第48話 シスコンはとまらない

「ああ、散々な目にあった·······」


お祖父様とアリシア、リリア、マリアンヌの四人にたっぷりと絞られた後、ちょうど亜由美もわたしが帰ってきて倒れたという知らせを夜中に聞いて飛んできた。

もちろんわたしが起きてそうそうにした所業はすぐに共有されて、亜由美にまで絞られることになった。

お姉ちゃんっ子の亜由美が簡単に許してくれるはずもなく、現在進行系でご機嫌取り中だ。


「亜由美?そろそろ機嫌直してくれないかなぁって····」


「··········」


「ほら、亜由美の好きなアップルパイも焼いたんだよ······?一緒に食べよう?」


「···········」


「あ、亜由美······?」


「········ふん···!」


「!?!?」


必死のアピールは総スカンされた挙げ句、目も合わせたくもないと言わんばかりに顔を背けられ、ガーン、と大ダメージを受けて這いつくばる。


「お姉ちゃん約束破った」


「う·······っ」


「私の言うこと聞いてくれないんだったら、私も聞いてあげない」


「ぐふううぅぅぅ!!」


「お姉ちゃん嫌い」


「——————」


一番言われたくない言葉を亜由美の口から、それも冷たい怒りをたたえた瞳で言われて、今度こそ心にとどめを刺された。

半分屍のようになってしまったわたしをリリアが棒の先でちょんちょんとつつく。普段なら失礼とかなんとか言って怒るところなんだけど、愛する妹からの言葉のあまりの威力に怒る気力すら湧かない。


「一応生きていますね」


「なら大丈夫そうですね」


「あ、あの陛下が真っ白になってしまっているんですけど·······」


己の主君だと言うのにリリアとアメリアは心配どころか気遣う様子すらなく、わたしを案じてくれるのはマリアンヌだけだった。


「う、ううぅ〜〜。マリアンヌぅ」


マリアンヌの優しさに感極極まったわたしは胸に飛び込んでひしっと抱きつく。


「へ、陛下!?こ、こんなところで涙を拭いてはいけません。こちらをお使いください!」


差し出された絹のハンカチをイヤイヤと首を振って伝え、さらに強く抱きついた。

なんかマリアンヌの胸の中ってお母さんよりも安心するかも。

この場にお母さんがいたら即座に前言撤回をさせようとするだろうビミョーに失礼なことを思いながら、ギュ〜〜っと抱きしめる。

胸がいい感じのクッションになってて気持ちいい。わたしは、その平均より少しだけ小さいから······マリアンヌのその大きさが羨ましい。出来るならぜひ分けてもらいたい。


「———ん、ありがとう」


しばらくしてやっと収まったからそっと顔を離しお礼を言う。

ここまで嫌いと言われた程度で大袈裟に慰めてもらったのは、素直に恥ずかしい。十七歳にもなってするにはあまりにも羞恥心を刺激するのにこんなのじゃ威厳もへったくりもない。


「あの、亜由美様。そろそろ許して差し上げてほしいのですが·······」


「ダメ」


「そ、そこをなんとかなりませんか·······?」


なんとかわたしをフォローしようとマリアンヌがとりなしをお願いしている。

臣下に妹とのいざこざを納めてもらおうとしている自分の姿を客観視して、更にへこんだ。普通に情けなさすぎる。


「ん~、じゃあ異世界に私も連れていってくれるんだったらいいよ。お姉ちゃん女王様やってるんでしょ?」


「え!?何でその事知ってるの!?」


無視されているのも忘れて思わず口を挟む。

その事は亜由美にはまだ教えていないはずなのに!


「お祖父ちゃんに聞いたら教えてくれたよ?」


「お祖父様ぁ!?」


ここにいないお祖父様に抗議の声を上げる。

いくら亜由美のことを目に入れても痛くない程に可愛がっているとはいえ、あっさりと暴露するのはどうかと思うんだけど!?


「で、でもあっちはちょっと危ないよ?わたしも万が一があるし────」


「じゃあ知らない」


「連れていってもいいよ!!!!」


危険なんかどうとでもなる!取り敢えず機嫌を取ることが先だ!!

わたしの見事なまでの手のひら返しに、リリアが冷たい目を向けてきていたけどこれは仕方ない、そう仕方ないことなんだ!!

亜由美に嫌われたままとか、そんなの地獄のようなものじゃん。引きこもりになる自信がある。というか確実になる。


「でも今は城内もバタバタしてるから、行けるとしてももう少し先になると思うよ?それにお父さんとお母さんとお祖父様に許可を貰わないと連れて行けないし」


お祖父様はあてにならないとして、お父さんとお母さんはわたしの状態を知ってるから反対してくれるはず·······!!


「─────いいって!」


スマホを耳から離しながら亜由美が満面の笑みで言った。


「ただ、条件として自分達も一緒に行くって」


「あああぁぁ!!」


「陛下っ!?」


そういえば両親揃ってラノベ大好きだったか!!

いきなり奇声を上げたわたしに、アメリアが何事かと悲鳴じみた声を上げる。

そりゃあ直に行ってみたいよね。異世界産のものも帰ってくるとき強盗のごとく根こそぎ毎回わたしから取って行ってたし。

普段は嫌なぐらいインドアなのにこういうときはここぞとばかりにぃ······!!


「お祖父様は!?」


「もうオッケーもらったよー」


「はやっ!?」


いつの間に連絡入れたの!?と、わたしの目をもってしても見えなかったことに驚愕する。


「む、むうぅ。······仕方ないな。もう三ヵ月で春休みになるし、その時まで待ってて」


「冬休みかぁ。うんいいね。じゃあそれでお願い!」


「りょーかい」


三月もないのは正直厳しいけどなんとかなる範囲ではあるし、まあ、いけるでしょ。·······しばらくはまた修羅場になりそうだねぇ。

こっちに来るための執務室内の限界突破した地獄を思い出して、少し目が遠くなる。

次はほんとに死ぬかも知れない。とりあえず文官の増員と育成は最優先でしないとね。このままじゃいずれ、冗談でもなんでもなく過労死する人が出ちゃう。


「まずは予算を組まないと······一気に五十人ほど増やしてみようかな。いや、それだと—————」


虚空に向かってブツブツつぶやきながら真面目に計画を練る。わたしと文官たちの睡眠時間がかかっているんだから誰でも真面目になるでしょ。ま、わたしの練った計画は文官たちにもう一回処理されるから多少のミスは良いんだけどね。代わりに文官たちが大変になっちゃうからきちんとするけど。

大体の方向性を決めたところで亜由美に肩を揺さぶられた。


「———ゃん、お姉ちゃん!!」


「——はっ!?あ、ごめん。ちょっと考えごとをしててね。········無視してたわけじゃないよ!!ホントだよ!?」


「まあいいけど。あんまり無茶しちゃ駄目だよ?難しかったら夏休みにしてもいいし······」


ちょっと残念そうな亜由美の表情に、奮い立つ。

わたしはお姉ちゃんで亜由美は妹。しかもちゃんと約束を交わしたものなら守らないといけない。何よりもこんな可愛い妹から頼まれてるんだし、ここは姉らしさを見せて頑張るところでしょ!!


「ううん、大丈夫だって。ちゃんと行けるようにするから大丈夫!!」


「ホントにいいの?」


「約束は約束。ましてや亜由美とのなら、邪魔なものはすべて排除してでも履行して見せる!!!!」


今のわたしは異世界で最強クラスに強いんだし、お金も腐るほどあるし、何より女王さま。いざとなれば国家権力でも軍隊でもなんでも行使してしまえばいい!!勝てば官軍負ければ賊軍だしね!!!!


「じゃあ楽しみにしてるねっ!!頑張って!!」


「————」


あ、危ない。ペカーと輝くような亜由美の笑顔に、危うく魂ごと飛ばされるところだった。


「ふ、ふふふふっ」


「頑張ってね」という言葉が脳内でエコーし、わたしの気力が急速にたまり、天元突破した。

そこまで応援されたら手を抜くわけにはいかないなぁ!?うん、いいよいいよ、全力で行こう!!最短かつ最速でパパっと問題を片付けてしまおうじゃない!!


「マスター。負担はちゃんと考えてくださいね?」


「大丈夫!!やる気があればだいたいなんとかなる!」


「······私はお止めいたしましたよ」


処置無し、と嘆息し首を振るリリアの肩に、ポンッと同じく頭痛を耐えるようにするアメリアが手をおく。マリアンヌは何も聞いてないし見てません!と主張するように耳と目を塞いでいた。


「じゃあ早速動かないとね。まずは剣から魔力を引き出して、精霊樹を植えて、あの帝国を抑えて、後は国内の反政府派も潰さないと。他国の間諜たちもそろそろ邪魔になってきてたし、ついでに掃除しちゃおう。東のファルムノもいい加減小競り合いもしつこくなってきたし、アベリオとクレンツもさっさと方をつけてしまおうっと」


「オーバーワーク過ぎますよ!?」


文官じゃなくてもわかるレベルの明らかな過密スケジュールになるだろう大仕事の列挙に、騎士のマリアンヌが悲鳴を上げる。

まあこの中の二つもすれば一ヶ月以上は消えるし、第一すべての時間をかけても終わらないだろうなと予想できるものまで入ってる。


「大丈夫大丈夫。必要なのはやる気と根性!追い込めば意外と人間ってやれるものだよ!!」


「ですがあきらかにキャパオーバーですね」


「文官から死者が出かねませんよ········。もう少し減らすことは?」


流石に見かねてリリアとアメリアがマリアンヌに同調してわたしに反意を求めたけど、亜由美の言葉に舞い上がったわたしの耳には全く入ってはいなかった。

その後も何度か三人から説得されたけど、そもそも右から左へ流している状態のわたしにはなんの意味もなかった。


「まずはあっちから手を付けて—————」


「·······諦めましょう。マスターはこうなったらもう止まらないでしょう」


「いや、そこはもうちょっと粘るべきではないのか?」


「じゃあアメリア様がお願いします」


「·······無理だな·····」


最早、口調を取り繕うことも出来ていないアメリアが白旗を揚げる。


「さあ、ちゃっちゃと終わらせよう!!」


文官たちの地獄行きが確定した瞬間だった。

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