第6話 パパ活女
『裏引き』という言葉をマナブの口から聞いた途端、芳恵は理解した。
沙都子に指名がない理由はそれだったかと、頭に血が上る。
『裏引き』とは店を通さずに客と会い、金を得ることだ。
店に渡す金も自分の懐に入るのだから、女にとってはオイシイ。中には自分の取り分に色をつける程度の金額で客と会う女もいる。
いずれにしろ、店は大損だ。
芳恵はエレベーターが降りてくるのをイライラと待った。
一刻も早く事務所に行き、パソコンを開きたかった。沙都子が今までについた客のデーターが見たい。
沙都子が客に裏引きを持ちかけているのなら、客たちも店に来なくなるか、頻度が減っているはずだ。
その証拠を掴みたい。
エレベーターは四階で停まったまま、なかなか降りてこなかった。
焦る芳恵の横で、マナブがのんきな声を出す。
「四階の『美熟女同盟』さん、店閉めるらしいですよ。今日が引っ越しですかね? この仕事、年々厳しくなりますね」
四階に事務所を構える同業者の動向は気になるが、今はそれどころではない。
「私、階段でいくね!」
芳恵はエレベーターホールから走り出た。
「えーっ! 六階までいくんですか? 元気ですね!」
驚くマナブを置いて、芳恵はマンションの外階段を上った。
今日は沙都子の出勤日だ。ネット指名が二本入っている。
何某かの証拠が見つかったら、沙都子を問い詰めなければ。沙都子がつく客への対応も早くしないと。
芳恵は階段を一気に駆け上がった。
『裏引き』に関しては腹立たしい思い出があった。
『花水木』を任された最初の年、芳恵が面接して入店させた中に
萌花は、まだ三十前半。
まっすぐな長い黒髪で、ふっくらとかわいい顔をしていた。
芳恵は自分の娘と変わらない年の萌花が、体を売る仕事をしなければならないことを気の毒に思い、何かと気遣った。
なるべく評判のいい客を萌花につけた。
だが萌花は一週間で辞めた。
芳恵は仕事が辛くて辞めたのだろうと思った。
こんな仕事をせずに済むのならその方がいいと。
だが、そうではなかった。
後から聞いた話だが萌花は金回りの良さげな客たちに愛人契約を持ちかけていたらしい。
萌花は『花水木』をパパ活に利用したに過ぎなかった。
目標人数に達したから辞めたのだ。
萌花が辞めた後、店の常連客が何人もいなくなった。(しばらくしたらほとんど戻ってきた)
息を切らしながら階段を上り、芳恵は沙都子を憎んだ。
(風俗嬢なんて、やっぱりみんな性根が腐ってる!)
また裏切られたと悔しかった。
——ところが。
鍵を開ける手ももどかしく店に入り、勢いよくパソコンを開いた芳恵は、すぐに落胆した。
そこには芳恵が期待したものはなかった。
沙都子がついた客は皆変わらず、同じ頻度で店を利用していた。
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