第41話 料理と騎士

邪人ガエンとの戦いから一週間がたった。

騎士団と合流したあと、流石に看過できないダメージを負っていたわたしは限界を迎えて倒れた。

わたしが倒れたことによって大慌てで皇都へ帰りついた騎士団を迎えたグラセフたちはわたしの状態を見て卒倒しそうになり、聖城内は大騒ぎになったらしい。

わたしが目覚めたのは2日後、それから2日は瘴気の呪いでベッドから出られなかった。やっと動き回れるようになった今でも、宮廷医からは激しい運動は絶対に控えるようにと厳命された。まあ、確かにまだ体がだるいからそんなに動くつもりはないし。

一日中ゴロゴロできるのはいいことだけど問題も一つ。


「暇すぎるよ~~」


とにかくやることがない。地球ならネットサーフィンとかで時間を潰せるけど、こっちは娯楽自体が少ないから、すぐにやることがなくなってしまう。

暇すぎて、誰も見ていないのを確認して、〈|収納庫(ストレージ)〉から武器たちを取り出して磨き始めた。


「♪~~~♪~~~~」


鼻歌を歌いながら一つ一つ丁寧に調整と手入れをする。最後に〈天忯〉を取る。


「········やっぱり刃零れどころか傷一つ無い。あれだけ乱暴に扱っても大丈夫なんて、いったいなにで出来ているんだろう」


まさかオリハルコンとか?ここ自体がファンタジーなんだしありえないものじゃないけど、あの自称神様がくれたものだからそもそも実在している金属なのかさえ怪しい。

しばらくジッと刃を見つめていたけど、答えが出るはずも無いから再び手入れに戻った。

しばらくしてコンコンと、ノックされる。


「どうぞ」


「失礼します。お食事をお持ちしまし———てなにしてるんですかシオリ様!?安静にしてくださいとあれほど言ったのに!!」


アルマが持ってきた台を放置して慌ててわたしをベッドに戻そうとする。

一応扉は閉めているらしいけど、それならわたしにももっと気遣いを見せてほしいな〜。


「そういえばもうお昼だったんだね」


「そういえばって一体いつからこの状態だったのですか!?」


「さあ?」


細かいところは覚えていない。ずっと同じような生活が続いていたからか、時間の感覚が随分と鈍ってしまっているみたい。


「あれだけの大怪我をなさったのですから、少しは安静にしてください」


「もう、少しは動けるよ。それに、少しは運動しないと体が鈍っちゃうし、ね?」


じっと上目遣いでお願いしてみる。


「·························散歩を少しの間だけなら」


「ありがと!!」


案外わたしのお願いって効果が高いみたい。王としての権力があるから従わざる得ないっていうのもありそうだけど。


「······また、病院食なの?」


味の薄いスープや消化に良いものばかりを集めたラインナップに弊癖しながら言う。

最初の一日は良かったけど、流石に何日も続くとうんざりしてきてしまう。料理長も頑張ってくれているのはわかるけど、それでも所詮は病院食。工夫するのにも限度がある。


「··············」


だいたい治ったらパーティーでもしようと思いながら胃に詰め込む。

······本当、美味しいのに美味しくない。

手早く完食して、庭に向かう。よく考えたら、この庭園自体来るのはエフィーとのお茶会以来かと意外に早く過ぎていた時間に驚いた。


「ここんところ忙しかったからかなぁ」


ドタバタが続いている最近じゃあ、執務室から出ないことがほとんどだったし、別にここに用事があったわけもない。

まあ、外に出ればずっとそこは仕事場って感じだったから、仕方ないって言ったら仕方ないんだけど。

久しぶりの外の空気はわたしを新鮮な気分にさせてくれた。


「これは······彼岸花?」


「触らないでくださいね。一応毒持ちですから」


「知ってるよ」


彼岸花は全草有毒の花。触れただけだと問題はないけど、食べてしまった場合は死にはしないはずだけど苦しむ事になる。


「赤と白と黄、一つずつ部屋に飾っておいてくれる?」


「······絶対に食べないでくださいね」


「アルマはわたしをなんだと思ってるの?」


その辺のものでもなんでも食べてしまうような悪食だと思っているのか。

ジロリと睨むとスッとアルマが視線をそらす。

後で話し合いが必要かな。それはもう隠し事がなくなってしまうぐらいじっくりと、ね。

その後はそれなりの広さの庭園内をグルッと一周したけど、特に体に異常はない。呪いこそ未だに消し去ることができていないけど、傷の方はもうとっくに治ってしまっている。動き回ったところで特に支障もないし、落ちてしまった体力を除き、回復は殆ど終わっていた。

ほんとにみんないい加減過保護すぎると思う。


「そろそろ地球側にも戻らないとね········」


いい加減顔を見せないと不味い。もう一週間も帰ってないし、確実に怒られる。


「もう少し休まれてからではなりませんか?」


アルマが心配そうに言う。今のわたしの状態をよく知っているからこその進言なんだろう。


「戦ったりしなければ大丈夫だよ。それに心配してるだろうし、一旦帰って安心させてあげないと」


「·······仕方ありませんね」


「ありがとう!」


なんとかアルマの許可は取れた。帰るのは準備もあるし明日以降になりそうだけど。

それじゃあ早速荷物をまとめないと。アルマの気が変わらないうちにね。

すぐに部屋に戻って荷造りを始める。

あ、ちなみにリリアには先に帰ることについて話してある。なんとかして行かせないように色々理由をつけたり、硬い態度で跳ね返されたりしたけど、三時間以上の説得によってなんとかして説き伏せた。リリアは無茶苦茶渋々にっていったオーラを出してたけど。


「シオリ様。荷造りなどは私達の方でしますから大人しくベッドに入っていてください。帰るまでに体調は整えていたほうがいいでしょう?」


「そうだね。じゃあ、遠慮なくそうさせてもらうよ」


ポフッとベッドに寝転がると意外にもすぐに睡魔が襲ってきた。どうやらまだかなりの疲労が体に溜まっていたみたいだった。


「おやすみなさいませ」


「———ん······」


一分もしないうちにわたしの視界はぼやけて意識は落ちた。



———————————————————



「ん·····ふぁ〜·····」


わたしが目覚めたのは日がとっぷりと暮れた後だった。


「寝過ごしちゃったなぁ。今は——午前一時······流石にお腹すいたなぁ」


かれこれ十時間以上寝ていたみたい。

夕ご飯に起こさなかったのはわたしに気を使ってのことだろう。

·······わたしとしては起こして欲しかったな。ご飯は食べそこねたし、こんな時間なのに目が冴えて眠れそうにない。

こんな時間にメイドさんたちを起こすのもどうかと思うし、夜食ぐらい久しぶりに自分で作ってみよう。まあまあのものなら作れるし。

ガチャリと扉を開けて廊下に出る。


「·······静かね。聖城全体が眠っているみたい」


実際には夜番の騎士たちやメイドたちがいるんだけど、騎士はそもそも持ち場をほとんど離れないし、メイドは昼に比べて人数は少ない。族長たち改め、貴族達は城下の貴族街に戻っているし、官僚たちも家に帰っているから昼に比べて人気が少なくなるのも当然か。

コツコツと足音を響かせながらしばらく歩いていくと、厨房に着いた。


「えーと、鍵はこれだったかな」


わたしが持っていた階ごとに分かれているマスターキーで鍵を開ける。


「さて、何を作ろうかな······とりあえず目玉焼きとベーコンでいっか」


丁度開けた魔導冷却庫にあった卵とベーコンを見て、手間もかからないし丁度いいやと決めた。


「·······普通だね」


出来上がったソレを見て呟く。どこからどう見ても普通の目玉焼きだ。料理長に作ってもらった目玉焼きとは比べ物にならないものだけど。


「味は·····こっちも普通」


どうやら知らないうちに舌が肥えてしまっていたらしい。


「これから料理長に作ってもらおう······」


美味しいって言ったら美味しいんだけど、やっぱり少し物足りなく感じてしまう。胃袋を掴まれるっていうのはこういうものなんだろうか。

にしてもちょっと久しぶりの料理で作る量を間違えちゃった。三人前ぐらいはある。流石に夜食でこれは多すぎた。でも残すのは結局捨てることになるからもったいないし········。

モソモソとなんとかして食べきろうと、厨房内にあった机に座って食べていると、ガチャリと誰かが入ってきた。


「こんな時間までいるのは一体———って姫王様ぁ!?」


入ってきた人物がわたしのことを見て素っ頓狂な声を上げる。


「ああ、確か———マリアンヌ・オルグレンだったっけ」


「はい!まさか覚えてくださっていたとは」


「アメリアと正面から斬り合えるような騎士は近衛騎士団の中じゃあなたぐらいでしょ?あれだけ優秀なんだから、よく耳に入るし目に入るからね」


マリアンヌ・オルグレン。

オルグレン伯爵家の娘で、近衛騎士団の第三隊長。元々オルグレン家が武を重んじる一族だったからか、その武の才をいかんなく受け継ぎ、二十一歳にして皇国最強の一角である、近衛騎士団隊長にまで上り詰めた傑物。

わたしの護衛騎士として候補の有力候補として名前が真っ先に挙げられるぐらいには騎士団内では有名だった。それに、よく目立つ血のように真っ赤な長髪だから、見たらすぐに分かった。


「マリアンヌも食べる?少し余ってるから」


「よ、喜んで!!」


何処かきごこちなく座る彼女に、はたと、そういえばわたしの身分は皇族だったっけ、と思い出した。


「そんなに緊張しなくてもいいよ。楽にして?どうせここにはわたしたちしかいないんだし、少々の無作法や無礼を咎める人間はいないよ」


「あ、は、はい!」


少し纏う雰囲気が柔らかくなったマリアンヌを見ながら、まだ残っていた目玉焼きとベーコンをご飯と一緒に渡す。

素人に毛が生えたような腕のわたしが作ったものだし、そんなに美味しいと言えるようなものではないと思うけど·······と思いながら見る。マリアンヌは目玉焼きを口にすると目を輝かせた。


「美味しいですね!!」


「そう?なら良かったけど」


「はい、塩加減も絶妙だと!」


マリアンヌの顔を見る限り嘘ではなさそうだった。

本当に美味しそうに食べてくれている。これで美味しいと喜んでもらえるなら、料理長が作ったものを食べさせたらどんな反応をしてくれるのかな。

思わず想像してクスリと笑うと、マリアンヌがわたしの方を見て首を傾げた。


「どうかしましたか?」


「ううん。なんでもない」


しばらくお互いにモクモクと食べ進めた。マリアンヌは食べるのに夢中になっていた。

食べ終わると生活魔法の一つの<|清浄化(クリーン)>を使って器具と食器を綺麗にする。


「寝室まで送っていきましょう」


「送るってすぐそこなのに?」


「ちゃんと護衛代わりにならないと後で団長に殺されますし」


怒りの沸点、ちょっと低すぎないかな?というか殺意が高すぎる。


「じゃあお願いするね」


「はい、賜りました」


きっちりと厨房の鍵を閉めて、部屋に向かって歩き出した。

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