかし、陛下は俺の非を責めることは無かった。



「いや、シャーロットにも非はあるだろう。私たちが甘やかして育てた所為で少し世間知らずなところがあるからね。私からも言っておこう」



「ご寛大な処置に感謝いたします」




✳︎





 無事に報告を終えた俺は陛下の部屋を後にし、長い廊下を歩き自室へと戻る。すると、部屋まであと少しというところでジョージが待ち構えていた。


「お疲れ様、レオナルド」


「ああ。ジョージも昨夜はお疲れ様」


 昨夜のお互いの働きを労り、肩を並べ歩き出す。



「それにしても、ウォーカー様があんなことをする方だったなんて⋯⋯」


「ああ、人は見かけによらないな。⋯⋯それで、俺がお前に頼んでいた奴の調査はどうなったんだ?」


「⋯⋯ウォーカー様の身辺を洗ってみたら色々と良くない噂を聞いたよ」


「! 聞かせてくれ」


「実は、」


 言いづらそうにジョージが口を開く。

 ジョージからの報告を受け、俺の勘は間違って無かったと思わず口角が上がった。


「⋯⋯なるほどな。充分だ」


——やはり、彼奴を今後、姫様に近づける訳にはいかないな。


 ジョージのもたらした情報を聞き、俺の中のヘンリー・ウォーカーへの疑念は確かな確信に変わったのだった。






 昨夜の事件の後、俺は姫様の様子を見るべく部屋を訪れた。ノックをし、呼びかけると勢いよく扉が開く。姫様は俺に、無茶をしないでと、泣きながらしばらくの間しがみついていた。


 その後、俺の無事を確認し落ち着きを取り戻した姫様から聞いた話によると、夜も更けた頃、ヘンリー・ウォーカーが一人、姫様の部屋を訪ねてきたそうだ。そして彼は、二人きりでしか出来ない大切な話があると姫様をバルコニーへと誘い出した。


 そこで、ヘンリー・ウォーカーに自分と婚約するなら、宰相であるレオナルド・ハワードと距離を置いて欲しい、と言われたそうだ。その申し出を姫様が断ると彼は豹変し、俺達が目にした光景になったとのことだ。


 今思い返しても彼が姫様にした事は到底許せるものではない。大分夜が更けてからの出来事だったので、一先ずは部屋に返したが、このまま終わらせる訳にはいかない。

 ジョージも同じ気持ちな様で、いつもはうるさい程の泣き言も言わず、黙々と彼を追い詰めるための仕込みをしている。


 いつもは気弱で頼りなさげな彼だが、大事な時はしっかりしているのだから、外務大臣という重役をこの若さで任されたのも頷けるだろう。


 さて、姫様を傷付けた憎き彼奴を裁く準備は整った。


「行くぞ、ジョージ!」


「うん!」





✳︎




 会議室に呼び出されたヘンリー・ウォーカーは、昨夜の一件もあって、非常に落ち着かない様子であった。よく手入れされ艶やかだった髪は輝きを失い、目の下には隈を作っていた。彼の自信に満ち溢れた態度は今はなりを潜め、まるで生気を感じられない状態である。


「さて、皆さんお揃いですね」



 俺は議場を見回し、招待客一人一人の顔を確認する。円卓のテーブルを囲むのは宰相である俺、姫様、外務大臣のジョージ、財務大臣のジェイコブ、内務大臣のピーター。そして本日の主役であるヘンリー・ウォーカー。⋯⋯とその後ろに控える彼の従者である。



「では、始めましょう」



 俺は仰々しく会議の始まりを告げた。——さあ、大一番の勝負の始まりだ。






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