さよなら、と

ケー/恵陽

さよなら、と


 飼い犬が死んだ。

 もう二十年近く飼っていた老犬で、しかし俺の一番の相棒だった。静かに涙を落としながら、保健所に電話をした。

 仕事に行く気分にはなれず、仮病を使った。会社に行ってもとても自分は使い物にならなかっただろう。ぼーっと玄関に座り込んで、そのまま眠ってしまった。


 夢の中ででも俺は泣いていた。地面に這いつくばって、庭の椿の木の前で泣いていた。相棒の名前を呼びながら、みっともなく、大声を上げて。

 椿の木の傍は、相棒のお気に入りの場所だった。日陰になっていて、暑い日や休憩したいときに居座っていた。よく昼寝もしていたようだ。

 もっと一緒にいたかった。歩くのがつらくなっても、いつでも俺の傍へ寄り添っていた。頬を舐める音が聞こえるようだ、と思っていたら相棒が横に並んでいた。その茶色の毛に抱き着いて、撫でまわした。

 ク―ン、と頬を摺り寄せられる。やがて俺の服の裾を引っ張り出す。

「遊びたいのか?」

 頷く代わりに大きく吠える相棒。だったら、と俺は一緒に駆け回り、ねっころがり、遊び倒した。


 まどろみの中から目を覚ますと西日が射し込んでいた。じわりと浮かぶ汗を拭うと、手が何かに触った。

 夢の中でも遊んだゴムボール。

 相棒の声が耳に聞こえた気がした。

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さよなら、と ケー/恵陽 @ke_yo_

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