執着男、お断り。⑤
「シャーロット王女、何故私の気持ちを分かってくださらないのです!」
姫様の肩を力一杯に掴み、ともすれば唇が触れてしまいそうな程迫りながら訴えかけるヘンリー・ウォーカー。
「っ! 痛っ」
その光景を見て、頭に血が上る。
「貴様! 姫様に何をしている!」
俺は、相手が大国の大貴族だとか己の体裁だとか何もかも忘れ、姫様からその手を力の限り引き離し、奴の胸ぐらに掴みかかっていた。
「お前こそ何様なんだ! シャーロットと私の邪魔ばかりして⋯⋯。私の前から消えてくれ!」
俺の突然の乱入にヘンリー・ウォーカーは怒りと興奮で顔を真っ赤にし、俺の胸ぐらを掴み返し応戦してきた。一触即発の雰囲気に姫様が今にも泣き出しそうな声で俺の名前を呼んだ。
「レオ⋯⋯!」
その事がさらに彼の怒りに火をつけたのだろう、鬼の様な形相で縋る様に姫様へと手を伸ばす。俺は、彼が姫様に危害を加えないようにと冷静さを失ったヘンリー・ウォーカーを力の限り抑え付ける。
「シャーロット! こんな奴では無く私の事だけを見てくれ⋯⋯!!」
「ヘンリー様⋯⋯。一体どうされてしまったのですか⋯⋯」
ジタバタともがき、錯乱状態でぶつぶつと一人呟くヘンリー・ウォーカー。彼の翠の目は焦点が合わず、正気でないことは確かであった。
「シャーロット、君が悪いんだよ⋯⋯⋯⋯。私はこんなにも君に尽くして君の事だけを考えているというのに⋯⋯。君はといえば彼の事ばかり気にかける⋯⋯! 何故君は私の事だけを見てくれないんだ⋯⋯!」
彼は虚ろな瞳で尚も姫様を責め立てる。これが笑顔の奥に隠していた彼の本性だというのだろうか。
豹変した彼の言動に傷付き、驚きを隠せない様子の姫様を、これ以上この場に居させるわけにはいかない。
姫様の無事を確認し、先程よりは思考がクリアになった俺は、ジョージに姫様を部屋まで送る様にと指示を出す。ジョージに連れられた姫様はこちらを心配そうに見つめ、アクアマリンの瞳を潤ませていた。
「姫様の事は僕にお任せください」
——ジョージは姫様の事になると人が変わった様になるな。
先程まで泣いていたとは思えないほど頼もしい様子のジョージに、俺は一安心し頷きを返す。
姫様の姿が無くなり、錯乱状態だったヘンリー・ウォーカーも徐々に落ち着きを取り戻して来た。そして、自分の仕出かした失態に真っ青になる。その様子を見て、もう暴れる心配は無いだろうと拘束を解いてやる。
「わ⋯⋯私は何てことを⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
今更後悔しても、もう遅い。俺は軽蔑の視線でうずくまる彼を見やる。
姫様を救出した俺は先程よりも冷静さを取り戻し、淡々とヘンリー・ウォーカーに告げた。
「この事は陛下にも報告させていただきます。本日はどうぞこのままお部屋にお戻りください」
「っ! 待ってくれ! 私は、ただ⋯⋯」
ヘンリー・ウォーカーは俺の言葉に勢い良く身体を起こし、何か言いたそうであったが、有無を言わせず退室を促す。
「どうぞお部屋にお戻りください」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
弁解の余地もないと悟った彼の顔は焦りと後悔で強ばり、常々感じられた自信と余裕は一欠片も感じ無くなっていた。そして、いつの間にやら騒ぎを聞き、駆けつけた彼の従者に支えられながらよろよろと覚束無い足取りでバルコニーを後にした。
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