第44話 騎士の隠し事

「ハーフ?」


こっちに来て初めて聞いたそれに、復唱するように聞き返した。

ハーフというには半分違う血を引いているということになるんだけど、あんな綺麗な角を持った種族は見たことがない。そもそもこの世界にいる種族は九割以上が人間だから、魔物と邪人を除けば、異種族を見たのも初めてだし。

そして漂流者。そのまま解釈すると、遭難している人みたいだけど·······。


「わたしは疎いからよく知らないんだけど、漂流者って何なの?」


「あ、漂流者というのは、異世界から次元に亀裂に巻き込まれてこちらの世界に来てしまったもののことです。帰る手段は事実上なく、また、かなり珍しいことだと言われています。中でも私の父は鬼人という種族でした」


「鬼に人って書いて鬼人?」


「はい」


なるほど。異界から現れた異種族の鬼人とこちら側の人間とのハーフなんだ。

マリアンヌがなにかを恐れるようにギュッと目をつぶる。


「へー、そうなんだ。ねえ」


「は、はい!」


「その角触らせてもらってもいい?」


「·········へ?」


マリアンヌが間の抜けた声と一緒にぽかんとした顔を晒す。


「あ、嫌だった?嫌なら別にいいんだけど」


「い、いえ。その怖くはないのですか······?」


「怖い?なんで?」


怖いも何も角ぐらいで何を言っているんだろうと思ったけど、その目にある僅かな怯えと期待を見て悟った。

多分マリアンヌは過去にその角のことでなにかあったんだろう。いや、もしかしたら今もかもしれない。人は自分たちと違うものを恐れ、排除しようとする生き物だし、差別やイジメとかは間違いなくあったに違いない。わたしからしたら人+角=鬼人ぐらいの感じだけどこの世界のものからしたら不気味で仕方ないものに見えるんだろう。


「別に角がその人のよし悪しを決めるものじゃないでしょ?そんなの言っていたら魔法師も差別の対象になっていないとおかしいし、力を持つ魔法師は悪い人なの?」


少数が悪になるというのなら、十人に一人ぐらいしかいない魔法師も差別されるのは当然のはず。魔法という異質な力も扱える。でも、実際にはされていない。鬼人は身体能力が圧倒的に高く、それが排除される一因になったんだと思う。最大の要因は圧倒的少数だということ。数千万人にひとり二人しか同族はいないと予想できる。そもそもの漂流者の数がごく少数だしね。


「まあ、わたしからすると魔法もあなたみたいな異種族——亜人も、括りとしては似たようなものだしそんなつまらないこと、気にしないでいいよ」


「姿を偽っていたことは——」


「ん〜、別にいいよ。アメリアはどうせ知ってたんでしょ?」


空気に徹しようとしていたアメリアに尋ねる。


「はい」


「じゃあ問題なし。アメリアが大丈夫だって思ったから近衛に入れたんだろうし。それに、選定基準に人間のみとはどこにも書いてないしね」


だから文句は言えないでしょ、と笑う。


「ッ。ありがとう、ございます·······!!!」


ジワリと涙を浮かべながら頭を下げるマリアンヌに、当然のことなんだから礼はいいよ、とヒラヒラと手を振る。

しかし、もしかしたら他にも亜人がいるかもしれない。マリアンヌみたいに差別されるものもいるかもしれないし対策をしたほうがいいかもしれない。

いっそ、手っ取り早く法律でも出そうかな?何なら勅命として出すのもいいかなぁ?

大真面目に検討し始めたわたしに、リグルスが歯止めをかけた。


「民のためを思うのもいいことですが、まずは体を休めぬとのう。その体であれだけ動いたのだから相応に疲れは溜まっているじゃろう」


「······たしかにそうだね」


窓のカーテンは締め切られていて部屋が明るかったから忘れていたけど、今はまだ真夜中だったなぁ。危ない危ない。リグルスが指摘してくれなかったら普通に徹夜していたかもしれない。


「それじゃあ部屋に戻るね。マリアンヌはついてきてよ。わたしの護衛なんだからね」


「———はい!」


マリアンヌがわたしが言った護衛という言葉にパアッと顔を輝かせる。護衛というのは自身の身を守らせるものだから信頼できるものからしか選ばれない。わたしはマリアンヌに護衛をさせると言ったことで信頼していると暗に宣言した。

まあ、わたしからすれば亜人だからって差別して、冷遇するっていうのが理解できない。わたしの判断基準は忠誠、能力、やる気の三つだけ。親兄弟に犯罪者がいようが、奴隷だろうと関係はない。

わたしの判断基準と同じように、この国も徹底した能力主義だしね。限度はあるけど。


「陛下、ありがとうございます」


「なんのこと?それよりこれからは角を隠すのはこの国ではやめること。いい?」


「はい。陛下のお心砕きに感謝を」


「文句を言うやつがいたらわたしに言ってね。すぐにどうにかするから」


わたしの権力をもってすれば、大体の人間は黙るはずだしね。

いくら有能でも、見た目だけで相手を評価するようなやつは要らないし。


「じゃあマリアンヌ、こっちに来て」


ベッドに腰掛けながらわたしは手招きした。

何の疑いもなくノコノコとやって来たマリアンヌを、ガッと抱き締めると、〈転移〉を使って鎧と剣を外させる。そしてそのまま後ろ向きにベッドに倒れ込んだ。


「? ?? !?!?」


混乱のあまりにフリーズしているマリアンヌは、完全になされるがままだった。

<|収納庫(ストレージ)>に入れてあるネグリジェを着せるとしっかりと抱きしめ直した。

うん。思った通りのいい抱き心地だね。·······でもこの胸は実にけしからんと思うんだ。うん。

クッ、まさかマリアンヌが着やせするタイプだったとは······!!


「じゃあ、おやすみぃ〜〜」


「!? 陛下!?わたしはこれから夜番なので———」


「寝なかったら三ヶ月間減給ね」


「ええ!?ですが」


「じゃあ、命令」


「······ずるいです、それは」


マリアンヌが身体から力を抜く。

それでもまだ雰囲気は硬いままになってる。そんな疲れた顔してるのに仕事なんてさせられるわけないよ。それに、今は心を落ち着ける時間もいるだろうしね。人に秘密を喋るのって、思ったのよりも体力とか精神とかを使うものだし、疲れて当然だよ。


「ほら、もう寝て。明日からも頑張ってもらわないとだめなんだからね。もし起きたときにベッドにいなかったら怒るよ。今日ぐらいゆっくり休みを取ること」


「······はい。ありがとうございます」


少しすると体に残っていた僅かなこわばりも消えて、寝息が聞こえてきた。

これだけのイベントがあったんだから仕方ないでしょ。

マリアンヌが起きないように、照明の魔法を魔法を使って消す。慣れない戦い方をしたせいか、すぐに睡魔が襲ってきた。


「おやすみ、マリアンヌ」



———————————————————



朝起きると、目の前にマリアンヌの顔があった。じっとわたしを覗き込んでいたらしい彼女は目が合うと、ニコリと笑った。


「おはようございます、陛下」


「·······おはよう」


寝顔を見られてたのか。わたし、変な顔してなかったよね?


「ふふふっ」


それは一体何の笑み!?

わたしが一人で百面相しているうちにマリアンヌがベッドから出ていた。昨日脱がせていた鎧や剣をテキパキと取り付けていく。

マリアンヌがちょうど着替え終わったところで、コンコンとノックがかかった。


「それでは、今日もよろしくおねがいします。陛下?」


「あ、う、うん······」


昨日の醜態のほうが気になりすぎて、ほとんど頭に入ってこなかった。


「おはようございますシオリ様」


「おはようございますマスター」


「! アルマ!!」


ひしっとアルマに思いっきり抱きつく。


「機能は大丈夫だった?どこも怪我してない?」


「ふふふ、大丈夫ですよ。何人かには襲われましたが、きっちりと叩きのめしておきましたので」


ペタペタと身体を触り、怪我がないことを確認する。リリアの言っていた通り、怪我はなかったけどやっぱり心配だなぁ。アルマって後衛型だから近距離からの奇襲に弱そうだし。

そう思って聞いてみたら、常時展開型の結界を張っているから問題ないって言われた。わたしだけじゃなくてアルマの大概チートだと思う。


「リリアもおはよう」


「はい。起きたばかりで心苦しいのですが、向こうに移るにあたって先んじて決済していただきたい書類があります。本日と明日で終わらせていただきたいですね」


「ん〜、分かった。そこの机に置いといて」


「承知しました」


どうせいつもの三倍ぐらいだろうなぁと楽観視していたわたしの前に、ドンッと十センチはありそうな分厚さの書類の束が置かれた。

一瞬見間違えかなぁ〜と目を閉じてからもう一度見る。もちろん量は変わらない。ただの現実逃避だった。


「······すごい量だね。朝はまるごと潰れそうね」


いつもなら二、三時間で終わるはずの執務の量を軽く上回っている。

·······やるかなぁ。全然やる気がでないけど。

はあ〜とため息をつきながら決済を高速で始めようとしたわたしの前に、ドン、ドンと置かれた。


「······これは?」


「決済待ちの書類です」


「わたし、死んじゃうかも」


「書類仕事で死ぬことはありません。たった二日間の不眠不休で死ぬことがないのと同じです」


「不眠不休で終わらせろってこと!?」


鬼畜なの!?っと目を剥くわたしに「そんな訳無いでしょう」と淡々と返される。


「とりあえず、これが今日の分です」


そう言いながら更にもう一束加えたのを見て顔がひきつったのを自覚しながらリリアを見る。


「わたし、なんかリリアに恨まれることでもした······?」


「いいえ?」


更に陳情書が増えたことに、悲鳴を上げそうなのを我慢する。

······これ、そもそも徹夜しても終わるかな?

アルマとマリアンヌは完全に気配を押し殺して壁まで下がっている。ふ、不忠者めぇ〜〜〜!!

前から声がかかった。


「頑張ってくださいね」


「ッ、ッ—————!!!」


徹夜が確定した。

この後、ほんとに死ぬかと思った。


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