第6話「ヴィルデとヴィルデのお兄さん」最終話・ざまぁ回




「煩い! 煩い! 煩い! 煩い! 煩ーーい!!」


ベン様がそうわめき、私の肩を掴んだ。


「全部お前が悪いんだ!

 お前のせいなんだよ!!

 お前は黙って俺と結婚し、領地経営をしながら子育てでもしてればよかったんだよ!!

 俺と結婚すれば俺に似たかわいい子が生まれるのに何が不満だ!!

 分かった、実家に帰ってくる回数が少ないのが不満なんだな?

 帰宅する回数を年に二回、いや三回に増やしてやる!

 年に三回も俺に抱いてもらえるんだ満足だろ?

 俺だって本当はお前みたいな下位貴族の茶髪の地味女を視界に入れたくないんだ!

 俺が譲歩するんだからお前も譲歩しろよ!

 分かったら俺との婚約解消の話をなかったことにすると父に伝えろ!

 『ご迷惑をおかけしてすみませんでした!』

 と言って土下座して父に詫びろ!

 床に頭をこすりつけて謝罪しろっっ!!」


なんて……なんて身勝手な言い分なのでしょう。


怒りで体が震える。


「そんな言い方……」

「ふざけんなっっ!!」


私が言い返すより先にヴィルデがベン様の胸ぐらを掴んでいた。


「謝罪するのはお前だ! このクソ野郎っっ!!」


ベン様の頬にヴィルデの繰り出した右ストレートが炸裂。


ヴィルデに殴られたベン様が芝生の上を転がる。


ヴィルデは倒れたベン様に馬乗りになり、再びベン様の胸ぐらを掴んだ。


「てめぇっ……! なにをする!」

「それはこっちのセリフだ!!

 このクズっっ!!」


ヴィルデがベン様を一喝する。


ヴィルデの気迫にベン様が怯む。


「メアリーはめちゃくちゃ綺麗な心の持ち主なんだよ!

 万年筆を忘れたとき貸してくれたし、気分が悪いとき保健室に付き添ってくれたし、袖のボタンが外れたときつけてくれたし、実家のインコが亡くなったとき一緒に泣いてくれたんだ!!

 メアリーは優しくて、努力家で、友達思いで、すっげぇ良いやつなんだよ!

 顔だって他人の婚約者に粉をかけてもてあそぶアバズレの何倍も綺麗なんだよ!!

 近くに寄るといい匂いがするんだよ!

 婚約者がいるくせに幼馴染の尻を追っかけて、幼馴染の嫁ぎ先についていくとか抜かす気持ち悪いストーカー野郎が馬鹿にしていい相手じゃないんだよっっ!!」


ヴィルデが拳を振り上げる。


私はとっさにヴィルデの腕を掴んだ。


「メアリー……?」


驚いた顔でヴィルデが私を見上げる。


「もう止めよう、ヴィルデ」


「メアリーはこんなやつをかばうのか?」


ヴィルデが眉尻を下げる。


「違うよ、ベン様をかばったんじゃない。ベン様を殴るヴィルデの手が痛そうだから止めたの」


「メアリーは、ぼっ……わたしの心配をしてくれたのか……いや、してくれたの?」


「うん、そうだよ。

 ヴィルデが私の言いたいこと全部言ってくれたからすっきりしちゃった。

 ありがとう、さっすが私の大親友!

 だからベン様のことはもういいよ」


本当はヴィルデがベン様に怒鳴ってくれなかったら泣いてた。


元婚約者に、見た目も身分も人格も全否定されるのは辛い。


「ありがとう、ヴィルデ」


ヴィルデの手を掴み立ち上がらせる。


「おう......いや、うん良かった。

 メアリーが元気になって」

 

ヴィルデは照れくさそうにそう言った。


「ばっ……ばっかじゃねぇの!

 二人でいつまでも友情ごっこしてろよ!!」


「まだいたのかよ、クズ!

 さっさとわたしの視界から消えろ!

 さもないともう一発くらわせるぜ!」


ヴィルデがベン様を睨む。


ベン様は「ひっ……!」と悲鳴を上げ、真っ青な顔で走り去って行った。


「最後に訂正しておくけど、伯爵家は下位貴族じゃない、中位貴族だからな!」


ヴィルデが逃げていくベン様に向かって叫ぶ。


「ヴィルデ、さっきから思ってたんだけど口が悪いよ」


「あらいやだ、わたしったらはしたない。オホホホ」


ヴィルデが口に手を当てて笑う。


「口が悪いのは兄の影響なの」


「ヴィルデ、お兄さんがいたの?」


「うん。同い年のね」


「へー」


同い年のお兄さん?


ということはヴィルデは双子なのかな?


「それでね兄にメアリーの事を話したら凄く気に入って、ぜひ会いたいって!」


「えっ?」


「卒業パーティに連れて来るから、兄に会ってくれる?」


「うん、いいよ」


ヴィルデのお兄さんなら悪い人じゃないから、会っても問題ないよね。


「兄はメアリーのことが大好きなの!」


「へっ?」


ヴィルデのお兄さんとはお会いしたことないんだけどな?


「これは勝手なお願いなんだけど……兄に会うまで次の婚約者を決めないでほしいの!」


卒業まであと三カ月。


「うん、いいよ。

 私もベン様と婚約解消したばかりだから、すぐに次の相手を決める気なかったし」


それに万が一ヴィルデのお兄さんと結婚したら私とヴィルデは義理の姉妹になる。


そうなればヴィルデとずっと一緒にいられる。


「よしっ!」


ヴィルデがガッツポーズした。


「どうしてヴィルデがガッツポーズするの?」


「あっ、いやなんとなく……オホホホ」


ヴィルデが何かを誤魔化すように笑う。


ガッツポーズをするほど嬉しいなんて、ヴィルデはお兄さん思いなのね。







卒業パーティに現れた銀色の髪にアメジストの瞳の貴公子が、ヴィルデと同一人物だと分かるのは、もう少し先のお話。





――終わり――





☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


【後書き】

※「ヴィルデ」の本当の名前は「ウィルフリード」です。

※ランゲ公爵家では男子が早死することが多い為、成人するまで(学園を卒業するまで)女装して暮らす風習があるんです。


※トーマ侯爵家の次男のボイスくんは、10歳。兄と違い賢くて優しい子です。


※アリッサが隣国に嫁いで一年後、アリッサの夫になった公爵令息は無事リバウンドしました。90キロ→60キロ→100キロ。

 隣国の食べ物はこってりしたものばかりで、アリッサも三年後にはぷくぷくになってます。

 「女神」とか「学園の三大美女」と呼ばれた面影はありません。


※侯爵家から勘当されたベンは遠くの町に連れて行かれ、強制労働させられました。

 三年後強制労働所から逃げ出したベンは単身隣国に渡り、アリッサに会いに行きましたが、ぷくぷくに太ったアリッサを見てショックを受けて倒れ……それっきりです。


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【完結】「幼馴染を敬愛する婚約者様、そんなに幼馴染を優先したいならお好きにどうぞ。ただし私との婚約を解消してからにして下さいね」 まほりろ @tukumosawa

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