第43話 ハーフ

「後は陛下の護衛についてですね」


アメリアが切り出した。


「そうじゃな。また同じ規模の襲撃があった場合、確実に姫王様を守りきれるか怪しいしの」


「はい。今のマスターは戦闘能力に関して、大きく制限がかかってしまっている状態です。普段のマスターならともかく、今のマスターではただの短剣が致命傷になってしまいかねません」


リリアの言葉に、なるほどと思わず納得してしまう。

確かにいつものわたしなら、いきなり禁呪が飛んできたところで、余裕で防御できたはず。でも、今のわたしは実質、ただの近衛騎士クラスの魔力放出量しかない。剣技でいくらかはカバーできても肉体もいつものように魔力で完全に防御できているわけじゃないんだ。ただの短剣でさえ、本当に死んでしまいかねない。


「でも、まさかこのメンバーでわたしを四六時中護衛するわけにもいかないでしょ?」


いくら個人戦闘能力が高いとはいえ、ここにいる全員は何らかのそれなり以上に高い地位についていて、それに比例するように持つ責任とこの国の重さがかかっている。わたしの為だけに振り回すわけにもいかない。


「はい。ですのでマスターにはしばらくの間こちらを留守にしてほしいのです」


「なるほどね。今のわたしがいると、足手まといになりかねないというわけかぁ」


確かに、今のわたしの状態はうちを目の敵にしていたり邪魔者扱いしてくる勢力から見れば、天から降って湧いた大チャンス。これ以上無い、邪魔者を消す機会を与えられたことになるということになる。

事実、このままのわたしじゃあ足手まといになってしまうレベルだし。


「でも身を隠すにもこの城の中は常にマークされているだろうし、市中に身を隠すのも難しいと思うけど」


城に出入りできる人間は、多いと言っても千人もいない。まして十代の少女なんてほぼ皆無だし、そんな少女が出入りしたら真っ先に疑われてしまうことになる。


「はい。ですからこちらではなく異世界のチキュウに身を隠しておいてほしいのです。まさか襲撃も世界を超えて行われることはないでしょうし、安全性としてはかなり高いかと」


「なるほど。確実に見つからずに治療に専念できるというわけかの。こっちに残っているよりはまあ良い選択じゃろう」


「それに城から外に出たという情報さえなければ、まだ城内にいるかも知れないと撹乱も出来ます。おおよそメリットばかりです」


なるほど、確かにメリットだらけだ。欠点といえば何かが起こったとき、すぐに対応できないところだけど、転移を使えばある程度は誤差を潰せる。無視できる程度のデメリットだ。


「分かった。その案で行こう。人員の配分はどうするの?」


「私はもちろんついてまいります」


「私も行きます。陛下の近衛騎士ですから」


まず真っ先に声を上げたアメリアとマリアンヌは絶対に連れて行く。日本は治安が良いけど危険が絶対にないとは言えない。何が起こるかわからないんだから実力を持ったものを連れて行ったほうがいいだろうし。


「後は私がついていきます。護衛も身の回りの世話もできるので適任でしょう」


「アルマは?」


「何気に本人も魔法の熟練者ですし、メイドたちを纏めるためにも置いていったほうが良いかと。私では纏めることは難しいでしょう」


「まあ、あなたはちょっと怖がられてるフシがあるしね。もうちょっと笑ってみたらいいんじゃない?」


「·······こうですか?」


笑っている顔を作ろうと顔を歪めるリリアからあまりにひどいその笑顔らしきものから目をそらす。


「······ごめん、わたしが悪かったよ」


二コォォと引きつった、怖さが倍増しているような笑顔を見て即座に前言を撤回する。笑っているといえば笑っていると言えるけど、黒い感じの笑顔に見えて普通に怖い。

コホンと気を取り直し、話す。


「わたしと一緒に行くのはアメリア、マリアンヌ、リリアの三人で決定ってことでいい?」


「欲を言えばもう何人か近衛騎士から連れていきたいですが······」


「こっちもより強く守りを固めねばならん。それに少数で行ったほうが色々と自由が効くじゃろうし、あまり人数を増やすことも考えものじゃぞ?」


「はい。この人数が最低限の守りを確保でき、かつ最も自由に動きやすい人数だと計算が出ています」


たしかにこれ以上の人数だとかなり動きにくくなりそうだった。というか、最低限の守りとか言ってるけど、明らかに過剰戦力では?この三人だけでも小国なら余裕で落とせるほどの戦力だとわたしの目には映っている。いくらなんでもやりすぎだと思ったけど、わたしが直接戦えない以上、警護するものが強くなることは当然だろうと考え直した。わたしはこの国唯一の皇統なんだから、わたしが死んだら途絶えてしまう。

わたし的には別に血統とかどうでもよくて、能力とやる気のある人間がやればいいと思うんだけど、それじゃあ納得できないやつは多いだろうし、正統性のためにも途絶えさせるわけにはいかない。


「じゃあそれでいこう。この状態なら完治まで一月もかからないと思うし、そんな長期の滞在にはならないよ。結構思っていたよりも軽い呪いだし」


「常人なら即死ですぞ。いや、儂でも耐えられませんぞ」


「マスターの自己回復能力が高いのでその程度の影響で済んでいるだけです。その呪いを軽いと言えるのは世界を探してもマスターぐらいでしょうね」


え?そんなにヤバイやつだったの?

いや、魔力を使えないのは魔力回路を酷使しすぎたせいだし、呪いの影響といえば体がかなり重くなって動きにくくなるぐらいしかないから、言うほど強くないと思ってたんだけど。


「毎日最高位の聖水を使っているのに呪いが消えない時点で察してください」


「う、し、知らなかったんだもん。仕方ないでしょ」


そもそも聖水自体が半信半疑だったし。

地球の聖水とかってそれっぽいだけで、実際の効力なんて無いし。

というかあれってかなり大量に使ってたけど無茶苦茶高価なんじゃないの?

気になって聞いてみると「小瓶一つで金貨十枚ですね」と返ってきた。

金貨一枚=十万円

一瓶百万円!?!?

高いよ!じゃあ毎日使っているのは何瓶分なの?ちょっと怖いんだけど。


「後は私たちの引き継ぎですが二日あればなんとかなるかと」


「近衛騎士団の方は一日あれば問題ありません。元々隊ずつで半分独立して動けますから副団長のエリスに投げ——任せておけば大丈夫かと」


今、丸投げって言いかけていたような気がしたんだけど気のせいかな?基本的に真面目な彼女のことだから気のせいだと思いたい。


「私の方も問題ありません。いつでも大丈夫です」


マリアンヌは、まあ騎士隊長だけど二人よりは自由に動きやすいから、そう時間がかかるということはない。むしろ、わたしがなんのかんの言って一番準備に時間がかかりそう。なんてったって荷物が多い。ドレスまで持っていこうとしてるし·······。

既に検討を始めているリリアをちらりと見ながら、これは時間がかかりそうだなぁ、と小さくため息をついた。


「あ、そういえば素朴な疑問なんだけどさ。さっきの戦闘でマリアンヌの頭に出てきてた角ってなんなの?こっちであんな特徴を持つ人って初めて見たんだけど」


わたしが聞くと、マリアンヌの顔色が若干悪くなる。部屋の空気も若干冷えたような気もした。何処か悪いのかと扉の方に行って、人を呼ぼうとするといきなり土下座された。


「え、ええ〜〜?」


なんで土下座!?わたしの今の言い方ってなんか悪いことがあったっけ!?

あまりにも唐突すぎることに思わず硬直してしまう。

リリアたちに助けを求めようと見たけど、スイッと目どころか顔ごとそらされた。

ちょ、家臣ならこういうときに頼りになるものじゃないの!?


「も、申し訳ありません!あのような汚らわしい姿を陛下のお目汚しをしてしまいました!この罰はいかようにでも——」


「え?ちょ、ま、待って?」


「差し出がましい願いだとは重々承知しておりますが、どうか罰は私にのみにしていただきとうございます!!」


「いや、だから、その」


「わたしに出来ることはこの角を折ってお詫びするぐらいしか———」


「ってダメダメダメ———!!!!あんな綺麗な角を折っちゃったらもったいないよ!!」


とんでもないことをしようとしたマリアンヌに慌てて止めに入る。

え?といった感じで顔を上げてわたしを見るマリアンヌに、わたしもえ?といった眼差しを返すしかなかった。なんかとんでもない行き違いが起こっているような気がする。

というかいきなりなんでこんな事になるの!?もしかして、あの角のことって禁句かなにかなの!?


「き、綺麗、ですか······?」


「う、うん」


ホントに?と言う目を向けてくる彼女に少しおっかなびっくりしながら頷く。

別に嘘ではないし、実際に綺麗な色の角だと思ったから普通に答えた。


「そ、そうですか·····。わたしの角が、綺麗」


「え? い、いきなり?もしかしてわたしなにか悪いこと言っちゃった!?」


いきなりポロポロと涙を流し始めたマリアンヌに、テンパってなんとかとりあえず頭を撫でて落ち着かせようとした。

しばらくそのまま撫でていると、少しして落ち着いてきた。


「も、申し訳ありません。このような格好を晒してしまい」


「あーもーそういうのはいいから。それで、なんで急に泣き出したの?角と関係あるんだよね?」


なんか負の方向負の方向に行こうとするから、とりあえずバッサリと黙らせて原因らしきわたしが気になったことを聞いた。

マリアンヌがすっ、と額に手をかざすと、戦っているときに見た角が出ていた。


「この角があるように、私は人間ではありません。正確には半分が人間ではないのです」


「半分?」


わたしはカクンと首を傾げた。半分人間じゃないってどういうことなのか?


「はい。私は人と漂流者から生まれたハーフなのです」

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