犯人はこの中にいる!
緩くウェーブした艷やかな黒髪をかきあげて、ミリアは探偵として仕事を仕上げる宣言をした。(本日二度目)
揃った前髪の下の大きな瞳を輝かせ、にやりと口角をあげる。
「──犯人はこの中にいる!」
ご満悦なミリアに、発言の真意を察した里世は一安心した。今回こそ上手く行きそうだ。
先程から片時もアロワナのぬいぐるみを手放さないミリアはゆずなと亘の元へ歩み寄る。
ゆずなの正面に立つとぬいぐるみを左脇に抱え、右手の人差し指を立てた。そんなポーズをしなくてもミリアに注目は集まっているのだが。
淡々と事件の経過を説明するのは味気ないとミリアは思ったのだろう。名探偵は時に自分がいかに有能なのかを見せつける為に、凝った演出をしてみせるものなのだから。
徐々に真相を明らかにしていくパターンと、最初に驚きの真実を告げるパターン。どちらにしようかミリアは考えるが、決め台詞は既に言ってしまっている。
ならば使うのは最初に驚きの真実を告げるパターンだ。
「さて、事件の真相をお話します。……えっと、今からズバッと真相を言っちゃいますよ。きっとびっくりしますからね〜」
ミリアは売れないコメディ寄りの手品師みたいなことを言い出したが、里世はミリアの足元で引き続きのほほんと幸せそうな顔で死んでいるゆずなが気になった。
「ちょっとミリア待って。そろそろゆずなも生き返っていいんじゃない? ミリアの推理をちゃんと起きて見届けたいでしょ」
「……」
「……起きないと少しずつワンピースの裾をめくるわよ」
「お、起きるわよ。まったく品のないメイドさんね。あ、亘君。その、膝枕をしてくれてありがとう」
「いえ、大したことでは──「ミリア! 推理をよろしく!」
身体を起こすと正座をして頬を染めるゆずなに亘は照れていたが、全てはぷりぷり怒っている里世に遮られた。
「へっ!? あ、はい。……うん、やっぱり私らしく行くわ」
(ミリアらしくって大丈夫? ここまできたら綺麗にまとめて欲しいんだけど)と里世は失礼なことを考えてしまうが、ミリアは気取った様子で皆と視線を合わせた。
「それでは、真実をお話します」
ミリアは両手でアロワナをモチモチと
事件の計画を立てた亘と協力したゆずなはもちろん事件の真相を知っているので、二人のミリアを見守る眼差しは授業参観にやって来た保護者のように温かかった。
(立場的に私がいちいちミリアの推理にリアクションをしなきゃいけないわね……)
小さく溜め息をついて里世は道化になる覚悟を決めた。古くから探偵の助手は探偵の見せ場を演出すると相場が決まっている。
その為には積極的に無能な存在を演じなくてはならない。
里世が亘に目配せをすると亘は小さく頷いた。仕方がない、二人でミリアを名探偵にしてあげるとしよう。
「ミリア、『犯人はこの中にいる』ってつまりどういうこと?」
「もちろん、そのままの意味です。──全てはこの子が知っているのですよ!」
ミリアは両手で天高くアロワナを掲げた。神々しいその姿は宗教の始祖か、アロワナ釣り大会世界チャンピオンか。
なんだこの探偵と里世は思わずにはいられなかったが、気を取り直してミリアに推理の続きを促す。
「でもミリア、アロワナに毒はないし、ゆずなには噛まれた跡も無いわよ」
「そうでしょうね。ゆずちゃんを殺したのはアロワナではありませんから」
「それは一体どういうことなのですか? 教えてください、ミリア探偵!」と亘はその場を盛り上げた。さすがにミリアとの付き合いが長いだけあって、お嬢様の神輿を担ぐのはお手の物だ。
「わかりました。それでは実際にお見せしましょう!」
ミリアは掲げていたアロワナを胸の前に下ろすと、ぬいぐるみをひっくり返して、白いお腹を露わにする。ぬいぐるみにはよく見るとうっすらと身体に沿って縦に線が入っていた。
ミリアは親指と人差し指でその線をなぞり、身体と同色のファスナーをつまみ上げると一気に引っ張る。
そのままミリアはアロワナのお腹の中に勢いよく手を突っ込み、指先の感触を確かめると、ゆっくりと手を引っこ抜いた。
──現れたのは黒と赤のまだら模様をした蛇のフィギュアだった。
「ゆずちゃんを殺したのはこの毒蛇だったのです! 死体の人差し指に残った赤い二つの点は蛇の毒牙の跡! 小振りな蛇が噛みつくには指先が適していますからね。そして、犯行を終えた犯人はアロワナに蛇を食べさせて証拠を隠滅したのです!」
ミリアの推理を聞いて亘は満足気に頷いた。自分の考えた事件を、お嬢様は見事に解決してくれた。もしかしたら当の探偵よりも感慨深いものがあるかもしれない。
里世が頭の中で思い描いていたストーリーもミリアの推理と一致していた。アロワナと毒蛇はぬいぐるみとフィギュアだが、実際の生き物だったらそういうことも起こり得ると亘は設定したのだろう。
「……参りました。僕の考えた事件はミリアの推理通りです」
ゆずなも手を叩いてミリアによる事件の解決を喜んでいたので、里世も控えめにそれに加わった。
パズルのピースがピタリとハマるような達成感を、少なくともここにいる全員が共有できたようだ。
「見事な推理だったよ、ミリア!」
「いや、ゆずちゃんの敵を討つつもりでやれたのが良かったのよ」と二人は手を取り合う。
「僕がヒントを出すことなく、ミリアは事件を解決してくれました。少しお嬢様探偵の実力を侮っていたかもしれません」
やんや、やんやとミリアは亘とゆずなから交互に褒め称えられる。
最後に「事件を解決できたのは優秀な助手の里世のおかげよ」とミリアが抱きついてきたので、里世は「それは良かったわね」と照れくさそうに呟く。
ミリアが迷探偵寄りなことには変わりはないが、もしかしたらこのお嬢様には結果的に大団円を引き寄せる能力があるのかもしれない。
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