黄金の皇国編

第45話 四人で地球ヘ

地球に向かう当日。

なんとか書類地獄から抜けきったわたしはリリアとアメリアとマリアンヌに連れられて、水晶の間に来ていた。


「書類が一枚·····書類が二枚·····書類が三枚·····ああああぁぁ終わらない。これ以上増えるなあぁ!!」


二日間全く減らない書類と格闘した結果、わたしの精神状態は少々不味いことになっていた。もうなんていうか幻覚が見えてくるレベル。ゲシュタルト崩壊すると思った。

錯乱しかけているわたしに、マリアンヌがよしよしと子供をあやすように言う。


「陛下、気を確かに。ここにはあの書類の山はありませんよ」


「う、ほんとだ······一枚もない」


「ハイ、ですから大丈夫ですよ」


「大丈夫、大丈夫、大丈夫。うん大丈夫」


何度か自己催眠でもかけるようにつぶやくと、気を取り直した。

ペンを握り続けた手は痛いし、眠気で若干フラつくし、頭は痛いけど大丈夫。うん大丈夫。

気遣うような動きをするアメリアと、声をかけてくるマリアンヌに若干精神力が回復する。

というかリリア。わたしは一応あなたの主なんだけど、全く心配する様子がないってどうなの?いや、元凶そのものに心配されるというのはそれはソレで複雑だけどさ。


「マスター。そろそろ行かなければ予定の時刻を過ぎてしまいます」


どこか呆れたように、マリアンヌに頭を撫でられるわたしを見て言う。

元凶!あなたが元凶なんだけどなぁ!?

一瞬、口から出そうになったけどぐっと抑える。

ああ〜。マリアンヌの手が気持ちいい。なんか浄化されていくような感覚だぁ〜。

はふぅ、と思わず吐息を漏らすと、リリアから早くしろと言わんばかりの鋭い視線で突かれた。


「·······」


「わかったからそのナイフは仕舞ってくれないかな?っというかいつの間に出したの!?」


「暗殺術はメイドの嗜みですので」


「絶対に違うと思うよ!?」


そんなメイドがワラワラいてたまるか!!危なっかしすぎておちおち寝られないじゃん!


「それよりも早く転移してください。時間は有限ですし<転移>を使えるのはマスターだけなんですから」


「陛下本当に大丈夫ですか?」


「ご気分が優れないのであれば一度延期すれば良いと思いますが」


マリアンヌとアメリアがわたしに養護するような声を上げるけど


「単純な精神的疲労だと思いますよ。あと、あまり出発が遅れると計画に支障が出てしまうので今日中に出発したいです」


見事に一刀両断されていた。流石に弁舌で理性と論理の塊のようなリリアに対して感情面の言動の多い二人が勝つことはないと思ってた。そもそもわたしが考えられる限りの性能をつぎ込んだリリアに勝てる相手なんて、その分野の専門家よりも知識を持ち、それを使いこなせる頭が必要だし。戦闘にだけに絞っても、わたしと同等とまではいかないけどこの世界でも最上位に位置している実力を持っている。


「········?」


ジーッと何故か見つめてくるわたしに理解が及ばなかったのか、こてんっとリリアが首を傾げる。

わたしはなんでも無いと伝えてから三人に触れる。


「これから跳ぶから絶対にわたしから手を離さないでね。怖いことになるから」


「?? 怖いことってなんですか?」


マリアンヌはそんなに怖いものなのかな?というふうにどうして?と聞いてくる。


「途中で手を離すと、転移失敗で発動しないのはまだいい方で、ひどいのには、身体に一部だけが転移してしまったり、座標が狂ってはるか上空に放り出されたり、次元の狭間に取り残されて一生出られなくなってしまったりするらしいんだよね」


遠慮がちにわたしに触れていた二人がガシィ!とそれはもう力強く掴まると、若干震えていた。


「ぜ、絶対に失敗しないの?」


「ちょ、ちょっと、安全なんですよね?大丈夫ですよね?」


「·······多分?」


「絶対に間違えないでくださいね!?」


「事故で死ぬのは勘弁ですから!」


わたしの答えに更に恐怖が膨れたのか、更に強く袖を握りしめる二人。

わたしの服はいくら特注品とはいっても、二人の力に耐えられるわけもなく延びてしまっている。


「大丈夫だって。ほら行くよ」


「こ、心の準備────」


「〈転移〉」


埒が明かなさそうだったので問答無用で〈転移〉した。



───────────────────



「ぐっ··········」




転移完了と同時に頭を襲った鈍い痛みに、思わず膝をついてしまった。

流石にまだ、魔法を万全には使えないみたい。この程度の代償で良かったと言うべきかな?


「陛下!!」


「大丈夫ですか!?」


「マスター、運びましょうか?」


慌ててわたしに手を貸そうとする三人を手で制し、少しふらつきながら自力で立った。

抱えられて家に行くなんて情けない格好なんて、家族でもキツイのに、ましてや臣下の三人に見せられるはずがない。


「大丈夫。少し休んだら良くなるはずだし。それよりも早く家に行こう。そんな離れてないからそこで寝たらいいしね」


「·······そうですね。じゃあ早く向かいましょう」


「いや、ゆっくり行ったほうがいい。あまり陛下に負担をかけるのは良くない」


「あ、そうですよね。すいません団長」


「私が警戒しますから、アメリア様とマリアンヌ様は陛下を連れて行くことだけを考えていてください」


「···········銃器系統と刃物は使っちゃだめだよ。わたしたちが捕まっちゃう」


メイド服のスカートの中から、小型の魔力銃器と短めの肉厚のナイフを取り出そうとしたから、先手を打って制しておく。

っていうかまだ敵も出てきていないのにそんな物騒なものを持ってどうするつもりだったんだろう。そもそもリリアに武器をもたせたまま、こっちに連れてきたのは間違いだったかもしれない。一瞬で暴走しそう。


「·······································かしこまりました」


無茶苦茶不満そうな顔と、心配にしかならない長い間を開けての承諾に、警戒のレベルを上げておく。三人の中でストッパー役になるかもと思っていたリリアが一番危険かもしれないなんて········。この先の雲行きに不安しか感じない。


「<虚像迷彩><認識遮断>——行こう」


一応いないとは思うけど、誰かに見られることを警戒して姿を消し、気配を遮断した。これには、わたしの体にある黒い痣のような呪いを見られないようにするというのもある。

でも、これなら誰もわたしたちの不自然さに気が付かない。いや、認識すらしていないものがほとんどのハズ。それでも一応制限はあって、<虚像迷彩>はあまりに派手なことをすると、解けてしまうし、<認識遮断>は、五人以内までの人数制限と、大きな声を出していたら簡単にバレるという弱点があった。

けどまあ、地球だと十分使えるし、そのものの魔力を扱える人間自体がいないんだから、ある意味暗殺者が持てば最強の魔法になってしまう代物。人に与えられないものだった。


「これは·····」


「何という人数。本当に普通の街なのですか?首都レベルの大都市にしか見えません·····」


「よく聞いていただけはありますね」


いや、まあ、ここは都心から三十キロぐらいしか離れてないし、離れた郊外というべきかな。所謂衛星都市みたいな感じかな?

表に出ると、かなりの人通りがあった。今日は日曜日だから、買い物客とかの人数が多いせいでもあるんだと思う。

アメリアたちから見れば、シルトフォードでも、大都市以外だとなかなか見ない人数だしびっくりするのは想定内。むしろ、驚かすために家からちょっと離れたここに転移してきたんだけど。

今はちょっと後悔してる。頭が痛いぃ·······。

はたと我に返ったようなリリアがいち早く立ち直り、わたしに目的地を聞いてくる。


「家はどちらですか?」


「この商店街を抜けて、大きな道路に出たところを右に行ってその突き当たりにあるのがそう」


「わかりました。背負っていきましょうか?」


「え?いや、大丈夫だって。ほら動けるよ」


体が怠いし、頭痛も少しひどいけど表情には出てなかったはずなのに······。もしかしてバレてる?


「もし辛ければ申告してください。責任を持って連れていきます」


これはバレてるかも。まあ、すぐに背負って行こうとしない辺り、わたしの言葉を尊重してくれているんだろうな。どうしても辛くなったときは言葉に甘えさせてもらおうかな。


四人で<身体強化>を使って一気に駆け抜ける。

とはいっても、今この中で最も遅いのはわたしだから、わたしの速度に合わせての速さでだけど。


「あ、あれでしょうか?」


門を確認したマリアンヌが指を指す。


「うん、一旦止まるよ。門の前まで行ったら魔法は解除するから」


門の前で魔法を解除したあと、門で皇の紋章を見せて電子キーをかざすと、門が開けられて、お祖父様が出てきた。


「久しぶりだな詩織。元気に———」


していたか?と続けられたはずの言葉がわたしの首筋、正確にはそこの黒くなっている呪いの部分を見て止まる。

怪訝そうな顔から驚愕した顔、そして顔が青くなっていくのを見て、現実逃避気味に乾いた笑い声を心のなかで響かせる。


「な、な、な·······」


さすがの精神力でか、叫ぶことはなかったもののパクパクと口を動かしている。

ハハハ、魚みたいだなぁ〜〜(遠い目)


「———今すぐに執務室に来なさい」


「はい」


さて、どう言い訳したものかなぁ〜と思案しながら一歩踏み出すと、急に世界が傾いた。


「え————?」


「陛下——!?」


「陛下!!!」


「マスター!?」


三人の声が聞こえたけど、何を言っているのか聞き取れない。


「あ—————」


思考が回らない。体が言うことを聞かない。


「————!!」


「——!」


「——!—————!?」


「————??———!!」


ぼんやりとした視界の中、お祖父様が駆け寄ってきたのを確認する。

遠ざかっていく意識をつなぎとめることができない。あれ?どうやってつなぐんだったっけ?

視界が白く染まりきった瞬間にわたしは意識を完全に手放した。

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