第4話 Log

 令和四年七月二日の一面記事。

葦原あしはらあきつ銀行、情報漏洩」

「葦原あきつ、システムダウン」


 七月一日早朝、葦原あきつ銀行の取引管理システムが急にシャットダウンした。十分後には電話を除く全ての通信機能が使えなくなり、各店舗の状況確認すら遅々として進まなくなった。全てのシステムはこの日の深夜に一旦復旧したものの、調査の結果、数万件の顧客情報を含むあらゆる情報が何者かによって抜き出された形跡が確認された。

 トラブルから数週間後、葦原あきつ銀行は暫定の報告書を公開した。それによると、トラブルの原因は、サポートされなくなったIEを使った社内システムを使い続けていたことらしい。


 平成という元号だった頃、日本中の銀行は経営状況が悪くなっていった。銀行同士が合併し、新しい名前の銀行があちこちで生まれていった。葦原あきつ銀行もその一つだったけれど、他の合併よりも難しかったらしく、正式な合併が何度も延期されたそうだ。

 合併に手間取った一番の理由は、社内システムがとても複雑だったかららしい。元の銀行、つまり葦原YHファイナンシャルグループと秋津洲あきつしまいなほ銀行は、それら自体が既に、色んな銀行が集まってできた銀行だった。前に合併した時点で色んな所の統合がうまく行っていなかったみたいで、今度の合併の時に、何とか一元管理できるように改修したらしい。ただ、それは銀行中央部の人が全ての情報を見られるようにしただけで、新聞記事には「縦のシステム──支店間の情報交換できず」「上層部なしでの伝達に支障」と書かれていた。どうやら、合併に向けて行われた改修というのは、全国のそれぞれの支店・部署が持つデータの種類は全くばらばらのままで、中央部に提出しなきゃいけないデータは各支店の担当者が統一した形式のものに書き直して提出する仕組みになっただけのことらしい。


 全く違うシステムを使う銀行と合併を繰り返したことで、システムはずいぶん複雑になっていたらしい。どこがどうつながっているのか、分かっている人はほとんどいないとさえ書かれていた。変に手を加えてしまうとおかしなことになるかもしれない。だから全く新しいシステムにするには人も時間もお金も必要で、だけど葦原あきつ銀行にはそんな余裕はなかった。だから、合併の日までにとりあえず動くように作りかえるので精一杯だった。そして合併後も大きなトラブルが起きることはなく、そのままIE終了の日を迎えた。その後も動き続けた社内システムに、ついに七月一日の朝、悪意を持った誰かが襲いかかった…………


 これが、葦原あきつ銀行に起きたシステムダウンの大まかな流れだ。当時の文書がちゃんと残されていたから、その頃を知らないぼくでも理解することができた。


 そして、大きなニュースにならなかっただけで、同じような話は他のところでもあったんだろうなと思った。会社同士の合併で複雑になって、それが原因で誰も手を加えなくなった社内システム。そのうちのいくつかは、そのままIE最後の日──令和四年六月十六日──を迎えてしまった。そんな気がする。


 だとすると……葦原あきつ銀行みたいな会社なら、IEはまだ生きているかもしれない。何回も合併した会社なら。


 ひょっとすると、この町にもそんな会社があるかもしれない。ならば早く行こう。その会社を見つけるために。IEを見つけるために。


 荷物をまとめて、ぼくは図書館を後にした。

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