執着男、お断り。②
「おはようございます、シャーロット王女。本日も相変わらずお美しいですね」
朝食が済んだ後、すぐにヘンリー・ウォーカーは姫様の元へとやって来た。気持ちのいい朝日を浴びて爽やかな気分だったが、彼の登場により一気に憂鬱な気分になる。
「おはようございます、ヘンリー様」
「ウォーカー様、おはようございます」
姫様に続いて挨拶をしたが、彼は相変わらず俺の存在が見えていないようだ。俺に目もくれず、姫様へと話しかける。
「本日は外出日和の快晴ですね。こちらの城は特に庭園が美しいとお聞きしました。お時間があれば案内をお願いできませんか?」
姫様は自らも手入れをしている自慢の庭園にヘンリー・ウォーカーも興味があると知り、嬉々として了承の返事を返した。
「ええ、わたくしで良ければご案内いたしますわ」
「ありがとうございます」
「では、散策の準備をしてまいります」
「はい、お待ちしてますね」
食堂を出る間際、彼を見ると相変わらず切長の目を細め、にこにこと笑顔で姫様の後ろ姿を見送っていた。
庭園散策の準備の為、姫様は一度自室へと戻る。それに俺も続き、部屋の前で姫様の準備が終わるのを待った。暫くした後、動きやすそうな涼しげなブルーのデイドレスを見に纏った姫様が扉を開き、その扉の前に俺がいる事に驚いた表情を見せた。
「! レオナルド、どうなさったの?」
「私もお供します」
俺の言葉に姫様は、難色を示す。
「わたくし1人でも問題ないですわ。それに、レオナルドは大事な執務があるでしょう」
「本日分は既に終わらせました。ですので、私も同行させていただきます」
昨夜の事、俺はジョージを執務室へと呼び出し、彼にヘンリー・ウォーカーの素行について調べる様に言っておいたのだ。少し時間が掛かるとのことだったが、ジョージなら問題無くこの重要任務をこなしてくれることだろう。
そして、比較的苦手な部類である事務仕事を既に終わらせた訳は、ヘンリー・ウォーカーの滞在するうちは奴と姫様にべったり張り付いてやろうと思ってのことである。そのため昨夜、血眼になって本日分どころかしばらくの間の執務は終わらせたのだ。これで気兼ねなく奴を監視することが出来る。
「そういう事ならわたくしは構わないけれど⋯⋯」
そう言って姫様はふふふ、と小さく笑う。
「レオは相変わらず心配性ね」
「⋯⋯姫様お一人だと何を仕出かすか不安で、仕事が手につかないので仕方なくです」
「ふふ、レオは素直じゃないわね」
「⋯⋯⋯⋯」
俺は、姫様の嬉しそうな笑顔に何となく居心地が悪くなり、返す言葉が見つからずに黙り込んだ。
✳︎
「ヘンリー様、お待たせいたしました」
「シャーロット王女!」
姫様が呼びかけ、ぱっと明るい表情の彼が顔を上げると俺を見て驚いた顔になる。
「⋯⋯⋯⋯なぜ、彼が?」
「レオナルドもヘンリー様と一緒にお散歩したいみたいですの」
断じてそんな事は無いが、これも2人きりになるのを阻止するためと我慢し、他所行きの笑顔を作りにっこりと笑う。
「私もシャーロット殿下の婚約者になるかもしれない方と親交を深めたくて⋯⋯お邪魔かと思いますが、私もご一緒してもよろしいでしょうか?」
「⋯⋯そういうことでしたら歓迎いたしますよ」
ああ言えば断れないだろうという目論見通り、同行の許可を得て、俺はほくそ笑む。ヘンリー・ウォーカーはいつものようににこり、と笑ったが若干口角がひくひくと引き攣っていた。
「ウォーカー様、ありがとうございます」
奴に一泡吹かせてやった優越感から、次は心からの笑顔を浮かべる。
「では、行きましょう」
姫様は俺とヘンリー・ウォーカーの水面下での戦いに気づく筈も無く、嬉しそうに言ったのだった。
✳︎
よく手入れされた植木と色とりどりの花々が咲き誇る姫様自慢の庭園には、むせ返る程濃いバラの香りが漂っていた。草と花の香りを纏った空気を肺いっぱいに吸い込み、息を吐くと鼻から上品な香りが抜けていく。俺には些か不釣り合いな場所だが目的の為にはそうは言ってられない。
「今朝のドレスもお似合いでしたが、今着ているブルーのドレスはシャーロット王女の瞳に映えますね。それにそのレースの日傘も涼しげで可愛らしく、とてもよくお似合いです」
流石は流行を牽引するウォーカー公爵家の跡取りである。姫様のドレスや装飾品をこと細かに褒めたたえる彼は、些細な所にも気を使い着飾る女心を分かっている、というやつだろうか。
「ありがとうございます。ヘンリー様のお召し物も相変わらず素敵ですわ」
楽しそうに談笑する姫様とヘンリー・ウォーカーの後に続く。姫様の賛辞に気を良くした奴は上機嫌に庭園をきょろきょろと見渡した。
「城内から見た時にも思いましたが、こちらの庭園はやはり素敵ですね」
目前に広がる迷路の様な庭園を見て、彼が言った。その言葉を聞いて姫様は嬉しそうに話し出す。
「ありがとうございます。わたくしも時々お手入れを手伝っていますの」
「それはそれは。シャーロット王女が心を込めて手入れされているのでしたら素敵な筈ですね」
「ふふふ。ありがとうございます」
「特にこの白いバラはシャーロット王女の様に美しく可憐だ」
ヘンリー・ウォーカーはそのうちの一輪に顔を近づけ、うっとりと香りを堪能する。
「ああ、とても良い香りだ⋯⋯」
「この白バラは我が国でしか咲かない貴重な品種ですの。気に入られたのなら一輪いかがですか?」
「では、お言葉に甘えて⋯⋯。うん、ますます魅力的だ」
ヘンリー・ウォーカーは姫様に勧められ、一輪の白バラを摘んだ。そして、大切そうに握りしめ香りを堪能している。
「そんなに気に入っていただけたなんて嬉しいです。育てた甲斐がありましたわ。他にもわたくしのお気に入りの場所がありますの。ヘンリー様をご案内いたします」
一番のお気に入りのバラを褒められて嬉しそうな姫様は他のお気に入りの場所も案内しようと張り切っているようだ。
姫様が先に進もうと背を向け、俺も後に続こうとしたとき、
「ああ⋯⋯⋯⋯手に入れたいな」
ヘンリー・ウォーカーがぼそりと呟いた言葉が偶然耳に入り、ぞわりと俺の背筋を冷やした。聞き間違いかと驚き、勢いよく後ろを振り向く。
「宰相殿、どうかされましたか?」
その時の彼の声音はまるで別人のようだった。しかし、それも一瞬の事で俺の視線に気付いた彼は何事もなかったかの様に振る舞い、普段通りの笑顔を貼り付けていた。
「⋯⋯いいえ、何でもありません。先に進みましょう」
今は問い詰めても無駄だと悟り、俺も普段通り接する。
散歩の後のお茶会の最中も、俺はあの時のヘンリー・ウォーカーの言葉が頭から離れず、心ここに在らずな様子で、姫様に大層心配されてしまった。姫様に心配をかけてしまうとは宰相失格である。
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