第42話 襲撃者

「ねえ、マリアンヌ。皇宮ってこんなに<陽炎>配置してたっけ?」


「いえ、これは暗殺者です!!」


直後に飛来したナイフをマリアンヌがいつの間にか抜き放った剣で叩き落としていた。

ナイフを見ると刃の部分にぬるりとしたなにかの液体を見つけた。状況的にもほぼ確実に毒だっただろう。

ジリッと包囲を縮めて来る暗殺者たちの方に向かってさっき飛んできたナイフを投げる。


「ガッ!!?」


「まずは一人」


崩れ落ちた暗殺者を見ることなく、わたしは袖口から短剣を取り出す。

次々に暗殺者たちが襲いかかってくるが


「させません!!!」


マリアンヌの一振りで三人が胴を輪切りにされた。


「やるね。流石は近衛騎士団の最強格だね。量産品の剣でその剣捌きができるんだ」


「力加減に気をつければなんとかなりますよ。剣相手ならまだしも、短剣相手にやられるようなヘマはしません」


「それは、頼もしい、ねっ!!!」


脇から襲いかかってきた一人を足さばきだけで回避して、首を短剣で掻っ切る。

マリアンヌも相手の腕ごと短剣を切り飛ばし、胴を袈裟斬りにする。こんな状況なのにまったく、惚れ惚れするような剣筋だ。


「姫王様は絶対に前に出ませんように」


「分かってる」


今、わたしは魔法を使えない。いや、使えないではなく、使わないというのが正しいかな。邪人ガエンとの戦いから未だに呪いは浄化しきれていなくて、なおかつ魔力回路への瘴気の汚染も、大部分は完治したとはいえまだ一部分が残っているから、その影響がどう出るかわからないから使うことに踏み出すことができない。

わたしの前でマリアンヌが暗殺者たちと切り結んでいる。一歩も引かないどころか押しているのは実力で圧倒できているからだろうな。でもそれも相手が毒塗りの短剣を持っているという時点で、綱渡りのようなもの。あの短剣が一本でもかすってしまえば、一気に旗色は悪くなる。

魔法では援護できないけど、魔法具を使えばいける。


「<|火の中級魔法符(火よ)>!!」


わたしの指から魔法符が燃え上がり暗殺者の一人に飛来し、焼く。


「がああああああ!?」


突如の戦闘に参加していなかったわたしからの攻撃にわずかに動きが鈍ったところをマリアンヌが真っ二つにする。

前衛と後衛とでいい感じに連携が取れているけど、いかんせん数が多い。


「これだけの騒ぎになっているのに、なんで誰も来ないの!?」


「恐らくは空間ごと隔離されているせいだと。術者を倒せば解除されると思いますが·······–」


「肝心の術者がどこにいるのかわからない、と」


次々に現れる暗殺者たちに、実力的には圧倒しているはずのわたしたちが徐々に押される。


「不味いね。こうなったらわたしが———」


「なりません!陛下がお倒れになられることは我らの敗北と同義。陛下が犠牲を覚悟する必要はありません」


「でも———」


「わたしがすべて斬り伏せます。———お目汚しになるとは思いますがご容赦を」


マリアンヌがそう言うと同時に、身体が赤いオーラで包まれた。

燐光をまとうその姿はまるで、神話の戦乙女のよう。額には二本の細い黒曜石のような角があって、なんとも幻想的な—————


「って、えええぇぇぇえぇぇ!?!?」


角!!角!?!?!?!?!?

え?ナニソレ、ナニソレ!?

どういうこと?角ってアレは作り物じゃないよね。そんなものをつけている素振りなんてなかったし、第一着ける意味がない。でもアレが本物だとすると、マリアンヌの種族って何?まかり間違っても人間種じゃないよね?

あまりのも予想外、想像の埒外からの光景にプチパニックを起こすわたしを置いてきぼりにして、マリアンヌと暗殺者たちがぶつかる。


「ハアアぁぁ!!」


「ぐっ!?」


「カハッ」


そこにはさっきまでの劣勢の戦いはなく、圧倒的な速さと力で暗殺者たちを相手取るマリアンヌの独壇場になっていた。

わたしは混乱するわたしのもとに切り落とされた暗殺者の首が転がってきたことで、はっと我に返った。


「あ、そうだ。援護を———いらないと思うけどしないと<|雷の中級魔法符(雷よ)>!」


「っ、貴様らぁぁ!!」


暗殺者の一人がわたしに向かってくるけど


「<|風の中級魔法符(風よ)>!」


飛来した風の刃で首を掻っ切られて倒れる。

暗殺者を次々に切っていくマリアンヌを見て、後で色々聞けばいいやとなんか吹っ切れたから、とにかく大量の魔法符をマリアンヌに当たらないようにだけ注意しながら、投げまくる。


「〜〜〜!!!!一体いくつ持っている!?」


「<|収納庫(ストレージ)>からいくらでも?」


「クソが——グフッ」


実質、無限砲台のわたしを先に落としたいというのは、後衛から落とすという戦いの最も手堅い戦術だけど、前衛のマリアンヌがあまりにも圧倒的なため、背を向けてまでわたしに突撃してくるものは少ない。

魔法符を避けられて、わたしのもとに辿り着けたとしても、その全員がわたしの短剣で斬殺されている。

———どこにいる?

この<隔離結界>の魔力を辿って術者を探す。なかなかの実力者なのか、ダミーの術式や、魔力回路が多くてなかなか大本にたどり着けない。

わたしが万全ならこんな結界は力ずくでもどうにもなるのに······。

ないものねだりをしてもしても仕方ないのは分かっているけど、やっぱり面倒に感じるのは変わりない。


「————見つけた」


いくつもの中継を挟んでの場所。でも裏をかくためか、距離的には三十メートルも離れてない。魔力を隠蔽してるみたいだけど、気配の方は薄くはなっているけど甘い。


「マリアンヌ!」


「はい!<魔刃>!」


「な——!?」


ザンッと魔力の刃が飛び、隠れていた柱もろとも術者を両断した。

ピキリ、と結界が罅割れる。


「<|火の上級魔法符(火よ)>!!!」


ダメ押しにと叩きつけた火の魔法符で、完全に結界が崩壊する。


「陛下!!」


「姫王様ご無事ですか!?」


「マスター!」


結界に阻まれていたらしいリグルス、アメリア、リリアが駆け寄ってきた。余程焦っていたのか三人ともひどい格好だ。


「うん、大丈夫。マリアンヌが守ってくれたから怪我はしてないよ」


ペタペタと触ってくるアメリアに苦笑いしながら言う。


「一応回復魔法をかけておきますぞ。万が一がありますので」


「お願い」


リグルスに回復魔法をかけてもらっている間に、倒れている暗殺者たちを集まってきた近衛騎士たちに運ぶように指示する。


「じゃあ一旦わたしの部屋に来て。情報を共有しましょう」


「はい、それがいいかと。私達も報告がございます」


「じゃあ決まりだね」


今さっきの襲撃の事もあって、二十人以上の騎士を連れながらの移動になった。いや、別にわたしはこんなに護衛は要らないと思うんだけどね。魔法師団長に近衛騎士団長、わたしお手製の戦闘特化の|人工機巧生命体(エクスマキナ)というこの国最高の実力者が付いてるんだからむしろ騎士たちのほうが足手まといになりかねないと思う。


「じゃあ入って」


騎士たちは部屋の前に待機してもらい、マリアンヌを含めた五人で部屋に入る。


「<起動>」


全員が入ったことを確認して、盗聴防止の魔導具と簡易型の結界を起動する。


「これでよし。で、この場にいないグラセフ、フォネア、ウルガは無事?わたしの通信魔導具はさっきの戦闘で壊れちゃったみたいで使えないんだよね」


<|収納庫(ストレージ)>から壊れた通信魔導具を取り出して見せながらいう。


「三人とも怪我はなく無事であるとの報告がすでに入っています。ウルガ騎士団長——軍務卿はエゴール副団長と共に城内の収拾と警備体制の再構築を行っています。グラセフ政務卿は衛兵を皇都に再配置し、一部の逃走した襲撃犯たちの確保を、フォネア財務卿は被害状況の確認、及び被害報告書の作成を開始しています。私直下の<陽炎>にはすでに敵の正体の解明と裏の拠点の一掃を命じております」


「そう。とりあえず全員無事ならいいよ。人的被害は?」


「重傷者はかなりの人数になりますが、リグルス魔法卿が早期に宮廷魔法師団を動かしてくださったことにより、即座に治癒され死者はいません」


「不幸中の幸いと言ったところかぁ〜」


ふう〜〜。とわずかに安堵をにじませながらため息をついた。

予想される被害の程度はかなり軽い方だと、早速リリアがまとめてくれた報告書を見ながら思う。まあ、あれだけの数の襲撃犯たちがわたしのところに集まっていたというのも被害の小ささの要因の一つだと思う。わたしとマリアンヌが仕留めた奴らが他に散っていたらもっと大きな被害が出ていたはず。


「近衛騎士団と宮廷魔法師団はどうなっているの?」


「はい。現在近衛騎士団は、皇国騎士団とともに聖城内及び、ここ皇宮内の警備体制の強化を行っています」


「宮廷魔法師団は魔法的な警備の強化ですの。それと並行して、侵入者対策の警戒の魔法にあったであろう穴の捜索を行わせていますな」


やっぱりどこかに穴があったという結論に至っていた。


「やっぱりリグルスも内通者の線はないって考えてる?」


「ハイ、高位の者にはまずありませんな。高位の内通者がいれば、もっと効率的に、大規模に侵入しているはずです。百にも満たない数での襲撃に収まることはないでしょうな」


「だとすると、末端の人間の内通者か、そもそもの警備に不備があったか、はたまたその両方かというわけね」


末端のものなら複数いる可能性が濃厚だ。いくらなんでも協力者のいない孤立した内通者じゃあ、あの数は少々多い。一旦、聖城内と皇宮内の人間を全員洗い直したほうがいいかな。


「それと、相手は確実にわたしの不調を知ってるね。ここまでタイミングが良かったのは——」


「まず、そうでそうだと思います」


わたしの言葉にアメリアが賛同する。

一応わたしのことについての情報は、どれも国の特級機密事項になっているはずなんだけど······。下手したらこの国の最重要軍事機密よりも厳重な情報統制をどうやってくぐり抜けたのか?

······わからないことをグダグダ考えてもしょうがないか。

その後も、国境の接している他の氏族に対する警戒度の設定や、国境警備の話し合い、聖城内の配置の見直しなどの話し合いを行い、一旦話し合いを一段落つけた。

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