第9話 Hello, Internet Explorer!
お店の中に入ると、お姉さんはレジの奥の部屋まで進んでいた。暗い部屋の中に緑色のランプが点いて、その後、ぶうんという何だか古そうな音がした。お姉さんがパソコンのスイッチを入れたんだ。
「始まったよ」
お姉さんはそう言った。
「ずいぶん古いからね、立ち上げに時間がかかるんだ。間に合うといいなぁ」
暗い部屋の中、画面の光がお姉さんの顔を照らしていた。お姉さんの目はきらきらしていた。
そうしてぼくがお姉さんの顔を見ている間に、パソコンの画面が変わった。さっきまでの何をしているのかよく分からない画面じゃなくて、スタート画面になった。学校のパソコンで見たやつじゃなくて、ちょっと古くさい感じがした。
「これだね」
左上にあるやつを迷わず指さすと、お姉さんはそれを起動した。すると画面の真ん中に大きな灰色の四角が出てきた。真ん中に大きい字で「ロジ太郎」と書かれていた。
「お姉さん、これは何ですか?」
ぼくがたずねると、お姉さんは嬉しそうに答えてくれた。
「これはね、ロジ太郎。このお店で必要な商品を注文するのに使ってたんだ」
「インターネットエクスプローラじゃないんですか?」
「うーん、何て言うか、このロジ太郎はインターネットエクスプローラを使って動いてた、って感じかな。どんな商品がいつどれだけ欲しいですっていうのを他の人に伝えるには、インターネットにつながってないといけないでしょ。それでね、インターネットにつなぐ窓口は色々あるけど、ロジ太郎の場合はインターネットエクスプローラじゃないと動いてくれない仕様になってたんだ。だからロジ太郎を動かせば、インターネットエクスプローラも動くってことだね。君の見たかったインターネットエクスプローラがね」
これが動けば、ついに見られるんだ……あれ、でもインターネットエクスプローラはなくなったんじゃなかったかな。
「君、今おかしいなって思ったでしょう。インターネットエクスプローラはなくなったじゃないかって。だったらロジ太郎は動かないんじゃないかって」
ぼくはどきっとした。さっきまでと違って、お姉さんの目つきが何だか怖い。何でもお見通しなんじゃないかって思うぐらいだ。
「君の予想した通り、普通に考えるとそうなんだ。ロジ太郎は動かない。この子はもう、死んだようなものなんだ。……ここにいる意味がないのに、ずっとこの箱の中に閉じ込められていたんだ、かわいそうだよね。」
お姉さんはマウスを持つと、画面の中のロジ太郎をカーソルでなでた。
「でもね、色々調べていくうちに、お姉さんにも分かってきたんだ。インターネットエクスプローラはね、サポートは終了したけれど、死んじゃった訳じゃないってこと。まだ生きてはいるんだってこと。だから、どうにかすればまた動き回れるようにできるってこと」
インターネットエクスプローラは、死んではいない。そう信じてきたけれど、改めて言われると不思議な感じがする。分かったような分からないような、不思議な感じ。ぼくの頭の中はふわふわしていた。
「とても難しいです。誰も使ってないのに死んではないってことも、死んでないからまた動かすことができるってことも」
「うん、とても難しいだろうね。私もこの分野は素人で、よく分かってないんだけどね」
お姉さんは、ちょっと恥ずかしそうな顔をした。
そんな話をしている間に、パソコンの画面がちょっと変わった。
「お、立ち上がったね。お帰りなさい、ロジ太郎」
灰色の四角の中に、ボタンがたくさん現れた。たぶん注文に使うんだろう。
右下の「設定」ボタンを押すと、また画面が変わった。さっきよりたくさんの文字が現れて、それぞれがどんな意味を持っているのかぼくには分からなくなった。けれども、お姉さんは、画面の色々なところを触って、内容をあっという間に書きかえていった。お姉さんの両手はとても速く動いていて、まるで獲物を見つけたクモみたいだとぼくは思った。
「よし、これでOK!」
二分ぐらい経った頃、お姉さんの手が止まった。
「これで、もう大丈夫だよ。インターネットエクスプローラは復活したよ」
いたずらをした子どもみたいな顔で、お姉さんはそう言った。
「じゃあ、試しにどんな商品が選べるのか見てみようか」
そう言うと、お姉さんは「商品一覧」のボタンを押した。三角形が二つ並んだような形の、ギザギザした図形が現れた。
「お姉さん、これは何ですか?」
「これはね、砂時計だよ。見たことあるかな、ガラスの器の中に砂が入ってて、ひっくり返すと砂が下に落ちていくやつ」
「砂時計なら本物を見たことはあります。でも、こんなにギザギザではありませんでした」「それも時代だねぇ。性能の関係で、昔のパソコンでは細かい表現が難しかったみたいだよ」
そんな時代も、大昔にあったみたいだ。ぼくはまだ、色々なことを知らない。
十分経っても、砂時計は消えなかった。
「永いなぁ……しばらく使ってなかったから、読み込むデータが多すぎるのかな」
「お姉さんはずいぶん詳しいんですね。お姉さんがどんなところからそう判断したのか、ぼくには想像もつきません」
ぼくがそう言うと、お姉さんはふふっと笑って答えた。
「そうかな、私なんて全然だよ。デジタルの世界──0と1の世界なら、現実世界よりは分かりやすいだろうなって思った時期もあったけど、実際はそんなことはなかった。私、パソコン何にも分からない」
それはさっきまでより小さな声で、消えてしまいそうだった。
と、その時、後ろでバンッという音がした。
「あ、やばっ。帰ってきちゃった」
お姉さんは急に大きな声を出した。
「ごめん、お店の人が帰ってきちゃった。悪いけど、今日はここまでにさせて。続きは明日にしよう」
そう言ってお姉さんは立ち上がった。
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