帰納的なんとかと演繹的なんとか
リビングで亘とゆずながミリアが挑む謎の案を深めている中、ミリアも自室で着々と準備を進めていた。
『名探偵コナン』を最初から読み返していたのである。
テーブルには単行本が山積みになっており、二つの水色のソファの一つにミリアがうつ伏せに寝ころんでいる。
対面に置かれたもう一つには里世も座ってコナンを手にしてはいるが、心ここにあらずといった様子だった。
「初期のコナンって、おっかないけど味がある話が多いわねぇ」
「……そうね」
ミリアは既に犯人を知っている話を名探偵気分で再び楽しんでいるので上機嫌だった。一方、里世ははっきりと不機嫌である。
今回の寸劇ではミリアが探偵、里世がその助手を務めることになっていた。当然、二人は当日まで亘が考える寸劇の計画を知ることができない。
したがって、亘とゆずなは何度も二人きりで事件の計画を話し合うことになる。ミリアは一切気にしないが、里世は面白くはなかった。
綺麗に整理された部屋の中でミリアの机の上だけが福袋をぶちまけたかのようにごちゃごちゃしている。あれを整理整頓したらその間は無心でいられるだろうかとも思うが、あれこそがミリアの部屋の象徴なのだから無くすには惜しい。
それに何よりも片付けるのが面倒くさい。
やり場のない苛立ちの矛先をいつものように手近なお嬢様で解消しようと思った里世は意地の悪い笑みを浮かべて、ミリアに向かって最近ハマっているおやつを尋ねるように尋ねた。
「ミリア、明日の推理では
「ふぇ!? な、何!?」
黒の組織を追う気分に浸っていたミリアは突然の意味不明な単語に目を白黒させる。
「ごっこ遊びでも、おままごとでも、とにかく探偵になるんでしょ? だったら助手役の私はそれを知っていた方がいいと思って」
「きのうてきと……えんえきてき? ええっとちょっと待ってね」
スマホを取り出そうとしたミリアの手を里世が止める。探偵と助手の立場が逆転した。
「うぅ……何を言っているのかよくわかりません。教えてください、里世様……」
「よろしい、まぁ私も受け売りだけどね」
「えぇ~! それって大丈夫なのぉ!? あ、冗談です! 教えてください!」
立ち上がり、ミリアの部屋を出ていこうとした里世にミリアはすがりついた。もはや探偵どころか三下である。
「それじゃあ、まず帰納的推理からね。複数の個別な事例から共通点を抽出して一般に通じる法則を導き出すのが帰納的推理よ」
「???」
「今のミリアに一番わかりやすい例で言えば犯罪者のプロファイリングかしら。警察が事件の目撃者の証言を集めるのもそうね」
「なるほど! 地道な捜査のことね!」
「そうね、確かな情報を積み上げて洗練させていくイメージかもしれないわ。次に演繹的推理は法則から論理を繋げて結論を導く方法よ」
「う〜ん、やっぱり言葉だけだと難しいわね。先生、何か具体例を教えてください!」
ミリアはすっかり生徒気分で里世に尋ねる。里世は少し間をおいてから小さな口を開いた。
「ミリアでも三段論法くらい聞いたことがあるでしょ? 『犯人は男性である』『現場にいた男性は彼だけである』『彼が犯人である』みたいな」
「あぁ〜、知ってる! すごく探偵っぽいわ!」
「そうやって前提を重ねて結論を導くのが演繹的推理よ」
「さすが私の助手だわ! 帰納的と演繹的……。なんだか私の探偵レベルが上がった気がする!」
ミリアの喜びように、里世もここまで素直な反応をされると照れくさくなるが悪い気はしない。
「ただいずれにせよ前提となる情報が間違っていたら正解は導けないから注意は必要よ」
「はーい!」
元気よく返事をするミリアだったが、里世が危惧しているのはそこだった。彼女は時々独特な解釈をする時がある。スタート地点が間違っていたらいつまで経ってもゴールには辿り着けない。
まあ、今から心配しても仕方がないかと軽く咳払いをして里世はミリアに尋ねた。
「さて、そこで最初の質問に戻るわよ。ミリアは帰納的推理と演繹的推理のどちらを重視しているの?」
「うぅ……ちょっと待って。一発で当てたいから……」
ミリアは腕を組んでうんうんと頭を捻る。里世は頬を緩めてそれを見守った。
たっぷりと五分ほど考えて、ミリアはやっと口を開いた。
「……両方じゃ駄目なの? 探偵にはどっちも必要だと思うんだけど……駄目?」
ミリアは首を傾げながら恐る恐る里世に尋ねた。
「──やるじゃん。駄目じゃないよ、それが正解」
「へ?」
「演繹的に推理をするなら、帰納的な推理で材料を集めなければいけないでしょう? 演繹的推理で導いた論理を帰納的推理でより確かなものにすることもできるわ」
「そう! 私もそれが言いたかった気がする!」
「……どちらも結論を導く方法論なことに変わりはないわ。他の理論も含めて多角的なものの見方をするのが名探偵なのよ」
「なるほどねぇ〜。ちょっと里世もう一回言ってくれる? お嬢様探偵の決め台詞候補にするから──って亘かしら? はーい、どうぞ~」
ミリアの部屋のドアがノックされて亘とゆずなが姿を見せた。
「ついに殺人事件が今週の土曜日に我が家で起こります」
「私が殺されちゃうからミリアには犯行を明らかにしてほしいの」
おちゃらけた様子で殺害予告ならぬ殺人事件予告をする二人に、ミリアは「任せなさい!」と立ち上がった。
「ミリアにその謎に挑んでもらう前に一つ『ルール』の話をしておこうと思いまして」
天然のミリア探偵は事件を『なんでもあり』にしてしまう可能性がある。
しかし『なんでもあり』の推理では探偵は人々を納得させられるはずもない。
解かれる為の殺人事件でこそフェアな条件が必要になると亘は考えていた。
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