執着男、お断り。③




 あの後は特に不審な様子も無く、普段通りの彼であった。そして、晩餐会の最中である今もこれといってあの時の様な危うい雰囲気は無い。


——あれは俺の聞き間違いだったのか?⋯⋯いや、そんな筈は無い。はっきりとこの耳で聴いたのだから。


 クレイン王国の宰相として、姫様を傷つける可能性のある奴は誰であろうと排除しなければ——。


 先の出来事に、僅かな不信感は確かな疑念に変わりつつあった。




✳︎




 和やかに談笑中の姫様とヘンリー・ウォーカーをちらりと伺う。この様子だけを見れば、美男と美女でお似合いの2人である。しかし、姫様と結婚する男は権力や財力、外見から性格までもが完璧な男でないと釣り合わないだろうし到底納得出来ない。そして、権利財力外見はまだしも、性格に難がありそうな彼をそう易々と認めるわけにはいかないのだ。


 このヘンリー・ウォーカーという男には間違いなく何かある筈だ。彼と対面した時の態度や姫様へ向ける視線からみても、彼は信用に値する人物では無さそうだと俺の勘が言っている。もちろん、それだけでは証拠不十分かつ心許無いので、ジョージに彼について調べるよう依頼しているのだが——。



 俺が一人思考を巡らせているうちに、晩餐会はそろそろお開きの時間となっていた。姫様はというとデザートである季節のフルーツがたっぷり乗ったタルトを完食したところであった。


 いつもは財政難の為、節制しているが今はヘンリー・ウォーカーという客人が来ているため、食卓はいつもよりも豪華仕様で姫様はとても嬉しそうであった。その幸せそうな姿に俺の頬も緩む。



「今日もとても美味しかったですわ」



「ええ、クレイン王国の料理は使っている食材が新鮮でどれも美味しいですね。やはり、農業が盛んな国だからでしょうか」


「ヘンリー様にも気に入って頂けて光栄です。食材の一つ一つを皆が心を込めて作っているんですもの。美味しく無いはずがありませんわ」


「なるほど。シャーロット王女は国民をとても大切にされているのですね」


「ええ。わたくしも皆が大好きですし、皆もとても良くして下さいます」


 ふわりと心から幸せそうに姫様は笑った。



「シャーロット王女の優しいお人柄、とても素敵です。⋯⋯私もそんな貴女を支えられる男になりたい」


 翠の澄んだ瞳でヘンリー・ウォーカーはじっと姫様を見つめる。その彼の言葉を聞いて姫様は顔を赤らめた。



 まさか色恋に疎いあの姫様が頬を染めるとは⋯⋯。未だかつて、こんなにもしおらしい姫様は見たことが無いと衝撃が走る。そして、つくづくヘンリー・ウォーカーは侮れない男であると再認識させられた。



「そのお気持ち、とても嬉しいです⋯⋯」


 順調に親しくなり心の距離を縮めていったヘンリー・ウォーカーの口説き文句は姫様にクリティカルヒットしたようだ。恥ずかしいのだろうか、徐々に尻すぼみになっていくソプラノの声。


「シャーロット王女? 体調が優れないのですか?⋯⋯お顔が真っ赤です」


 姫様を心配する素振りを見せ、ここぞとばかりにぐいぐいと物理的にも距離を詰めるヘンリー・ウォーカー。




 実は、姫様は男に対して全くと言って良いほど免疫がないのである。姫様の周りにいる男と言えば城の使用人や貴族でその殆どがそれなりにお年を召した男性か恋愛対象にはなり得ない幼い男の子であった。若い男といえば俺かジョージのみで、兄妹の様に育ったから異性という認識は殆どないだろう。


 だから、そんな姫様の前に突如現れたこの男は、初めて姫様が異性として認識できる年頃の男となるだろう。そんな男に距離を詰められ、迫られてさらには口説かれ、さぞかし困惑しているであろう姫様。——何としてでも俺が助けなければ。



「さあ姫様。お食事も終わったことですし、お部屋に戻りましょう」


「え、ええ⋯⋯」


 何時ぞやのように、姫様と彼との間に割って入る。俺が声をかけると姫様はあからさまにホッとした顔になった。


 無事に救出した後、俺と姫様が会話していると背中に悪寒が走った。振り返ると先程は愛しげに姫様を見つめていた暖かい翠の瞳が、今は氷の様な鋭さを持って俺を射抜いてた。


 俺と目があってもなお、その冷たさは失われることなく、取り繕う様子も無かった。

 その様子に俺も改めて決意を固める。


 ——敵意剥き出しだな。もう隠す気もないって事か。しかし、そっちがその気ならこちらだって容赦はしない。絶対にお前の本性を暴いてやる——!




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