リドル・ア・リトル


 ついに超自然主義が諸派を制圧し、文言の覇権を掌握した。それにより、人々を苦しめていた厳しい言論統制は解除され、もっと自由に語り合えるフードコートがやってくる。みんな、そう思っていた。


 しかし、訪れたのは、冬。誰もが読み間違えを起こさないように、平等と公平の名の下に、緩くも厳しい漢字禁止令が発令されてしまった。


 フードコートの喧騒から漢字が消えた、そんなある日。




「ぎょおざのおおしょう? それとも、おうしょうだっけ?」


 今日のフードコートは餃子の特売日。月見月は一皿百円の餃子を、ぱくり、大きく口を開けて放り込む。ふわり、頬が緩み、目がとろけるように少し垂れた。


 ほんと美味そうに、そしてよく食う女子高生だ、と蔑むような羨むような複雑な顔してめぐは切り返す。


「しょうがっこうからやりなおせ」


 ばっさり、一刀両断。


「じゃあさ、おうさかおおしょうなわけ? おうさかおうしょうがせいれきしでしょ? あたしがしょおがっこおのころはまだフードコートにおうしょうなかったもん」


「じぶんでおうしょうっていってんじゃん」


「あ、おうしょうっていってるわ」


 ぽかんと呆気にとられる月見月。その隙をつき、めぐは素手で餃子をひとつ掻っ攫った。


「どっちにしろ、うをおとよむとあざとくもアホっぽくなるわね」


「ああん、あたしのきちょおなぎょおざ!」


「じゅぎょうりょうにいただくよ」


「たかいじゅぎょおりょおね」


 スマホをいじっていた灯子がいちゃつく二人に割って入る。


「スマホでへんかんするかぎり、おうしょうでもおおしょうでもいける」


 控えおろう、と言わんばかりの勢いでスマホをかざす灯子。へへい、とひれ伏すめぐと月見月。


「ただしくはおうさかではなくおおさか。ここまちがったらおおさかじんにどうとんぼりにほおりこまれるから」


「どおとんぼりにほうりこまれる! なんかはんしんゆうしょおしたみたい」


「しらない」


 野球にとんと興味のない灯子はスマホをしまって自分のカフェオレに向き直った。


「じゃあさ、ひらがなもんだいいくね。しょおひんはぎょおざひとつ」


 月見月が餃子の残り個数を数えながら問題を出した。


「にわにはにわにわとりが、うらにわにはにわうさぎがいます。にわにフライドチキンをいっこおとしたら、さて、あしはなんぼん?」


 月見月のなぞなぞに、めぐは速攻でひねって返す。


「フライドチキンといえばドラムしかおもいうかばないおこさまじたがバレるわよ」


「うぐっ」


 めぐのこうげき。かいしんのいちげき! ツキミヅキはせいしんてきダメージをうけた!


「つぎはわたしからもんだい」


 灯子が謎解き戦に乱入する。


「にわにはにわにわとり、なかにわにわに、うらにわにはにわうさぎがいます。にわかににわのにわのにわとりとうらにわのにわのうさぎがなかにわをとおっていれかわります。さて、さいしゅうてきになんびき?」


「またゲシュタルトほうかいさせるきかよ」


 と、眉間にしわを寄せるめぐ。月見月はすでににわと言う二文字が持つ情報体が解体されて頭を抱えていた。にわの文字列に脳の水分を持ってかれるようだ。その隙に餃子の皿に手をそっと忍ばせる灯子であった。


「こたえはいっぴき」


 ぱくり。誰も見ていない間に餃子は灯子の小さな口に消えた。


「なかにわのわにがぜんぶたべたから」


 がっくりとうなだれるめぐと月見月。


「にわにわにまぎれこませんなよ」


「もお、なにもかもちょおしぜんしゅぎのやつらがわるいのさ」


「たしかに、めがいじょうにつかれるね。カタカナをかんじっぽくして、もじれつにメリハリつけられないものかな」


 もぐもぐやりながらの灯子の一言に、めぐと月見月は背筋をぴんと伸ばした。その手があったか。超自然主義が敷いたレールに乗りながらも、連中の意に反しつつ、こちらの思い通りに突っ走ることができる。


「かんじっぽいカタカナって、たとえば、カなら力のかわりいける?」


「タは夕、チは千ってよめるかな」


「じゃあ、『力夕千』はどう?」


「『力夕千のカタチ』」


 いけそうだ。めぐと月見月は言語としての漢字を口にしたが、今のところ誰に咎められることもない。


 満を持して、灯子は囁くように言の葉を紡いだ。


「わたし、きょう、工口化なの」


「こうぐちか? なんてよむの?」


「わたし、エロイヒ」


「いみしんだわ」


 工口化した灯子なら、超自然主義者たちを倒せるかもしれない。月見月とめぐは深く頷くしかなかった。

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