第14話 穢い女

 七月。沙都子を毎週呼んでいたカトウからの電話が途絶えた。

 だが、沙都子の成績は驚くほど伸びていた。

 出勤数が少ないため指名数では劣るものの、指名率では店のトップ、野々花に迫る勢いだった。

 ホテルへの直行直帰が常となり、店に振り込む売上も申し分ない。沙都子の姿を店で見かけることは、ほとんどなくなっていた。


 ある日、仕事を終え駅に向かう途中、芳恵は太った男にもたれかかる女の後ろ姿を目にした。

 この辺りは都内でも有数のホテル街であり、風俗嬢らしい女性やその客が目立つ場所だ。

 それでもなぜか、この女だけは芳恵の目に引っかかった。

 すれ違いざま、こっそりとその顔を覗き込む。沙都子だった。

 彼女は微笑みながら、男に囁いている。


「また来てくださいね」


 芳恵の顔が熱くなった。心臓が激しく脈打つ。

 足早にその場を離れる。

 男の顔には見覚えがあった。以前、野々花の客だったのだ。

 オプションのSM道具を部屋に届けた際、その巨体に驚き、顔を記憶してしまったのだ。

 立ちフェラを要求するが、男のペニスは小さく、野々花は「重たい肉を持ち上げ続けて腕が痺れる」と嘆いていたのを思い出す。


 今日、その男は沙都子を呼び出した。

 時間的にも、ちょうど仕事を終えてホテルを出たところなのだろう。

「また会いに来て」は、風俗嬢がよく使う決まり文句だ。

 何一つ不自然ではない。

 だが、なぜ自分はこんなにも動揺しているのか……。


(……沙都子ちゃん、大した女優だわ……あんな嬉しそうな顔をするなんて……)


 電車の中、芳恵の脇に嫌な汗が滲んだ。


 月末、多くの百合の花を抱えて雪乃が現れた。

 雪乃は流しで花瓶に花を生けている。芳恵はその横に立った。


「雪乃さんが沙都子ちゃんに紹介したカトウさん、最近お見えにならないんです……何かあったんですか?」

「忙しいだけじゃないの」

「沙都子ちゃんについて何か聞いてませんか?」

「何も聞いてないわよ」と、雪乃は花瓶を満足そうに眺める。

「……もしかして……沙都子ちゃんが探していた男の人って、カトウさんなんですか?」


 雪乃は眉を寄せ、芳恵の顔を見た。


「雪乃さんは、沙都子ちゃんが会いたかった人を見つけたんですか?」

「……ああ」と、合点がいったように雪乃は苦笑いをした。

「まさか。あの人はただの女好きよ。感じにくい女を悦ばせるのが趣味なんじゃない?」


 雪乃は花瓶に付いた水滴を拭き取り、玄関へ運んだ。芳恵もそのあとを追う。


「長谷川さんもお上手だけど、あの人、短気なのよ」

「……沙都子ちゃんが『好きな人に会いたくてこの店に入った』って話は、嘘だったんですか?」

「真実なんて、誰にもわからないわよ。ただ、沙都子さんにとってその時の男は、初めて良い経験をさせてくれた人だったんじゃない?」

「……気持ちよければ、相手は誰でもいいってことですか……」


 雪乃は百合の花の並びを直すと、芳恵に向き直り微笑んだ。


「あの容姿で感じやすいなんて、鬼に金棒ね。しっかり稼いでもらいましょう。本人も今が一番楽しいんじゃないかしら?」


 電話が鳴った。

 芳恵は受話器を取る。


「鈴木様、申し訳ございません。沙都子ちゃんが性病の検査に引っかかってしまい、しばらくお休みとなります。代わりに鈴木様のお好みに合いそうな子をお送りしますね——ええ、お任せください。間違いのない子をご紹介します」


 芳恵は電話を切ると、沙都子へ連絡を入れた。


「沙都子ちゃん、今日の予約、鈴木様も白井様もキャンセルになったから。休んでいいわよ」


 それだけ伝え、沙都子が何かを言う前に電話を切った。

 芳恵は来週の予約も早く取り消さなければ——。


 予約画面を見ながら電話をかける。


(——穢い女め!

 この仕事は、喜んでやるようなものじゃないんだ!

 金に困った女が泣く泣くやる辛い仕事なのに——!)


 早く沙都子を追い出さなければ。

 自分まで汚れてしまいそうだ。

 芳恵の額に汗が滲む。

 受話器を握る手も湿っていた。


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熟女デリヘル店の女たち こばゆん @kobayun

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