凶器はどこへ消えた?

 ミリアよりも一足先に里世は自分なりの真相に辿り着いた。これが正解だという自信はあるが、同じ回答にミリアを導く自信はない。


 ミリアにとにかくヒントを与えて自分と同じ結論に誘導すればいいものではない。最終的にはあくまでも自分の力ですっきりと事件を解決してもらい、ミリアには鼻高々に名探偵気分に浸ってもらわないといけない。


「亘、一ついい? 事件はこの部屋にあるものですべて完結しているのよね?」


「ええ、もちろんです。この部屋以外に事件の痕跡はありません。犯人も凶器の類を所持していなかったと考えてください」


「聞いた? この部屋に凶器はまだ残ってるのよ、ミリア」


「ええ、絶対に見つけてみせるわ」


 ミリアは部屋を隅々まで調べてやろうと心に決めた。きっと凶器は簡単には目の届かないところに隠されているに違いない。


「事件はこの部屋で起きて、この部屋で完結した。おそらく先端の尖った細いもので指をぷすぷす刺されて、その時に用いられた毒でゆずちゃんは死んじゃったのね」


 ミリアはもう一度ゆずなの人差し指の傷を確認する。小さな二つの赤い点がくっきりと残っている。


「だから凶器には毒の形跡が残っているはず。でもなんで二回も指を刺したのかしら……」


 ミリアはスマホを取り出すとゆずなの指の傷跡を写真に収め、それを手に凶器になりうる物を探し始めた。


(ミリア、この事件を解決するには閃きが必要よ。なぜ傷は二つなのか、なぜその大きさなのか、なぜ傷は指にあるのか……)


 ミリアは室内の凶器候補をすべて集めることにしたようで、派手にキャビネットの上を漁っている。


(張り切るのはいいけど、事件の痕跡を消してしまわないかしら……)と里世は心配そうに見守る中、ミリアは一通りの捜査を終えたようだった。


「まず頭に浮かんだのは針ね。すぐに見つかったのは縫い針と釣り針。だけど、どの針にも毒やその類の形跡は無いわ」


「うん、亘だったら凶器の毒が目で見てわかるようにしてくれるはずだわ。そうよね?」と里世が尋ねると亘は静かに頷いた。


 例えばゆずなの死因が感電死なら配線が剥き出しになった電源コードを落としておくだろうし、水槽の中にはアロワナではなく電気ウナギがいるかもしれない。

 亘の目的はミリアに意地悪をすることではなく、ミリアに事件を解決してもらうことなのだから誰もが納得できる筋書きをきっちりと用意するはずだ。


「次に机の上のコンパスやペンを確認したけれど至って普通。毒の痕跡は無かったし、どの先端も傷口とは合わなかったわ」


「お疲れ様、ミリア。可能性はだいぶ絞られてきたわね」


「ええ! 名探偵の推理はここからが本番よ!」


 言葉とは裏腹にミリアはじわじわと焦りを感じているようだった。

 ここまでミリアは至って真面目に事件現場の捜索をしていた。床に這いつくばってベッドの下を調べたし、家具の裏側も全て見た。首が痛くなりそうなほど天井を見上げて事件の形跡を探して、カーテンと窓のサッシも隈なくチェックした。


 しかし凶器は見つからない。


 里世はドアの横の机に備え付けられている椅子に腰を下ろすと足を組んで考え事を始めた。

 自分は凶器の在処には見当がついている。問題はミリアにどこまでその手掛かりを与えるかだ。


 贔屓目なしに見ても、ここまでミリアはとてもよく頑張ったと思う。部屋中をひっくり返す勢いで精力的に動き回っていた。


 ただだけは興味深そうに眺めただけで遠慮して手を触れていない。本来ならば真っ先に触りたかっただろうに、今は真面目にならなければと遠慮してしまったのかもしれない。


 探偵が弱音を吐かないでここまで働いているのなら、そろそろ助手も仕事をしようかと里世は立ち上がった。


「この水槽かなり大きいわね。入っているぬいぐるみはアロワナかしら?」


 里世が水槽を覗き込むと、窓の側にいたミリアが慌てて駆け寄って来た。


「そう! そうなのよ! つぶらな瞳ですごく可愛らしいの! 事件現場における唯一の癒しね!」


「亘、この魚はアロワナかそれに類する肉食魚かしら?」


「ええ、そうです。そのアロワナがぬいぐるみなのは本物の代用品だからです。実物はとても僕には手が出ませんでした。だからそのアロワナは本物の魚と仮定していただけると幸いです」


「本物のアロワナとしてか。じゃあ触らずにそっとしておこうかしら……」


 里世は思わず苦笑した。この探偵は時々ものすごく聞き分けが良くなる。


「ミリア、被害者の絆創膏を剥がすことに躊躇しているようでは事件は解決できないわよ。ミリアに名探偵としての覚悟があるのなら、行動するしかないわ」


「うん……そうよね! この部屋にあるものは全て調べなきゃ!」


 里世の言葉に勇気をもらったミリアは、思い切って水槽の中のアロワナのぬいぐるみに手を伸ばした。


「こ、これは──ものすごく──モチモチしてる!」


 胸に抱えるほどの大きさのぬいぐるみにミリアは思わず顔を緩ませる。正面から顔を確認し、頭から尾鰭までを撫でながらその感触に目を細めていた。


──そう、想像以上にモチモチしているはずだと里世は予想していた。そのモチモチ具合は偶然ではないとミリアは気が付けるだろうか。


 ミリアは手元のアロワナのぬいぐるみを抱きしめながら、思ったことを言葉にしていた。


「アロワナは肉食魚だけど噛まれても死にはしないし、毒もない。歯型もゆずちゃんの傷口とは一致しない。もしもアロワナアレルギーだったら死んじゃうかしら? でも、そうだったらもっと水槽の近くでゆずちゃんは倒れているはずだし痕跡も残っているはず」


 ミリアは思考を巡らせながらずっとぬいぐるみを触り続けていた。するといきなりハッとしたミリアはアロワナのとある箇所を凝視した。ミリアは里世と亘に背を向けると、俯いて手元に集中している。


 里世と亘は目を見合わせた。二人の想いは一致している。ミリア頑張れと願わずにはいられなかった。

 暫くして、頭の中で点と点が線で繋がった時、ミリアは思わず笑みを浮かべていた。


「……わかった。やっとわかったわ。亘、ゆずちゃん、里世」


 格好つけるのも忘れて、ミリアは噛みしめるように言葉にした。


「謎は全て解けたわ」


 誇らしいミリアの顔を見て、里世は今回こそミリアが正しい答えに辿り着いてくれたと確信した。


 探偵の手にするアロワナは一足先に事件の一部始終を知っている。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る