おままごとのルール

「ルール? あ、ゆずちゃんも座って」


 ミリアがゆずなの手を引いて自分の横に座らせた。ミリアは既にサインを貰っているほどにゆずなの演技に惚れ込んでいる。自分を熱烈に応援してくれるミリアにゆずなはくすぐったさを感じながらも二人はすぐに親密になった。


「ええ、なんでもありでは探偵物語がSFにもコントにもなってしまいますから」


「ちょっと待って。いくらこのミリアのミステリーの知識がコナン頼みだからって事件現場にスケボーで向かったり、落ちてるものを無差別に蹴っ飛ばしたり、蝶ネクタイを使って声を変える悪ふざけを常習したりはしないわよ」


「ええ、それはそうなんだけど、里世? 私の助手ならもっと私とコナン君に敬意を持ってもらえるかしら?」


「ルールというと堅苦しく聞こえるかもしれませんが、この場合のルールは推理のルールというより、ミリアに推理を楽しんでもらう為のルールといった方が近いかもしれません」


「そうなんだ、本当に色々考えてくれてるのね。名探偵である私も腕が鳴るわ」


「それは何よりですが僕にも矜持がありますので、ミリアに簡単に謎を解かせる訳にはいきません。それではまずこちらを見ていただけますか? とある著名な小説家の方々が示した、推理小説を書く際のルールなのですが、読者、つまり謎を解く側の立場から見ても実に興味深いものになっているのです」


 亘がテーブルの上に差し出したノートをミリア、里世、ゆずなは食い入るように覗き込んだ。


 そこの書かれていたのは『ノックスの十戒』と『ヴァン・ダインの二十則』。


「古典になってしまったそれらは今となっては全ての内容を鵜呑みにできるものではないですが、それを定めたおふたりの探偵小説の水準を高める、または維持しようとした思いは確かなものだと思います。言い換えれば、読者に楽しんでもらおうとするサービス精神がこれらの決まり事を考える原動力になったのでしょうから」


「……うん、ここまで細かく推理小説について考えたことはなかったかも」とミリアはノートから目を離さずにつぶやく。

 

「今じゃ当てはまらないのも多いよね。これだと叙述トリックはアウトだし」とゆずなが付け加える。


「へぇ、里世も意外とミステリーに詳しいんだね。でも亘君がミリアに言いたいことはそんなに難しいことじゃないんじゃないかな?」


「ええ、ゆずなさんの言う通り、ノートに書かれた三十の条件は参考にすぎません。僕から提示するおままごとのルールは一つだけです」


 全員の視線が亘に集まる。ミリアは小さく息を呑んだ。


「お互いに『フェア』に、最後に僕を『納得』させてください」


「フェアに亘を納得させる……」


 ミリアはポケットから取り出したメモ帳にすぐにその言葉を書き込んだ。

 ゆずなはミリアの実直な行動を見て微笑む。こういう生真面目さが彼女の愛おしいところだと感じていた。


「……フェアとアンフェアは永遠のテーマだものね」と里世は付け足した。


「ええ、それだけ勝負に真剣だということでしょう。ミステリーにおける探偵と犯人の知恵比べは作家と読者の代理戦争のようなものですから。その関係性は、今回の僕達とミリア達の関係にもそのまま当てはまるでしょうね」


 探偵になりきることに定評のある(と自分では思っている)自称名探偵のミリアは何度も頷いた。


「だから僕達もミリアが謎を解決するために必要な材料は全てフェアに包み隠さずに提示します。その中でミリアは事件を解決して、僕を納得させてください」


「うん、わかった。やってみる!」


 鼻息荒く短く答えたミリアに、あまり堅苦しい空気にならないようにゆずなが口を開いた。


「さっき亘君とも話し合ったんだけど、相手を納得させられるかどうかは実際に実現可能かじゃなくて、そこにリアリティがあるかだと思うんだよね。逆にミリアに事件には超能力や幽霊とかのオカルトが関わっていると推理されたら白けちゃうかも」


「うぅ、個人的には超常現象とか都市伝説とかは嫌いじゃないんだけど、ゆずちゃんの言ってることはよくわかるわ」


「ただ、ミリアがどんな推理をするかはあくまでも自由です。型にはめないといけないのですが、その型は一つではありません。また、型破りという言葉があるように、新しく僕を納得させるような想定外の解答もあるかもしれません。ミリア探偵ならどう挑むのか、楽しみにしています」


「ええ、私の華麗な帰納的推理と演繹的推理をお見せするわ」


 ぽろりとミリアが漏らした言葉に亘とゆずなは意外そうな顔をしたが、里世は羞恥で顔が紅くなる。

(私のいないところで格好つけてよ……)と俯かずにはいられなかった。





 事件当日も里世は苦々しい顔をしていた。


「ねぇ……本当にこんな格好しないとダメなの?」


「こんな格好とは何よ! うん、似合ってる! 里世はボーイッシュな服も着こなすのよね! 私はどう?」


「なんか性別を間違えた七五三みたいね」


「えへへ、あの頃みたいにかわいいってことね。ありがとう」とミリアは前髪を触った。今の浮かれているミリアはどんな言葉も褒め言葉として受け取りそうだ。


 二人は白のブラウスに黒のサスペンダーを身に着け、ミリアはブラウン、里世はグレーのグレンチェックのショートパンツを穿いている。

 真新しい黒のタイツと首元の黒のリボンタイもお揃いで、鏡の前に並ぶ二人の表情だけが対照的だった。


 二人の姿を目にした亘は「ミリアも里世もよく似合っていて、とても愛らしいですよ」と笑顔で口にしたが、里世は亘の背中を強めにつねった。


 どたばたしながらも三人はとある部屋の前に辿り着いた。この中では今か今かとゆずなが息絶えて待っているはずだ。


「さて、いいですか、ミリア。事件は既に起きてしまったのです。この扉を開けて、名探偵による事件の解決を望みます」


 執事の手によって殺人現場への扉は開かれた。


 名探偵ミリアの名推理が今始まる!

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