第5話「ヴィルデとヴィルデのお兄さん」
――卒業パーティー当日――
「ヴィルデはどこかしら?」
卒業式は制服で参加し、一度家に帰ってドレスアップして卒業パーティーに参加するのがこの学園の習わしです。
卒業を迎える頃には大概の生徒には婚約者がいます。
婚約者のいない独り身の生徒は肩身が狭いので、一緒にいようねって約束したのに……。
銀色の長く美しい髪に、スラリとした体型の彼女は制服を着ていても目立っていました。
そんな彼女がドレスアップをしたら、凄くゴージャスになるはずだから、絶対に目に付く筈なんですが……。
「君一人?
ねぇ、僕とダンスしない?」
「いえ、結構です」
ヴィルデを探していたら、軽薄そうな男性に声をかけられました。
「そんな釣れないこといわないで、いいじゃないか一曲ぐらい」
そっけなく断ったのですが、男性はしつこく言い寄ってきます。
「止めてください……!」
男性が私の腕を掴んで無理やりどこかに連れて行こうとしました。
「離して……!」
「汚い手で彼女に触るな!
彼女はオレのパートナーだ!」
しつこく言い寄ってきた男性の腕を、別の男性がひねり上げていました。
私を助けてくれたのは、銀色の髪にアメジストの瞳の貴公子でした。
「二度と彼女に近づくな!」
銀髪の男性がそう言うと、ナンパ男はすごすごと去って行きました。
切れ長の目、白磁のようなきめ細やかな白い肌……銀髪の彼の顔には見覚えがありました。
「ヴィルデ……なの?」
私がそう尋ねたとき、彼は息を呑む顔をしました。
でもそんなはずないわヴィルデは女の子だもの。
私ったら何を勘違いしているのかしら。
「ヴィルデのお兄さんですよね?
彼女からお話は聞いています。
危ない所を助けていただきありがとうございました」
きっと彼が以前、ヴィルデが話していた同い年のお兄さんだわ。
彼は漆黒のジュストコールを凛々しく着こなしていました。
あまりにもヴィルデにそっくりだから、彼女と見間違えてしまったわ。
ヴィルデのお兄さんだけあって、とてもスマートでかっこいい。
でも今はヴィルデに会いたい。
彼女がこの場所にいたら、きっと彼女が私の事を助けてくれたわ。
ベン様から私を守ってくれた時のように……。
「あの、ヴィルデはどこですか?
一緒ではないんですか?」
彼女はどんなドレスを着ているのかしら?
ヴィルデと一緒にドレスを選びに行ったとき、私は彼女の勧める藤色のドレスを買いました。
ですが結局彼女は何も買わなかったので、彼女が今日どんなドレスを着てくるのか知らないのです。
「ヴィルデならここにいるよ」
「えっ? どこですか?」
ヴィルデもこの会場に来ているのね。
早く会いたいわ。
「ここだよ」
私はキョロキョロと辺りを見回しました。ですが、彼女を見つけることができませんでした。
「どこにいるんですか?
私にも分かるように教えてください」
もしかして私の身長では見えない位置にいるのかしら?
「だからここだよ」
ヴィルデのお兄さんが、私の手を取りました。
この手の感触……ヴィルデにそっくり。兄妹だと手の形まで似るのかしら?
彼は私の手を掴むと、自分の胸に当てました。
「えっ……?」
「ヴィルデはここにいるよ。
オレがヴィルデだから」
ヴィルデにジュストコールを着せたら、きっと目の前の貴公子のようになることは容易に想像できました。
でも……まさか、本当に……彼がヴィルデなの……?
「オレの本当の名前はウィルフリード・ランゲ。
ランゲ公爵家の長男なんだ」
「嘘っ……!」
親友だった女の子が、男の子だったなんて……!
どう反応したら良いのかわかりません!
「ごめん、ずっと騙してて」
「何か理由があるのでしょう?」
ヴィルデは優しくてとても友達思いな子でした。
そんな彼女が……いえ彼が、女装して学園に通っていたのなら、何か深い理由があった筈です。
「怒らないの?」
「怒るというより、驚いています。
ヴィルデはとても優しくて思いやりのある人でした。
そんなあなたが嘘をつくのなら、何か特別な理由があるはずです」
彼がウィルフリード様という公爵令息だとわかったら、普通に話せなくなってしまいました。
「ありがとう。
オレの事をそんな風に思ってくれて」
彼は嬉しそうにはにかみました。
つい二時間前まで女の子だと思っていた親友が、男の子の服を着て微笑んでいる姿にときめいてしまうのは、我ながらいかがなものかと思います。
「ランゲ公爵家は昔から男子が短命だったんだ。
だから成人するまでは女性として育てる風習があるんだ。
だけどそのことは成人するまでは、人には話せなくて……」
そう言った彼の表情はとても辛そうでした。
「そういう事情があるなら仕方ありませんね」
「許してくれるの?」
「ヴィルデ……ウィルフリード様の力ではどうにもならない事情があるのはわかりました。
でも私は少し動揺してます。
だって、パジャマの話とか、好みの男性のタイプとか、ニキビの対処法とか、異性には話しづらい事を全部話してしまったから……」
ヴィルデが女の子だと思ったから話したのに、男の子だったなんて……!
「それについては、本当にごめん。
責任を取るよ」
「責任?」
「うん、メアリー。
オレと結婚してください」
彼はそう言って私の前に跪きました。
見目麗しい彼は、ただでさえ注目されていました。
そんな彼が公衆の面前でプロポーズしたのですから、当然会場は騒然となりました。
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