執着男、お断り。④
「姫様、レオナルドです。お飲み物をお持ちしました」
晩餐会の後、俺は姫様を部屋まで送り届けた。しばらくしてから、就寝前の姫様の習慣となっているホットミルクを持ち部屋に向かう。しかし、ノックをし呼びかけても応答が無い。
——いつもは直ぐに声が返ってくるというのに⋯⋯。もしや姫様に何かあったのか?
一抹の不安から先程よりも大きな声で再び呼びかける。焦りから扉を叩く手にも力がこもる。
「姫様! いらっしゃるなら返事をしてください!」
姫様は就寝前にホットミルクを飲まないと眠れない筈だ。それに、もし眠っていたとしてもこんなに大きな声で呼んで気付かないはずがない。
「っ! 失礼します!!」
意を決してドアノブを握る。勢いよくドアノブを回し扉を開けると、部屋に姫様の姿は無かった。
「姫様⋯⋯⋯⋯」
思い当たる節は一つだけだった。ヘンリー・ウォーカー、彼奴である。
居場所に心当たりは無かったが、姫様の一大事に居ても立っても居られず、俺は全速力で走り出した。
「姫様! 姫様、どこですか!」
姫様の姿を求め、無駄に長い廊下を駆け抜ける。途中、メイドとすれ違ったが宰相の仮面をかなぐり捨て、無我夢中で走る俺の姿に目をまん丸にし驚きを隠せない様子であった。それでも俺は、全速力で駆ける。そして、碌に周りを見ていなかったせいで曲がり角で誰かと衝突してしまった。
「うわあ!?」
声を上げ、どすん、と鈍い音を立てて尻もちをついたのはジョージであった。俺ははやる気持ちを抑え、彼に手を差し伸べた。
「っ! すまない」
「あいたた⋯⋯。もう、レオナルド。きちんと前を見てくれよ」
差し出された手を握り返し、腰を押さえながら立ち上がるジョージは、俺に抗議の目線を向けた。
「悪いとは思ってるが、今はこんな呑気に会話なんてしてる場合じゃないんだ!」
焦りを隠さない俺に、ジョージは不思議そうな顔を向ける。
「そんなに焦っているなんて珍しいね?」
「姫様が⋯⋯姫様が拐われたんだ!!」
「ええ!? ひ、姫様が⋯⋯拐われた!?」
一瞬の間の後、ジョージが叫んだ。しかし、その直後に、はっと何かを思い出したように口を開いた。
「って⋯⋯レオナルド、そんな筈はないよ。だって僕はさっきウォーカー様と一緒にいる姫様を見たんだから!」
「はぁ!? 見ていたなら何故止めなかったんだ!」
やはり、彼奴の仕業だったか。焦りから宰相らしからぬ荒い言葉となってしまうが、今はそんな些末な事を気にしている場合では無い。
「ご、ごめん⋯⋯」
俺の気迫に圧倒されたジョージが謝罪の言葉を口にする。少し強く言い過ぎてしまっただろうか。だが——
「今はそれよりも姫様だ! 行くぞ!!」
「う、うん!」
未だ状況を飲み込めていないジョージを引き連れ、姫様の元へと走る。
走りながら聞いたジョージの話によると、姫様とヘンリー・ウォーカーはバルコニーへ向かうと話していたらしい。しかし何故、こんな夜遅くにあんなにも危険な男と二人きりになってしまうのか。
——姫様には危機感ってものが無いのか⋯⋯。後で男というものがどれほど危険であるか、しっかりと言い聞かせなければ⋯⋯。
ジョージもようやく姫様が危険な状況であると理解したのか、目尻には今にも溢れそうな程の涙が溜まっていた。しかし一度涙を流すと止まらない為、流さないよう必死に堪えながら走っていた。
産業革命前、かつて栄華を誇ったクレイン王国の王城は無駄に広く豪勢な作りなため、息を切らせながらジョージと2人、バルコニーを目指し走り続ける。
「びっ⋯⋯びめさまあぁぁ⋯⋯! ぼくのせいで、僕のせいでっ」
ついに堪えきれなくなったジョージの涙がぽたぽたと溢れ、床を濡らす。
「泣くな、ジョージ! 今は姫様の救出が最優先だ!」
ジョージを宥め、走るうちに、バルコニーに繋がる扉の前に辿り着いた。一刻も早く姫様の無事を確認したくて壊れそうな程強く扉を開け放つと、夜の風のひんやりとした空気が頬を撫でる。
肌寒さにふるり、と震えバルコニーを見渡す。すると、目の前には信じがたい光景が広がっていた——。
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