おままごと探偵 藤白ミリアの茶番

大石壮図

本気のおままごと

美少女お嬢様探偵(諸説あり)の誕生

「決めた! 私、名探偵になるわ!」


 自他ともに認める生粋のお嬢様である藤白ふじしろミリアは紺色のプリーツスカートを翻し、真っ白なカウチソファから立ち上がって宣言した。


 今は消えているこれでもかと大きな壁掛けテレビの画面にミリアの姿が反射している。緩やかにウェーブする黒髪をかき上げるその表情は自信に満ち溢れていた。


「ああ、そう。世の中が迷宮で溢れかえるわね」


 横に座っていたメイドの月島つきしま里世りせはスマホから顔を上げずにぼそっと呟く。紫色のパーカーにデニムのショートパンツを穿いたラフな私服姿はとてもメイドには見えない。


「迷宮の規模と謎の大きさにもよりますね。いずれにせよ、ミリアが探偵をするのなら僕達は目が回る思いをすることになりそうです」


 パリッとした水色のシャツを着た執事の御厨みくりやわたるが丁寧だが優しくはない言葉とともにミリアの前にマグカップを差し出した。ミリアのお気に入りの豆乳ラテには日替わりでラテアートが描かれている(今日はコウテイペンギンの親子)。


「な・ん・で! 二人ともそうやってふざけるの!? 私は本気で迷宮無しの美少女お嬢様名探偵になるんだから! 真実はいつもひとつ!」


 ミリアは袖の余ったベージュのニットを捲り、人差し指を立てて里世に突き出した。その人差し指を里世が軽く握る。


「そもそも探偵になるじゃなくて、『名』探偵になるってところが烏滸おこがましいのよ」と里世が言葉を重ねた。


「ん? なんで?」


「わからないならいいけれど、今日のミリアはいつにもまして精神年齢が低いわね。もしかして幼児化する薬でも飲んだ?」


「あらあら! 今日の里世はいつにもまして絶好調ね! 怒りのあまり探偵じゃなくて犯人になりそうだわ! それにあれは単純な幼児化じゃないの! 小さくなっても頭脳は同じなんだから!」


「もちろん知ってるわよ。でもミリアには同じことでしょ。だって小さい時から頭脳が進歩してないんだから」


「進歩してるもん! このいじめっ子! これ以上は私じゃなくて私の執事が黙ってないわよ!」


「すぐに亘に頼るんだから。はいはい、どうぞ名探偵になってくださいなー。不肖なメイドもを応援してますよー」


「……絶対してないわよね」


 ぎゃあぎゃあ騒ぎ出したミリアと里世を眺めながら、亘は微笑む。テーブルを挟んで対面のソファーに座ると優しくミリアに声をかけた。


「ミリアはなぜ探偵になろうと思ったのですか?」


「なぜって……ええっと」


「コナンを読んだからでしょ」


「それもあるけど、それだけじゃなくて……えっと」


 それもあるのか……と執事は思ったが口には出さない。ミリアの単純と純粋は時に厄介ではあるが美徳でもあると亘は思っていた。


「とにかく探偵の仕事が素敵だと思ったのよ。不謹慎かもしれないけれど、犯人との知恵と知恵のぶつかり合いから目が離せなくて。私も謎に挑んでみたいと思ったの」


 ミリアの言葉に里世はわかりやすく呆れるが、亘はゆっくりと頷いた。


「僕もミステリーが大好きなのでその気持ちはよくわかります。それではミリア、名探偵に必要なものは何だと思いますか?」


「やっぱり明晰な頭脳かしら」


「じゃあミリアには無理ね」


 シンプルな罵倒についにミリアは里世に飛びかかるが、里世は華麗に身をかわした。不意打ちという最大のチャンスを逃したミリアは唇を尖らせるとそのままダンゴムシのように里世の横で膝を抱えて丸くなった。


「そうですね。他には何かありますか?」


「あとは、身体能力……じゃなくて、仲間……もいて欲しいけど……根気よ! 根気!」


 膝を抱えたままソファーの上でコロコロと転がっていたミリアは勢いよく体を起こして答えた。


「素晴らしいですね。根気の重要性には僕も同意します。探偵は地道な調査を積み重ねてやっと『さて、ここに集まっていただいたのは──』と言えるのですから。ミリアの思いつきはいつものことですが、今回の提案には僕も興味があります。それでは試しに今度僕が事件を用意するので、ミリアがその謎に挑む『探偵ごっこ』をやってみましょうか」


「ホント!? さすが亘! マイ! スイート! バトラー!」


 ミリアは立ち上がると亘のお腹に飛びついた。レスリングのタックルのような勢いだが亘はよけずに受け止める。ミリアの満面の笑みに、思わず亘も微笑む。

 その光景に里世は相変わらず大型犬とその飼い主のような組み合わせだと思った。


「でもごっこかぁ、仕方ないけれど……ごっこかぁ」


「『ごっこ』をなめてはいけませんよ。ミリアの目の前に用意された設定は時に現実よりも複雑で難解になる可能性があるのですから」


「ん? う〜ん……なるほど! そう言われてみればそうかも! 事実は小説よりも奇なりというけれど、平均したら人間の考えた空想の方がよっぽど『奇』だもの! 私が探偵として挑む状況は無限大のパターンがあるとしたら──確かに面白そうだわ!」


(たまに面白いこと言うのよね、この子……)


 亘の腕の中で揃った前髪の下の大きな瞳を輝かせるミリア。気分はすっかり難解な謎に挑む名探偵だった。


「ええ、そういうことです。だからこれだけは約束してください。探偵になりきる場を用意するなら僕と里世以外にも、僕達の友人の手を借りなければいけないでしょう。だからこそ、謎に挑む時は真面目に、根気よくやらなければいけません」


「ええ! わかってるわ。遊びだからこそ本気でやる。途中で飽きて投げ出したりはしない」


「それを聞いて安心しました。それでは明日から準備をします。里世は探偵の助手としてミリアに協力してあげてください」


 当然のように頭数に入れられている里世だったが、拒絶することはなかった。


「……仕方ないわね。私もミリアを世紀の『迷』探偵に仕立て上げることに協力してあげるわ。せいぜい私の手のひらで上手に踊ってよね」


「『名』探偵の方よね……?」


ミリアのこぼした疑問に亘と里世は目を合わせるが──聞かなかったことにした。

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