迷探偵の本領発揮

「謎は全て解けたわ」と宣言したミリアの表情は自信に満ち溢れていた。この言葉を言いたくて探偵になったのではないだろうかというくらいに。

 あまりにも堂々としたお嬢様に亘も呆気にとられている。ゆずなが一瞬寝苦しそうな表情をしたのを里世は見逃さなかった。


(いやいや、まだ部屋を全く調べていないでしょうが!)と里世がつっこむ間もなく、ミリアは独白を続けた。


「残念ながら、この事件に犯人はいないのよ!」


(いるに決まってるでしょ! 亘が最初に『犯人が』どのようにゆずなを殺害したのかってわざわざ言及してたわよね!?)


「つまり──被害者は自殺したのよ!」


 もう駄目かもしれない。目の前のへっぽこ探偵は完全に自分に酔っている。褒めたと思ったらすぐこれだ。

 呆れた里世が亘の顔を見ると、亘もこちらを見ていた。「どうしたものでしょうか」とその目は訴えている。

 おままごとが消化不良で破綻する危機的状況でも死んでいるしかない死体役のゆずなを含めて、間違いなくミリア以外の三人の気持ちは一致していた。


『そんな探偵物語は嫌過ぎる!』


 確かに他殺かと思ったら自殺だったというミステリーはよくある。おままごとならそういうオチにすることもできなくはない。

 しかしそれだけでいいのかと尋ねられたら、いいはずがない。

 自殺だと判明したのならその動機や理由など、他の部分で紆余曲折を経なければミステリーにはならないはずだ。


 本来ならばメタ的なものの見方をするべきではないかもしれないが、ただ人が自殺していただけの事件じゃ探偵も、犯人も、死体役も

 サービス精神の塊みたいな亘だからこそ、そんな筋書きにはしないと断言できた。


 沈黙が続く予想外の空気に称賛の声を期待していたミリアの面持ちが徐々に曇り、不安そうに私を見つめている。

 その様子が哀れに思い始めた里世は助手として探偵を助ける仕事をすることにした。


「……ミリア、本当にそれでいいの?」


 素直な感想だった。あれだけ楽しみにしていた事件がこのまま終わってしまっていいのか。


「……ううん、私もそうじゃなかったらなとは思うよ。でも死体には目立った外傷はないし、凶器もない。じゃあ答えは自殺しかないじゃない」


 さすがに場の空気を察したのか、ミリアの自信は萎んでいた。拗ねたように頬を膨らませるミリアのほっぺたを里世はつついた。


 本当はこの言葉をわざわざ口にする必要はないかもしれないけれど、これは『おままごと』だ。

 しかも気合の入った一発目。そこで被害者は実は自殺をしただけなのですって、誰も納得させられるわけがない。ミリアも薄々そのことに気が付き始めているようだった。

 探偵を見守る立場である亘も優しく声をかける。


「ミリア探偵、被害者が自殺をしたとしたら、その形跡が残っていると考えられます。どうか引き続き調査をお願いします」


「腑に落ちないことがあるのなら、はっきりさせましょう。時間はいくらかかってもいいんだから」


「うん、でもゆずちゃんの全身は隈なく見たよ。あとは服を全部脱がすしか……」


 一瞬、身体を硬くしたゆずなに、亘は安心するようにそっと頭を撫でる。

 里世は目を閉じて小さく頷くと、ついにミリアにヒントを出すことにした。


「ミリア探偵、助手の意見も聞いてくれる?」


「……ええ、いいわよ」


「ゆずなの左手の人差し指を見て」


「うん、絆創膏が貼ってあるのは気がついてるよ。朝の事件前に、ゆずちゃんに会った時にはなかったと思うわ」


「なんだ、そこまでわかってるなら話は早いわ。 剥がしてみたら?」


「えぇ!? いいのかな? ……ねぇ亘、いい?」


「もちろんどうぞ。ミリアは探偵なのですから、被害者を隅々まで調べる権利があります」


「うん! じゃあ剥がす。ゆずちゃん、ごめんね!」


 真新しい絆創膏を取り除くと人差し指の腹に二つの赤い点があった。点と点の間は1cmほど空いている。点の周りは薄っすらと紫色に変色していた。


「これよ! これがゆずちゃんを死に至らしめた傷よ!」


 やっとミリアの調子が戻ってきた。ついでに連想を繋げるのは助手の務めだろうと里世は考えた。


「この程度の傷でゆずなが死んだのはなぜだと思う?」


「えっと…………わかった! 毒ね!」


 そう思って間違いないだろう。鋭利な針か刃物とみられるものによる小さな傷。そこから毒が体内に侵入しゆずなを死に至らしめたのだ。


「里世! この部屋に残った毒の痕跡と凶器を探すわよ!」


「ええ、頑張りましょう、ミリア」


 張り切りながらやっと部屋の調査を開始したミリアの背中を眺めながら、一足先に目を通している里世は思考を深める。


(えっと確かこの部屋には──。尖った針のようなもの──。いや、一番しっくりくるのはあれだけど。でも……ああ、なるほど! 消せる! ミリアにも見つけられる!)


 里世に一つの閃きが走った。

 二つの赤い点と毒死、凶器の行方。

 すべての辻褄が合うストーリーが頭の中で完成する。


 ただ助手である里世の仕事は探偵であるミリアにそれを解かせることだった。

 迷探偵を名探偵にして、ミリアを満足させなければならない。

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