第49話 精霊樹の恩恵
「————ということで、北東部の諸氏族はこちらの説得に応じシルトフォード皇国傘下に入ることに承諾しました」
「これでやっと二割以下かぁ」
亜由美からフォルニアに行きたいと言われて三週間が経っていた。
強大化した魔力と神性のゴリ押しで呪いを解呪することが出来たことで、一週間程度でほぼ完治させられたことで早速動くことが出来るようになっていた。
この間、国内の間諜の排除、北東部の諸氏族の併合、国内の反政府派の粛清を終えていた。
急激にすぎる今までの温厚な政治体制から翻って、独裁的な政治体制のもとでの権力の一極化を推し進めたわたしに対して最初はもちろん反対派がいたけど、不正や意図的な多大な脱税、統一させたはずの税制の無視、わたしに対する不敬罪などでドンドン消していった。
いやぁ、このたった半年程度でよくもまあこんなに色々な罪状を連ねられるものだねぇと感心してしまった。中には反逆罪まであったしいっそのことここまで来ると清々しいね、うん。
「ファルムノを筆頭とした三氏族はこちらと交渉する気もないようです。帝国の方は西方諸氏族連合に攻め入っているようです。まあ、このまま行けば順当に帝国が勝つでしょうね。連携も取れていない烏合の衆というものを体現したかの国が連合ですから」
「雁首揃えて、その組織は馬鹿かアホの巣窟にでもなってるの?一般人に政治をさせたほうが、ワンチャン良い政治を行うと思うよ?」
「それについては同感ですね」
わたしの言葉にしみじみとしたような声音で言う。
わたしの下には直接は報告は来ないからまとめられたものしか知らないけど、原本には余程ひどいことが書かれていたみたい。どうやら西方諸氏族連合の指導者層は、徹頭徹尾現状維持の保守派ばかりでまともな動きも取れていないらしかった。
「帝国の方はどんな感じ?」
「侵攻自体はかなりゆっくりとしたものですね。スピードよりも兵の損耗を恐れての速さのようです」
「じゃあ目下の障害は帝国だね。とりあえず西側は適当に嫌がらせをしといてね。わたしたちは東側を取り込もう」
帝国と戦いを始めるなら辛くも勝利を収めたとしても、こちらもかなりの大打撃を受けるはず。正面衝突を起こすのはまだ避けたい。いずれ戦うんだろうけど、というかこっちから攻めるけど、それまでは損耗は少ないほうがいいしね。
「他は順調のようです。後、皇都大結界計画ですが、核になる予定の精霊樹にちょっとした問題が起こったらしく、リグルス殿から陛下に確認してほしいと要望が」
「わたしに直接来ないということは緊急を要するというわけじゃないんだろうけど·······」
精霊樹になにかあったらまず、リグルスが血相変えて飛び込んでくるに違いないし、悪いことじゃないはず。別に放置していても行けそうだけど———
ふと以前、初めてエクス・マキナのリリアを前にブレーキがぶっ壊れて、知識欲のままに暴走したリグルスの姿が脳裏に浮かんだ。
·······いや、やっぱりすぐに見に行こう。こういうのを無視するとなんとなく、不味い気がする。こういうときの勘ってよく当たるんだよねぇ。はぁ〜〜〜っ。
「今すぐ行こう。絶対にこういうときのリグルスは信用できない!」
「まったくもって同感です。ではすぐに馬車を———」
「いらないよ?同じ聖城内にあるんだからあるいていったほうが早いし邪魔じゃない?」
「······愚問でしたね」
「あんなに酔いまくる乗り物は二度とごめんね」
馬車に初めて乗ったときに思いっきり体調を崩して魔法薬を使って直したのを思い出して、思わず顔をしかめた。
十分ほど所々魔法でショートカットしながら進み、皇宮大庭園中央に植えられた精霊樹のある場所に来た。
「リグルス」
「おお、陛下。もうお越しくださったのですな」
「ああ、うん·······まあ、急ぎの要件もなかったし」
というかリグルスの暴走を止めるのが急ぎの要件だよ。
「要件の前に聞きたいんだけど、ここって精霊樹を植えてたよね?」
「はい。それがどうかしましたかな?」
「いや、どうかも何も———」
わたしの目の前に|そびえ立つ(・・・・・)ものを見上げる。
「これ何よ」
「陛下が植えられた精霊樹ではありませんか。ボケるには早すぎますぞ?」
「知ってるよ!わたしが言いたいのはなんでこんな大きさになってるのかってことなんだけど!?」
幹の部分の太さだけで5メートルはあるように見える。明らかに植えてから一月前後で育つレベルじゃないよねこれ!!しかもわたしのもとに来た報告の中にこんな事になってるって書いてあったのは見た覚えがないんだけど!?
忙しさにかまけてわたしも悪いけど、報告はふつうするでしょ!魔力を溜めた魔宝石を毎日リグルスに渡していたけど、こんな事になってるって知ってたらもっと早くに対策ぐらいしてたのに。
リグルスにそう言うと
「ついつい何処まで行くのか好奇心が刺激されまして言うタイミングを失いましてなぁ」
などとのたまっていたので精霊樹に縄で吊り下げてやった。
いくら好奇心やらなんやら言ってももう何歳だと思ってるんだろうね?やってることのスケールは違うけど、言ってることは小学生並みだよ······。
こんなので皇国最高の魔導師なんだから余計に始末に負えない。
これが平の魔導師だったらさっさと聖城から叩き出してるのに!!
「しっかし、精霊樹が桜みたいな外見をしてるなんてね·······」
そう、この精霊樹はわたしの魔力で育ったからかそれとも元からかは分からないけど、何故か外見上は桜の木にそっくりだった。しかもこの精霊樹はどうやらわたしを管理者だと認めて聖約まで結んでいるみたい。わたし、了承した覚えはないんだけどね!!
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名称:霊桜樹(万年桜)
種族:精霊樹
状態:聖約
固有能力:神聖結界、浄化、治癒
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しかも固有能力とやらどれも皇都全域どころか、その周辺まで影響が及んでいるみたいで魔物の確認報告がここら一帯ではがくんと減った。というかなくなった。
霊桜樹、ほんとに有能、超有能。
あれだけ魔物の被害報告の書類の山に苦戦していたのが馬鹿らしくなるよ。文官たちも泣いて拝んでたし。浄化がチート能力と化してる。
しかも霊桜樹の恩恵はそれだけじゃなくて、わたしに霊桜樹を通して地脈から莫大な魔力を常時供給されている。事実上霊桜樹とのパスが切れない限り———フォルニア世界から離れない限り無限に魔力を使えるということってわけ。
うん、ただのチートだよ。
さすがは神様が管理するだけのものはあるということだね。人が管理するにはあまりにも強大すぎる。
わたしの手にも余ってるから、早く新しい神様来てくれないかなぁ。そういえばわたしがいなくなった後、精霊樹はどうなるんだろう?こんなのが他の人間の手に渡るとか恐怖でしか無いんだけど。
「散り続ける花というのはまた·······不思議なものですね」
「たしかに不思議だよね。幻影というわけじゃ無いみたいだし」
広げた手の中に落ちてきた桜の花びらを握る。僅かに魔力を感じる。この桜吹雪を浴び続けるだけで魔力の回復ができそうだ。塵も積もればなんとやらである。
実体を持った魔力の花なんて聞いたこともないんだけど、実際に目の前にあるしね·····。一体どんな魔力密度なんだろうね·······。常人なら魔力過多ですぐに倒れてしまうレベルだよこれ。
「こんなものがたくさんあるとは·······ニホンとはすごいところなのですね」
「いや、こんな木はないよ?あるのはいたって普通の木だから」
とんでもない勘違いをしようとしていたグラセフにすぐに注釈を入れる。ちょっと残念そうな顔をしていたけど、一体何を期待してたんだろう?
「これは普通ではないのですね」
「これが普通とかどんな場所なの?全員超人かなにかじゃん」
「それはソレでよいではないですかの」
「なんにもよろしくない。わたしの故郷を魔境にしないでよ。そんなのただの化け物の巣窟だよ」
人の故郷を人外魔境にしないでほしい。
近づいて手のひらを幹に触れると、それに応えるように精霊樹がフワリと光を放つ。
わたしに流れ込んできている魔力と同質の魔力を感じる。わたしの体の一部のように感じるぐらいだし、かなり魔力の同一化がなっているみたい。
まあ、わたしの魔力は魔力で存在してるわけだから、同質化した魔力がそのまま加算されているというのが正しいんだけど、そんな細かいことは別にいい。
「そういえば皇都大結界計画って精霊樹を核にするんじゃなくて、精霊樹を起点に展開する方式に出来ない?あくまで他のは補助にすればもっと出力を上げられるはずだよね?」
「核にするのではなくそのものを使うのか。確かに固有能力の神聖結界を拡張強化すれば都市結界として展開できるしの」
「なるほど、発想を変えたわけですか。たしかに精霊樹は発動媒体とするよりも、元あるものを使ったほうが負担も少なく効率もいい·······」
「でしょ?それにこれなら計画の結界じゃ不安のあったメンテナンスの際の結界の停止を避けられる。補助の魔導具なら交換するとき以外は手を加えなくてもいいから楽だしね」
「そこは確かに魅力的じゃな。交換ともなれば五年に一回でも十分じゃろうしの」
「人員も浮きますね。予算も浮きますからフォネアも喜ぶでしょう」
フォネアは確かに喜びそう。予算会議でも維持費があまりにもかかり過ぎるって死にそうな顔をしてたし、むしろ倒れないかが心配だね。喜びすぎて。
三人で魔法陣の書き直しや魔道具の再調整をして理想の数値を出そうと揃って頭を捻った。
「ここの線が繋がらないよ?」
「ふむ、こっちを回してくればいいのでは?」
「なるほど」
「この計器は壊れているのか?出力が十倍などいくらなんでもおかし——(ドカーーン!!)」
「「リグルス(殿)!?」」
「むむむ。さっきの数値であっていたのか······。ならばこっちの回路を———」
爆発を至近距離から受けたはずなのに何事もなかったようにまた調整を再開するリグルスに、さっきの爆発自体をなかったことにしてわたしも魔法陣を書くのを再開した。
「·········ここの魔法式はⅡ型じゃなくてⅢ型のほうがいいかな?まあ試したほうが早いか」
「陛下、ここでするのは———(ドーン!!)陛下——っ!?」
「ゲホッゲホッ、······まさかこっちの式がずれていたなんて·······」
「次は慎重に計算しないと·······」
「続けるのはいいですが、せめて安全を最低限確保してからしていただきたい!」
地味に悲鳴になってるようなグラセフの声に気づかないふりをしながらグイグイと腕を引っ張る。
「暇なら手伝ってよ。ほらここの所はさー」
「ま、待ってくだ———こっちはこうでこれはこうですよ」
「ふんふん。じゃあここがこう引っ張るのかな」
「試してみましょう」
グラセフも陥落した。
一応常識を持っているとはいえ、ものづくりとは人を引き込む何かがあるしね。グラセフは魔導具づくりとか趣味程度だけどやってるみたいだし、あっさりとこっち側に引き込まれた。
好奇心には勝てないのだ!!
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