「もしよろしければ死んで頂けますか?」

 ミリアが探偵になると宣言して数日後、ミリアの家のリビングのソファには執事のわたると制服姿の見慣れない女子高生の姿があった。

 学生の名はミリア達と同じ私立歌里うたり高校に通う同級生であり、演劇部部長を務める三芳みよしゆずなである。


「先程言った通り、ミリアが名探偵になりたいと言い出したので、僕が実際に事件の舞台を用意して、推理ごっこをしてみようと言うことになったのです」


「ふふっ、また思いついちゃったんだ。ミリアらしいね」


 肩ほどの長さのブラウンの髪を耳にかき上げてゆずなは柔らかく微笑んだ。


「ええ、本当に。そこで是非ゆずなさんの力を借りたいと思ったのですが」


「うん、いいよ。面白そうだし協力するよ」


 ゆずなは迷い無く答えた。頼りにされて悪い気分はしなかったし、自分に懐いてくれているミリアの力になりたかったのだ。

 自分がワトソン役を求められていないこともわかっていた。ミリアの思いつきに巻き込まれる経験は初めてでは無かったからだ。


「ありがとうございます。ゆずなさんはミステリーにも造詣が深いとミリアと里世から伺っていますので」


「ううん、どうなんだろ。読まなくはないけど特別詳しいかと言われると……。でも、ミリアがやりたいことはわかってるつもり。前もやったような『本気のおままごと』でしょ?」


 ゆずなは特に『ままごと』や『ごっこ』という単語にマイナスのイメージを持っているわけではなく、亘もそれはわかっていた。


「ええ、端的に言うならそうなりますね。ただ今回は僕も乗り気でして、より本格的なものを用意したいのです」


「あ、もしかして亘君もミステリーが好きだったりするの?」


「ええ、そうなんです。だからミリアだけではなくて僕も張り切っているのですよ」


「あはは、珍しい。ミリアと一緒にはしゃいでる亘君もかわいいね」


 思わず言葉にしてから亘よりも自分の方が照れてしまい、ゆずなは慌てて言葉を付け足した。


「うん、じゃあ私が死のっか。それが手っ取り早いし」


「……さすがに話が早いですね。そうなんです、やはり探偵が解決する事件と言えば殺人事件になってしまうんですよね」


「そうだよね、ミリアも含めて世の中のみんな刺激に慣れちゃってるからねぇ。ミリアが初めて探偵になって推理をするのならここは期待を裏切らないように誰かが死んでおくのが無難だと思う」  


「そこまで気持ちを汲んで頂いて本当に助かります。僕は劇中には入らずにあくまで第三者としてミリアの推理を審判しなければいけないので……。ですが、一応僕の計画した事件の概要に目を通してからもう一度判断をお願いします。協力して頂けるなら僕もゆずなさんに求められることはなんだってしますので」


 初めてゆずなは演技ではなくゴクリとつばを飲む経験をした。『なんだってする』とはなんと蠱惑的な言葉だろう。


 ゆずなが亘の提案を即決したのにはもう一つ理由があった。

 亘がとんでもないイケメンだからだ。

 サラサラの金髪に切れ長の目、きれいな鼻筋。一言で表すならまさに絵本に出てくる王子様である。


 ゆずながそこら辺の面食いやミーハーと異なるのはそこに演劇が絡んでいる点である。

 ゆずなは本気で女優を目指している。だからゆずなは亘でイケメンに慣れておくつもりだった。亘を見た後ではもう大抵の俳優はもうじゃがいもにしかみえないはずだ。


 だが、亘の魔力は強大で、意識の高いゆずなですら一人のファンにしてしまった。ミリアを通して接する機会の増えた今、亘はゆずなの『推し』にまで昇華している。亘に頼みごとをされる現状は役得だと思えるくらいに。


(なんでもってどこまでだろう……。まさかあんなことやそんなことまで……???)


「少しだけ待ってくださいね。今、ミリアに挑んでもらう事件の計画について最終確認をしますから」


 亘の声にゆずなはぼんやりと目の前の執事を眺める。吸い込まれそうな紺色の瞳を手にしたノートに向けて思案する姿は溜息が出るほど格好よかった。


「亘君がそんなに本気で考えたのなら、きっとミリアが喜ぶ大事件に違いないね」


 今日は新鮮な亘の反応が多く見られるので、ゆずなも思わず口数が多くなる。ゆずなの言葉に亘はくすぐったそうな反応を見せた。


「そんな恐れ多い……。よし、お待たせしました。僕が考えてみたのは『消えた凶器』のストーリーなんですけど目を通していただけますか?」


 亘は手にしたノートを開いてゆずなに見せた。ゆずなは真剣な表情でそれを読むと頷いてみせる。


「……なるほどねぇ。さすが亘君、ちょうどいい塩梅だと思うわ」


 スプラッター映画みたいに残酷でもなければ、知恵熱が出そうなほど難解でもない。ただし一筋の閃きがなければ答えには辿り着けない。

 ミリアが探偵をやるにはちょうどいい謎だとゆずなは思った。


 あとはどうやってリアリティを混ぜていくか。所詮ままごとなのだから妥協してもいいとは彼女は考えなかった。


「あまり相応しい言葉じゃないかもしれないけれど、ミリアが楽しめる訓練になったらいいよね」


「ええ、まさに僕も同じ考えです。ミリアが名探偵になれるように鍛えて差し上げましょう。それではゆずなさんもう一度あらためて僕からお願いします」


 亘は一呼吸おいて、微笑みながらゆっくりと尋ねた。


「もし、よろしければ死んで頂けますか?」


「ええ、喜んで」


 事件と死体は用意できた。


 あとは名探偵の登場を待つだけだ。

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